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12. 意外な粘り

 スタジアムの中央に立つと、空気が一変しているのが分かった。開幕直後の衝撃波と焦げた土の匂い、観客の喧騒が遠く耳へと流れ込んでくる。俺たち問題児クラスは、今のところなんとか立っている。だが、ギルフォード率いるエリートクラスの火力は明らかにこちらを上回っていた。


「へっ、ずいぶん派手にやってくれるじゃねえか」


 トールが傷を押さえながらも、火球を撃ち返そうとしている。その腕からはまだ焦げた布の匂いが漂い、エリアーヌの回復魔法がかろうじて間に合ったから平気そうに見えるが、実際はぎりぎりの応急措置だろう。


 一方のエリートクラスの取り巻き連中は、ほぼ一斉に火球や雷撃を放ってきた。パッと見、普通の魔法と変わらないようでいて、どれも詠唱の完成度が高く、一発ずつの威力が重い。普通なら一度の波状攻撃だけで押し流されるところを、俺たちは短詠唱リライトでの手数と、エリアーヌの回復サポートで何とか耐え凌いでいる。


「ミレーヌ、落ち着いて。大丈夫……!」


 エリアーヌが胸を押さえて震えるミレーヌの肩を軽く叩いた。ミレーヌは硬い表情のまま、空中に魔法式を描く。小さく威力を落とした風刃や水弾を、端から見ればチマチマと放っているようにも見えるが、その分短い詠唱で連射できる。それが火球の雨を削り取ってくれるおかげで、こちらは即死級の衝撃を回避できていた。


 観客席からはざわめきが聞こえる。「あの問題児クラスが粘ってる…?」「下らん小細工だ。すぐ終わるさ」というひやかしが混じる。保守派の貴族生は舌打ち混じりに俺たちを睨んでいる。その視線を何とか無視しつつ、俺は仲間たちを見回した。


「いいぞ、トール、連続で撃てるだけ撃ってくれ! ミレーヌ、そっちの右側を頼む。レオン、そちらへ流れた雷撃を弾けないか?」


「やれやれ…。ま、やるしかないか」


 レオンが皮肉まじりにそう呟き、淡々と妨害魔法の展開に入る。小気味よい動きだが、こちらの魔力量はたかが知れている。長期戦に持ち込む作戦は理にかなっているはずだが、相手はエリートクラスだ。数も多く、火力も上。油断すればすぐに崩されかねない。


 ◇◇◇


 ちらりとギルフォードのほうをうかがうと、取り巻きが思った以上に手間取っている様子に彼は不満げだった。とはいえ、まだ本気を出していないのが見て取れる。雷を帯びた派手な大技の前兆をじわじわと感じるからだ。


「雑魚が、粘るだけは一人前か…」


 ギルフォードの嘲笑混じりの声がフィールドに響く。取り巻き数名が俺たちを面倒くさそうに取り囲もうと動くが、その陣形は崩れ気味だ。短詠唱で小出しに牽制する俺たちが、思ったより厄介だと気づいているらしい。


「ユイス! これ、どこまで持つ…?」


 トールが焦げ付いた手の甲をエリアーヌに見せながら、立て続けに火球を放つ。彼は表情から疲労感を隠しきれずにいるが、それでも踏み止まっているだけ大したものだ。エリアーヌの回復がギリギリ間に合っているからこそ、なんとか戦線が保たれている。


 俺はノートをぎゅっと握りしめる。短詠唱リライトだけではやはり火力が足りない。大技を放とうにも、フェイズ・コンパイルがまだ理論上の段階で、暴発の危険が大きすぎる。下手をすればこっちが一瞬で吹き飛ばされるかもしれない。


「もう少し粘れれば、相手が魔力を無駄に消耗してくれる…はずだ」


 そう言いながらも、俺の言葉に自信はない。エリートクラスの魔力量を完全に把握できているわけではないからだ。事実、ここで粘れていること自体が奇跡に近い。俺は唇を噛み、続く攻撃に備えるよう皆に目配せする。


 ◇◇◇


 スタジアムの歓声がわずかに大きくなった。上の観客席を見上げると、保守派教師たちが渋面を浮かべている。想定よりも問題児クラスが踏みとどまっていることが、彼らにとって不愉快なのかもしれない。背後にはレオナート王子と最上級生アスラ先輩の姿がうっすら見え、彼らは興味深そうな視線をこちらに注いでいるようだった。


 そのとき、立ち見の上位席にリュディアの姿を見つけた。あちらも、視線をこちらに向けている。俺が気づいたのか、彼女は一瞬だけ目を伏せ、それからグッと握りしめた拳を小さく動かした。まるで「頑張れ」と言いたいのに声が出せないような、そんな仕草に見える。


 リュディア…何かを言いたげだけど、きっと立場が許さないんだろう。胸がうずく。だが、その心配をこっちがもらう余裕もない。ギルフォードの取り巻きがまた展開を変えて、こちらを囲み込みにかかっている。


「トール、下がれ! エリアーヌ、回復維持! ミレーヌ、敵の右斜線、もう少し嫌がらせの風刃を撃てるか?」


 指示を飛ばす傍らで、レオンが舌打ちをした。


「そろそろ限界じゃないか? 奴ら、本気で一掃する気だぞ」


「分かってる。けど、まだ踏みとどまる」


 ◇◇◇


 ギルフォードが一歩、二歩と前へ進む。胸元にまとわりついた雷光が、視覚的にも鮮やかに広がり始めた。空気まで粘り気を帯びたようで、肌に痺れるような感覚が走る。観客席の一部が「これはギルフォードの雷炎融合術…」「来るぞ!」とどよめく。


「そろそろ終わりにしてやる。小技で稼ぐ時間はここまでだ」


 ギルフォードの唇が冷ややかに歪んだ。あちこちで火球の応酬をしていた取り巻きたちが、その瞬間に動きを揃える。まるで彼ら全員が一斉に射線を空け、ギルフォードの大技を通しやすくするかのように。


「くそっ…トール、ミレーヌ、下がって!」


 俺は自分でも嫌になるほど必死に声を張り上げる。フェイズ・コンパイルが未完成の今、ここで大火力の血統魔法をまともに受けるのは絶望的だ。それでも何とか指示を出さなきゃいけない。エリアーヌが焦りながらも回復陣を解くわけにいかず、トールが歯を食いしばったままこちらへ駆け戻ってくる。


 そしてギルフォードが腕を掲げた。まばゆい雷と燃えるような炎の魔力が肌を焼くほどに近づいてくる。まるで竜の口から吐かれるブレスのように、大気を大きく振動させているのが分かる。


(やばい…! ここでどうにかしないと、一撃で壊滅だ。フェイズ・コンパイルに賭けるか、それとも…)


 頭の中でいくつもの術式が回転するが、シミュレーションすらまともに成功していない組み合わせを、実戦でやるのは自殺に等しい。けれど短詠唱のちまちました攻撃だけでは彼の大技を相殺できない。


 俺はちらりと仲間の顔を見つめる。トールはそわそわと焦り、ミレーヌは泣きそうな顔で風刃の簡易術を両手に溜めている。


 エリアーヌは「あんな攻撃、回復したところで…」と心配そうな瞳で俺を見返す。レオンは無言だが、表情には「ここまでか?」という色が浮かんでいた。


(絶対…こんなところで終わるわけにはいかない。俺は、俺たちは…誰も見捨てられないんだ!)


 ◇◇◇


 場内の空気が張り詰め、観客席から息を呑む気配が伝わってくる。遠くで保守派教師たちが「これで終わりだな」と小さく笑っているのが見えた。観客席の奥でリュディアが立ち上がったように見えたが、その声は聞こえてこない。彼女もまた、あの大技に勝てるわけがないと分かっているのだろう。


「精々あがいてみろ。打ち砕いてやる」


 ギルフォードの低い声とともにギルフォードの周囲で雷と炎が渦巻き、次の瞬間には強烈な熱と閃光の余波がこちらめがけて迫る。


 歯を強く食いしばり、俺はノートを握り直した。ここで逃げていたら、また誰かを見殺しにするかもしれない。視界にフィオナの面影がちらつき、喉がひどく乾く。けれど足は止まらない。拳が震えようとも、やるしかないのだ。


(頼む…どうか、間に合ってくれ…!)


 雷炎の前兆がはっきり形を成していく。その魔力の膨大さに膝が笑いそうになるが、手は離さない。もしここで数式理論を諦めるなら、俺は何のために夜な夜な研究を重ねてきたのか分からない。


「……まだだ。俺たちは、まだ終わらない」


 そう呟くと同時に、目の前が眩い閃光で白く染まりかけた。その刹那、俺は覚悟を決める。


 最後まであがき続けられるはずだ。


(たとえ火力不足でも、死に物狂いで食らいついてやる)


 轟音が耳を突き抜け、視界に焼き付くような光が迸りギルフォードの大技が迫る。

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