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13. ギルフォードの大技とユイスの準備

 トールの叫び声が耳を突き抜けた。取り巻きの牽制に巻き込まれ、彼の腕が黒く焦げたように見える。俺は思わずそちらへ駆け寄ろうとするが、左右から飛んでくる火球と雷撃を目で追うだけで一杯だ。ステップを踏み間違えれば即被弾。咄嗟に短詠唱の火球を放ち、軌道を逸らすように狙い撃つ。だが威力不足は否めず、相殺の手応えが薄い。


「くっ…トール、大丈夫か!?」


 かすれた声になった。短詠唱魔法を連打しながら上体を捻り、背後を振り返ると、エリアーヌが必死にトールの腕に回復魔法をかけている姿が見えた。彼は痛みに耐えて歯を食いしばり、吹き出した汗が額を伝って落ちていた。


「…ああ、平気だ。ちょっと焦げただけだって…!」


 そう言いながらも肩で息をしている。傍らではミレーヌが目を潤ませて震えていた。もう彼女の魔力量は底をつきかけているのだろう。一発でも直撃すれば危険だ。レオンが横合いから少しだけ前へ出て、短い呪文を何度も唱えている。練習不足の妨害魔法でも、ミレーヌが被弾しないように守ろうと懸命だ。


「雷撃、また来るぞ。下がれ!」


 思わず声を張り上げると、頭上に青白い閃光が降ってきた。何とか横へ跳んで回避したものの、その着弾地点から炎の奔流が噴き出し、地面が焦げる。周囲の熱気で肌が焼けるようだ。呼吸が乱れる。


 ◇◇◇


 視線を素早く巡らせると、ギルフォードがスタジアム中央に立ち、大詠唱の儀式を続けているのがわかる。複雑な魔方陣が足元を這い、雷と炎が交わる禍々しい光が瞬いていた。それを守るように、取り巻きが左右へ広がり、連携した砲撃を休まず放っている。


(あれがギルフォードの本命…雷炎衝か、爆裂煉獄か…いずれにせよ、まともに受ければ一撃で終わる)


 スタジアムの客席は騒然としていた。貴族生たちが口々に「これはもう決まったな」などと勝利を疑わない声を上げる。保守派教師は勝ち誇ったように腕を組み、どうやらすでに俺たち問題児クラスの敗北を確信した顔をしていた。


「まだだ…」


 自分自身に言い聞かせるように呟く。トールたちが粘ってくれたおかげで、何とか即ダウンだけは免れている。エリアーヌの回復が想像以上に機能していて、被弾しても立ち直れるケースが増えた。だが、このままでは限界が近い。全員、負傷や魔力の消耗がひどく、戦線はもはや綱渡りの状態だ。


「ユイス、どうする…? もうあいつ、完全に大技を仕上げちまうぞ」


 あちこちに火花をまといながら踏みとどまるトールが、険しい表情でこちらを振り返る。彼の腕にはまだ黒く焦げた痕が見えていたが、エリアーヌの回復で最低限動けるようにはなっている。


「…時間、稼ぐしかないだろ。少しでも」


 そう返しつつも、内心では(時間を稼いで何をする?)という疑問が頭をよぎる。短詠唱によるリライト魔法だけでは明らかに火力が足りず、一撃必殺を防ぐ手段はない。何か強烈な攻撃か、もしくは防御手段を用意しなければ、ギルフォードの大技で全員吹き飛ぶだけだ。


(やっぱりフェイズ・コンパイル…か)


 夜遅くまで倉庫で研究した、未完成の大規模合成術式。頭をよぎるが、まだ試したことすらない。「理論自体が完璧とは言えないし、演算をミスれば暴発する」——あの記憶がチラついて手のひらが湿る。失敗すれば味方ごと巻き込むかもしれない。


 だが、このままギルフォードにやられるだけなら何も変わらない。あの時、フィオナを救えなかったときと同じ後悔が押し寄せてくる。あれほど誓ったはずだ。「もう二度と、無力な自分を責めるだけで終わりたくない」と——。


 ◇◇◇


「さあ、準備は整った…!」


 ギルフォードが薄く笑みを浮かべる声が大きく響いた。雷と炎が交錯したエネルギーが、彼の周りを渦巻く。周囲がビリビリと震え始め、観客席からどよめきが一斉に起こる。保守派教師たちはしたり顔で「うんうん、やっぱりエリートクラスだな」とうなずき合い、さも当然とばかりに勝利を確信している様子が見えた。


「ヤバい…あれは、まじで一発で焼き尽くされかねない」


 レオンが短く呟きながらも、横で息を詰めるようにして魔法を唱え続けている。ミレーヌはもう声も出せないらしく、体全体が震えていた。エリアーヌが「しっかりして…まだ終わってないから…!」と声をかけている。


 高笑いが聞こえる。取り巻きが最後の援護として火球や雷撃を絶え間なく撃ってきた。弾数が多すぎて、トールもレオンもじりじりと後退を余儀なくされ、エリアーヌも回復魔力を削られている。俺も短詠唱の火球を繰り返し相殺に回しているが、「この威力じゃまるで押し返せない…!」


 ◇◇◇


 少し離れた観客席、リュディアが固唾をのんでこちらを見つめていた。彼女の眉が吊り上がり、何か言いたげな視線を送ってくる。だが、あの席からはどうすることもできない。ギルフォードの血統魔法が起動すれば、文字どおり一瞬で決着がつくのだから。


「くそ……短詠唱だけでどうにかなる相手じゃない…!」


 焦りが喉を焼くように湧いてくる。目の前では炎と雷の塊がどんどん巨大化していた。悪夢を思い出す。フィオナを救えなかったあの夜も、理不尽な力の前で俺は何もできなかった。二度と同じ思いをしたくないのに。


(フェイズ・コンパイル…まだ、間に合うのか?)


 指先が震える。準備はできていない。理論の演算が膨大すぎるし、そもそも数式の組み上げ時間が足りないかもしれない。ここでやるなら賭けになる。とはいえ、短詠唱のちまちました攻撃を続けても、大技の直撃に耐える術はない。


「……やるしか、ないんだ」


 自分の声が小さく漏れた。トールやミレーヌを背中にかばうように一歩前へ出る。ノートに記したあの数式を頭の中で叩き起こし、フェイズ・コンパイルの編成を高速で思い返す。


「ユイス、まさか…?」


「よせ、まだ完成してないんだろ!」


 レオンが咄嗟に制止するが、俺は首を横に振る。完成していなくとも、この場で打たなきゃ終わりだ。たとえ暴発のリスクがあっても、今しかない。


 ◇◇◇


「では、そろそろ失礼しようか」


 ギルフォードの声がさらに高く響いた。雷炎がうねり、スタジアム全体が不快な熱気と刺すような電流に包まれていく。横っ面から火球が飛んできたが、辛うじて身を伏せて回避。背後でミレーヌが小さく悲鳴を上げる。


「そのご大層な血統魔法とやら、やってみろ…!」


 それが誰の叫びか自分でもわからないほど、頭が沸騰しそうになっていた。怒りや恐怖、いろんなものが入り交じる。きしむような耳鳴りがする中、頭の中で数式の断片を思い出す。倉庫で夜通し組み上げた理論、あの危うい接合……。


(よし…やるんだ、今しかない!)


 俺は大きく深呼吸し、震える指を空中に走らせる。無数の見えないコードブロックを仮想で並べていく感覚。一つでも組み間違えば自爆。わかっている。けれど、全滅よりはマシだ。


 ◇◇◇


「炎と雷を融合した魔法…これで終わりだ!」


 ギルフォードが満面の笑みで、大技の名を高らかに唱える。雷鳴のような轟音が響き、観客たちの悲鳴混じりの歓声が沸き立った。ここまでか――誰もがそう思った瞬間、俺は胸の奥が熱くなるのを感じる。


(暴発してもいい。これ以上、また誰かを目の前で無力に失わせるわけにはいかない!)


 目を見開き、必死に術式の演算を走らせる。ノートで書き散らした計算を思い浮かべるだけで頭が割れそうだ。でも、やるんだ……。


「頼む…成功してくれ!」


 誰にも聞こえない声でそう叫ぶと、スタジアムの地面が振動し始めた。ギルフォードの大技が最終段階に入り、地を焼く雷炎が螺旋を描いて昇る。それに呼応するように、俺の指が空中に術式の文字を走らせていく。


「ユイス…がんば…って…」


 耳をかすめるようにミレーヌのか細い声が聞こえる。続いてエリアーヌの震えた息遣い。レオンが「死ぬなよ……」と気のない調子で吐き捨てるのがわかった。トールは「頼む…!」とだけ言っていた。


 ◇◇◇


 観客席のあちこちから悲鳴が上がり、保守派教師は勝ち誇った顔でこちらを見つめている。遠巻きの貴賓席ではレオナートが興味深そうに目を細めているように見える。リュディアも、強く拳を握りしめながらこちらを凝視していた。何か言いたげでも、声には出ない。


 激しい稲妻の閃光がフィールドを覆い、炎の熱波がビリビリと肌を刺す。視界が赤と白の光に埋まりかけるが、俺は最後の力を振り絞って指先を動かす。空気中に描いた数式の断片が鮮やかに浮かび上がった…気がした。


「フェイズ……コンパイル…!」


 かすれる声が自分のものだと気づいたとき、もう目の前には巨大な雷炎の渦が迫っていた。ギルフォードの大技がまさに放たれようとしている。その瞬間、俺の呼吸が凍りつくように止まる。


「これで終わりだ、ユイス・アステリア…!」


 ギルフォードが笑い声とともに腕を振りかぶった。スタジアムの石畳がひび割れ、大気の圧力が一気に爆発寸前の域まで増す。俺は全身に激痛が走るのを感じながら、振り向きもせずに演算を続ける。


(あと…ほんの一瞬…頼む)


 ◇◇◇


 火と雷が唸りを上げて収束し、ギルフォードの大技が解き放たれる直前。俺は最後の文字列を空中に書き足した。ふわりと、何かが弾けるような感覚。


「暴発か、成功か…」


 もはや一か八かだ。笑いたいのに笑えない。仲間の息づかいすら遠く感じる。轟音と光の塊が、すべてを飲み込む――そこまで意識したところで、視界が閃光に染まる。


 最後に心の中で祈るように、「頼む…」と声にならない声を出した。

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