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23. 妨害

 秋の澄んだ空気が漂う夜だった。村の中央広場には揺れる篝火と笑い声が満ち、夕刻の名残を押しのけるように活気があふれている。ユイス・アステリアは、その光景を少し離れたところから眺めていた。


「すごいな…まるで、ここが何年も活気を失っていたなんて信じられない」


 秋の夜風が肌を撫で、どこか懐かしい土の匂いが漂ってくる。村人たちがリズムに合わせて踊る様子はまさに収穫祭のクライマックスといったところだ。中央ではトールとエリアーヌが屋台の手伝いをしているらしい。噂ではエリアーヌが作った菓子が思いのほか好評で、次から次へと住民が試食に訪れているとか。


 ユイスは先ほどまで仲間の輪に加わっていたが、ふと視線を夜空に向けた。群青の空には星がくっきりと瞬き、少し目を細めると幼馴染のフィオナの笑顔を思い出す。


(もし、彼女が生きていたら……こんな夜は一緒に笑って過ごせたのかな)


 ざわり、と胸の奥に小さな痛みが走る。しかし、これ以上沈み込むことはしたくない。祭りを盛り上げてくれた住民たちの笑顔を、自分はもっと守っていかなくては。


「さて、戻るか」


 ユイスは軽く頬を叩き、広場の方へ足を向けた。すでに篝火を囲んで踊る人々の熱気に飲み込まれそうだ。途中、リュディア・イヴァロールの姿を見つける。


「あら、ようやく戻ってきたのね。ずいぶん長いこと星を見上げていたじゃない」


 リュディアが気軽な調子で声をかけるが、その視線にはどこか優しい色も混じっている。彼女の横には、甘い香りを放つ屋台で買ったらしい焼き菓子の袋が握られていた。


「もしかして、それ……また隠れ食いする気か?」


「べ、別に。ちょっと試しに買ってみただけよ。そんなに美味しいかは、わからないもの」


 ほんのり赤くなったリュディアの頬が、篝火に照らされて揺れる。ユイスは小さく笑いながら、「まあ、祭りだしな」とだけ言って、広場の中央へと進んだ。


 ◇◇◇


 広場では、トールが楽しそうに声を張り上げている。彼の横にはエリアーヌが駆け寄り、一緒に次の出し物の準備をしているらしい。ミレーヌとレオンも手分けして物資の追加搬入をしているのが見えた。住民たちもみな、笑顔をたたえ、久しぶりの収穫の恵みを心から喜んでいる様子だ。


 エリアーヌの作った菓子は素朴な味わいながら、特産の果実をふんだんに使っており、村の子どもたちが「もっと食べたい!」と列を作っている。エリアーヌは照れくさそうに両手を挙げながら、「そんなにおいしいかなぁ?」と笑うが、その表情はまるで自信を取り戻した子どものように輝いていた。


「エリアーヌ、すごいじゃないか。住民みんな喜んでるぞ」


「ユ、ユイス……えへへ。ありがとう! 私、失敗ばっかりしてたから……でも、こうやって皆が笑顔になってくれると、うれしくって……」


 と、そのときだ。遠くから甲高い悲鳴が聞こえてきた。


「きゃああああっ!」


 一瞬で空気が張り詰める。村の外れの方角から、何かが燃えるような臭いと共に悲鳴が重ねて響く。躍り狂っていた人々が足を止め、不安げに視線を交わした。


「何……今の声……」


 トールが少しうろたえながら、篝火の脇に置いてあった棒を掴んだ。彼の背後ではエリアーヌが菓子を抱え込んだまま固まっている。


「村外れの方だ。行ってみる。みんな、落ち着いて!」


 ユイスが短く叫ぶと、リュディアが素早く動き出した。


「トール、広場を守って。エリアーヌとミレーヌに、子どもたちや年寄りを安全な場所に集めさせて。ここで混乱が広がったら大変だわ」


 リュディアの語りかけにトールは大きくうなずき、力強い足取りで広場の中央へ向かう。エリアーヌは菓子を抱えたまま、子どもたちを一カ所に集め始めた。レオンも苦い表情を浮かべつつ、落ち着いて一帯を見回している。


 シェリー・エグレットが慌てた様子で走ってきた。


「ユイス! 村の北の方から、賊が押し寄せていると……若い衆が教えてくれました! 貴族がいるって聞きつけて、収穫を奪う気だって……」


「わかった。今から向かう。シェリーさんは、ここに残って住民の避難をまとめてくれ。テラとボルドの位置は?」


「二人はもう、北の方へ行ったはず。何とか止めようとしているけど……危ないわ」


「了解。リュディア、行こう」


 ユイスはリュディアと視線を交わし合い、広場を飛び出した。茂みに隠してある自作の杖を手に取ると、足早に暗い道を駆け抜ける。秋の夜風が、不吉な煙の匂いを運んできた。


 ◇◇◇


 村の北側は、森へと続く小さな道がある。そこに十数人の賊が押し寄せ、既に焚き火を倒して何かを探り出しているのが見えた。揃いの装備もなく、明らかに盗賊風の身なりをしている者たちが、あちこちの家屋を壊そうとノコギリや斧を振り回している。


「貴族だかなんだか知らねえが、この村にカネがあるって情報があったんだ」


「ほら、どこに隠してやがる!」


 ある男が怒鳴り声をあげ、荒れた笑みを浮かべている。周囲には土埃と火の粉が舞い、どこかの家の屋根が一部燃え上がっている。


「やめろ!」


 ユイスが強く声を張り上げると、盗賊の一団が一斉にそちらを向いた。その瞬間、頭上の月光に照らされた数人の住民が、怯えたまま隅へ追い詰められているのが見える。テラとボルドも、その一角に身を置きながら必死に立ち向かおうとしているようだが、相手の数が多すぎる。


「ユイスさん……! た、助けて……」


 テラが涙目で叫ぶ。背後には体をぶるぶる震わせる村人が数人隠れていた。ボルドは腕っぷしはあるが、複数を相手にするには荷が重いのか、息を荒げて焦りの表情を浮かべている。


 リュディアが即座に前へ出て、膝を曲げて構えた。


「バリア……“シールド・フレア”!」


 短い詠唱とともに、彼女の体を中心として薄い光の幕が広がる。盗賊たちの何人かがぎょっとした顔で足を止めるが、すぐに怯むことなく斧や棍棒を振り上げて突っ込んできた。


「魔法だと? そんなもん、数の力で押し切れば関係ねえよ!」


 男たちの勢いに土埃が巻き上がる。リュディアのバリアは何とか衝撃を受け止めるが、彼女の肩がわずかに揺れた。「うっ…」という息をのむ気配が耳に届く。


「リュディア、耐えられるか?」


「だ、大丈夫よ。防御魔法には慣れているけど、こんな無茶苦茶に叩かれたら、さすがに長くは……」


 ユイスは魔力を練りながら、テラとボルドのいる位置を確認する。彼らは防御魔法の範囲内に引き込むことができそうだ。


「テラ、ボルド、急いでこっちに来い!」


 二人はリュディアの作った光のバリアの内側へ駆け込むと、胸を押さえながら何とか体勢を整えた。テラの頬には涙と泥が混じっていた。


「くそっ、こんなときに限って、うまく魔法が出せねえ……!」


 ボルドが悔しそうに額をぬぐう。その手には村の道具小屋から持ち出した鋤が握られていたが、複数の賊を相手にするには心許ない。


「大丈夫だ。俺がいる」


 ユイスはそう呟くと、自分のノートを開き、さらさらと指先で簡易術式を書き連ねた。本来ならもっと落ち着いて演算をしたいが、そんな余裕はない。


 どうにかして、リュディアのバリアが破られる前に削っていくしかない。


「火球・短詠唱模式」


 呟きとともに、ユイスが詠唱を削って組み直した小さな火球が複数現れ、賊の足元へ連続で飛んでいく。ドン、ドンという低い爆発音とともに埃が吹き上がり、男たちが驚いた様子で体勢を崩す。


「っ…な、なんだ? 詠唱が短えぞ」


「それでも威力は小さいな! 突っ込め、押し切れ!」


 指揮を執るらしき大柄の男が、棍棒を振り回しながら叫ぶ。確かに急造の火球は威力が限定的で、相手の鎧などまともに装備していないとはいえ、すぐには倒れない。


 ユイスは唇を噛み締める。もっと大きな火力を出すには、フェイズ・コンパイルの術式が必要だ。しかし完全に演算しきれておらず、失敗すれば暴走しかねない。


「これ以上、住民を傷つけさせないためには……」


 そのとき、背後からトールの大声が響いた。


「ユイスーッ、応援に来たぞ!」


 見ると、トールとエリアーヌ、そしてミレーヌまでもが駆けつけてくれている。後方でエリアーヌは何やら回復魔法の道具を抱えているが、手が震えているのがわかる。それでも意を決したように踏み出してきた。


「た、助けたくて……でも、ちょっと怖い」


「大丈夫だ。エリアーヌ、回復担当を頼む。トール、暴走するなよ」


「わかってるってば! うおおおおっ!」


 トールは自分で制御しきれない炎の魔法を放ちそうになりながらも、ユイスの“火力制御リング”をはめて何とか暴発を抑える。大雑把な火球が飛んでいき、賊の一人が腕を焦がしてのたうち回った。


「うわっ、熱っ……!」


「こいつら、ガキって聞いてたけど思ったよりやるじゃねえか!」


 賊の数名が引き気味に後ずさりするが、後ろから別の男が「腰が引けるな、突っ込め!」と煽っている。まだ十人以上いる。


 混乱する住民、泣き叫ぶ子どもたち……遠くでは甲高い悲鳴が続き、火の手が一部で上がり始めている。ここが防げても、他所から回り込んでいる可能性もある。


 リュディアのバリアが激しく叩かれ、ヒビのような揺らぎが広がった。彼女の口から苦痛の吐息が漏れる。


「だ……だめ、いつまでも防ぎきれない……」


 リュディアはそれでも意地を見せるように立ち続けているが、肩が小刻みに震えている。ユイスは血の気が引くのを感じた。このままでは。


 ◇◇◇


 その様子を、少し遠巻きに眺める人影があった。上着の襟を正しながら、冷たい笑みを浮かべるクラウス・エグレット――保守派の領主補佐役だ。


「踊り狂っていた連中が、一瞬であのざまだ。愚かなことだよ、まったく。血統に逆らおうなど、分不相応にも程がある。そもそも、血筋に頼らない魔法など……笑止千万」


 小声で呟きながら、クラウスは賊の動きに満足そうな視線を送る。明らかに彼が手を回したとわかる雰囲気だが、証拠は何もない。


「奴らがいったいどう足掻くか。……いい気味だ。ふん、踊りなんかして浮かれているからこうなる」


 クラウスは冷たい眼光を宿し、村が混乱に陥るさまを愉快そうに見つめ続ける。


 ◇◇◇


 前線に戻る。賊たちは数こそ多いものの、組織だった訓練を受けたわけではないらしい。トールやユイスの短詠唱火球、リュディアの防御魔法などで少しずつ押し返してはいる。しかし、決定打を出せないまま時間だけが過ぎ、住民の悲鳴が重なっていく。


「ユイス、もっと強い術式はないのか? これじゃ、みんなを守りきれない!」


 トールが血気盛んに叫ぶ。ユイスも内心は同感だ。だが、まだ完成していない大技をここで使えば、制御を誤ったときには大惨事になる。


「くっ……わかってる。けど、暴走したら俺たちも吹っ飛ぶんだ」


 リュディアが必死に息を整えながら叫んだ。


「私が……なんとか、もう少しだけバリアを持たせる。だから、その間にみんなを……」


 シールドは半透明の光を失いかけている。外側では賊の男たちが斧や棍棒でがむしゃらに叩きつけており、火花と衝撃が散る。そこへ新たに数人の賊が合流する気配が見えた。


 背筋を冷たいものが駆け抜ける。これ以上続けば、確実にバリアは破れる。ユイスはノートを握りしめ、思考を巡らせた。


(大技を使わなくても……何か、局所的に大きな威力を出せる手段は……)


「私が相手を引きつけるから、その間に住民を逃がして!」


 リュディアが決然と声を張り上げるが、その姿勢は今にも倒れそうだ。大きく息をつき、目を閉じようとしたその時――


「ちょっと待ちなさいよっ!」


 エリアーヌの涙声が背後から響いた。彼女は震える手で小さな魔法陣を描いている。普段は回復や補助が中心の彼女だが、その魔法式には見慣れない光が瞬いている。


「そ、それは……なんの術式だ?」


 ユイスが驚くと、エリアーヌは消え入りそうな声で続けた。


「ユイスが教えてくれた基礎の数式リライトを応用して、私なりに組み立てたの。成功するかわからない……でも、住民の人を護りたいの。だから……!」


 彼女の手元にほんのり集まった光が、花びらのように舞う。賊のうち何人かが怪訝そうに足を止める。瞬間――小さな魔力の塊がはじけ、花びらのように広がった閃光が彼らの目をくらませた。


「ぐあっ、眩しい!」


「目が……!」


 賊たちが武器を落とし、咄嗟に顔を覆う。どうやらエリアーヌが生み出した簡易の閃光魔法らしい。大した攻撃力はないが、視界を奪うには十分だ。


「す、すごいぞ、エリアーヌ!」


 トールが歓声を上げると、エリアーヌは「失敗しなくてよかった……」と胸を押さえ、へたりと座り込む。


 リュディアがその隙にバリアを縮小し、狭い範囲を守りながら村人たちを安全な場所へ誘導し始めた。トールとボルドも好機とばかりに武器を振りかざして突入し、怯んでいる賊を少しずつ押し戻す。


 しかし、一撃で形勢を逆転させるほどの決定打にはまだ程遠い。あくまで時間を稼いでいるだけだ。ユイスは焦りを感じながらも、エリアーヌの閃光で足止めされている賊の頭数を数える。


「あと、何人だ……十人以上か。まだいるな」


「ヒャッハー、こっちだ! 魔法使いのガキだらけじゃねえか、貴族様の腰巾着か!」


 どこからか別の大柄な男が姿を現し、斧を両手に持って突っ込んでくる。トールの火球がかすめたが、何とか防御される。


「くそ、タフすぎる……っ」


 ユイスはノートを開き、薄暗い中でも必死に術式を書き連ねる。ここで諦めたら、住民たちがさらなる被害に遭う。


(大規模なフェイズ・コンパイルはまだ完成していない……だが、規模を少し絞れば、爆発力だけは出せるかもしれない。自爆のリスクもあるが……やるしかない)


 痛む頭を抱えながら、必死に演算を走らせる。


 すると後方で、リュディアの苦しげな声が聞こえた。


「もう、限界……」


 限界寸前のバリアがひび割れるように揺らぎ、一気に解けてしまう。勢い余った賊が斧を振り下ろし、風を切る音がユイスたちの背筋を凍らせた。


「くっ……!」


 ユイスは思わず腕でガードしようとしたが、一瞬のうちに賊の斧が大きく振り下ろされ――


 ガキィンッ!


 火花が散り、何とかリュディアの剣が斧を受け止めていた。だがその衝撃でリュディアの腕が震え、剣が弾かれそうになる。


「誰か、抑えてくれ――!」


 トールも横から火球を投げるが、斧の男は体をひねってかわし、また別の賊がこっちへ突進してくる。ユイスは目を見開いたまま、演算途中の術式を掴んで指先を走らせた。


(間に合え……!)


 背後ではエリアーヌが必死に立ち上がろうとしているが、既に魔力を使い果たして動きが鈍い。賊の足音が不気味に迫り、住民の悲鳴が闇を裂く。


 村中に燃え広がる混乱と恐怖――収穫祭の賑やかさは一瞬で絶望に塗り替えられていく。ユイスの胸には、かつてフィオナを救えなかった記憶が重くのしかかった。


(もう二度と、誰も失いたくない!)


 握り締めたノートに血が滲むほど力が入り、ユイスは覚悟を決めて最後の演算を完了させた。


「フェイズ・ブレイク!」


 弱く不安定ではあるが、複数の小術式を同時に起動させる。手のひらで光が収束し、熱を帯びた衝撃波が前方の大柄な賊へ叩きつけられた。衝撃に耐えきれず、彼は大きく吹き飛び、斧を落として地面に転がる。


「ぐあっ……な、なんだこいつ……っ」


 全身を震わせ、どうやらまだ意識はあるが動きが取れないようだ。その衝撃波に巻き込まれた他の賊も二、三人が地面に膝をついた。


「ユイスっ!」


 トールとリュディアが歓喜に似た声を上げかけるが、同時にユイスの体にも凄まじい反動が襲ってきた。頭が割れそうな痛みと息苦しさに、彼は膝をついてしまう。


(やっぱり、まだ不完全か……!)


 視界がぼやけ、演算しきれなかった魔力が一部逆流して身体を蝕む。仲間たちの声が遠ざかり、血が滲んだノートが無残に地面へ落ちる。


 その隙を突くように、後方の賊が武器を構えて突っ込んでくる。ユイスは立ち上がろうとするが、足に力が入らない。


「ははっ、油断したな――!」


 殺気に満ちた男の笑みが目の前に迫る。だが、その刹那。


 ザシュッ――!


 何かが高速で風を切り、男の武器を弾き飛ばす。さらに衝撃波が続き、男の腹部へ炸裂した。横合いから、リュディアが渾身の風刃魔法を放ったようだ。


「立ち上がりなさい、ユイス……まだ終わってないわよ」


 リュディアの声がかすかに震えている。防御に加え、攻撃の魔法まで使った彼女も、もう限界寸前だろう。


「ごめん……助かった」


 ユイスは苦しげに息を吐きながら立ち上がる。周囲にはまだ何人かの賊が残っていたが、強力な魔法を二度も見せつけられた彼らは明らかに動揺している。


「くそっ、思ったより手強い……! こっちは金を奪いに来たんだ、簡単には引けねぇぞ!」


 一部の賊が撤退を考えるそぶりを見せるものの、他の者はまだ奪えるものがあると思い込んでいるのか、執拗にこちらを睨みつけている。


 ユイスもトールもリュディアも、かなり疲弊している。一気に畳みかけるには力が足りず、住民たちの悲鳴はまだ絶えない。


(このまま、長期戦になるか……けど、彼らの数を完全に制圧できるか?)


 ユイスの脳裏を不安がよぎる。もし、この村が守り切れなかったら——フィオナの二の舞だ。


「誰か……力を貸してくれ……」


 ユイスがそう呟いたとき、遠くで火の手がさらに大きくなったのが見えた。村全体が闇に包まれつつあり、あちこちで悲鳴や怒号が混ざり合う。祭りの楽しげな音楽など、もうかすかにしか聞こえない。


 賊はまだ村のいろいろな場所へ分散し、略奪を続けているのだろう。家を失いかけている住民もいるに違いない。ユイスは苛立ちと苦悔に歯噛みする。


(どうすればいい? 何をすれば、全員を助けられるんだ……?)


 肩で息をするユイス、その隣に同じく汗まみれのリュディアが立つ。ふと互いに目を合わせ、「まだやれるわ」とお互いに言い聞かせるように頷き合う。


 だが状況は依然、絶望的だ。遠巻きに見つめるクラウス・エグレットの冷たい笑みは、この混乱をさらに際立たせているようにも感じられる。


 焼け焦げる臭いが秋の夜風に乗って漂う中、ユイスは再びノートを握り直した。


 賊の大半は健在で、村人たちの叫びは途絶えていない。問題児クラスの仲間たちも限界に近づきつつある。


 けれども、守るべき笑顔がある。フィオナを失ったあの苦しみを、もう繰り返さないために。


 ユイスは痛む体に鞭打ちながら、視線を上げた。悲鳴の先には、怯える住民たち。味方たちも必死で奮闘している。


「絶対に……負けない」


 その言葉に呼応するかのように、リュディアやトール、エリアーヌもまた、弱々しい姿ながら武器や杖を握りしめた。

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