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11. 模擬戦当日

 朝の空気が肌を撫でる頃、学園スタジアムの広大なフィールドにはすでに大勢の貴族生徒や教師が集まり、立ち騒ぎ始めていた。


 模擬戦の当日――エリートクラスと問題児クラスの対戦に注目が集まっている。保守派教師たちは貴族の威厳を示そうと最前列で大仰に腕を組み、王族レオナートや最上級生のアスラが座る貴賓席にはさらなる注目が向けられていた。


「王子がいらしている今こそ、エリートクラスが華やかに勝利を飾るべきだ…」


 そう呟いていた教師の一人が目を細めながら、スタジアムの出入口付近に視線を走らせる。


 ◇◇◇


 やがてエリートクラスの先頭に立って、ギルフォード・グランシスが堂々と入場してきた。


「こんなもの、ただの余興にすぎないさ」


 ギルフォードの言葉に取り巻きがすぐさま同調する。誰もが高位血統の彼を中心に、誇らしげに胸を張っていた。高い魔力量を感じさせる彼らに、周囲の貴族たちは「さすがだ」「あれこそエリートクラスだ」と囁き合っている。


 王族レオナートが貴賓席から、その様子を興味深そうに眺めている。アスラ・フォン・グロウベルクは欠伸まじりに視線をそらしているが、その気配からただ者ではない迫力が感じられる。もっとも、当のギルフォードはアスラなど眼中にないかのように、今はスタジアム中央を目指すのみだ。


 ◇◇◇


 続いて問題児クラスのメンバーが入場してくると、たちまちスタンドから嘲笑やささやきが飛んだ。


「特例奨学生? あのユイスってやつらしいけど、結局どこまでやれるのかね」


「どうせ瞬殺されるんだろう」


 ユイス・アステリアは、そんな冷たい視線を意にも介さないように俯きがちで、しかし握りしめたノートだけは絶対に離さない。


 その横では、トール・ラグナーが「やべぇ、腹減ってきたかも…」と無理に軽口を叩きながらも、落ち着かない様子で辺りを見回す。


 エリアーヌ・マルヴィスとミレーヌ・クワントは、緊張からか顔が引きつっているが、お互いに頷き合って回復や補助の準備を再確認。


 レオン・バナードは皮肉めいた笑みを浮かべ、「無様な試合にならなきゃいいがね」と小声で呟き、周囲の視線を見渡していた。


「火力は乏しいけど、短詠唱を活かして粘り切るしかない」


 ユイスの胸中には、夜通し倉庫で煮詰めた作戦が詰まっている。だが、その一方でフェイズ・コンパイルの研究が中途半端に終わったことが頭をかすめ、眉間の奥がじりじりと痛む。


 ◇◇◇


「――静粛に!」


 戦闘実技科の担当教師がリング状のフィールド中心へ立ち、声を響かせる。瞬間、スタジアムのざわめきがすっと引いた。保守派教師も一様に目を細め、進行を見守る。


「これより、エリートクラス対問題児クラスの模擬戦を行う。双方、最大五名でのチーム構成とし、制限時間の間に相手チームを壊滅状態へ追い込むか、リタイアやギブアップが多数出た時点で勝敗を決する。過度の危険行為が認められた場合、私の裁量で試合を停止する。よろしいな?」


「ええ、もちろん」


 エリートクラスを代表するように前に出たギルフォードが、余裕の笑みを浮かべながら応じる。


「殿下に飽きられない程度に楽しませてやろう。問題児クラスの諸君、すぐ倒れないでくれよ?」


 ユイスはわずかに目を伏せながら、深い呼吸をする。


「そっちこそ…油断しなければいい」


 ギルフォードの視線が、つっとユイスに向けられた。獲物を前にした肉食の鋭い目つきと、人前で魅せようとする自信が混じっている。それを真っ向から受け止め、ユイスはノートを握る手に力を込めた。


 ◇◇◇


 上位クラス席の隅に、リュディア・イヴァロールがかすかに身を乗り出している。華やかな席には大勢の貴族生徒が詰めかけ、誰もがエリートクラスの勝利を信じて疑わない雰囲気だ。


「正直言って、問題児クラスなんて相手にならないわよね」


 リュディアの隣に座る友人が、当たり前のように言い放つ。それに対し、リュディアは曖昧な相づちしか打てない。


「……さあ、どうかしら」


(本当に、大丈夫なの…?)


 胸のうちでつぶやく。ユイスが夜な夜な倉庫で研究していた姿、あの焦りと決意に満ちた表情を思い出す。


(誰にだって努力の成果を見せる権利はあるのに、あの子たちは毎回、差別されてばかり…)


 そう思いながらも素直に応援の声を上げることはできず、リュディアはただ拳を握りしめる。


(頑張って…。あなたが信じる数式魔法が、少しでも通用すればいいのに)


 ◇◇◇


「それでは――始め!」


 審判の教師が合図すると同時に、エリートクラスの面々が自信に満ちた動きを始めた。ギルフォードの周囲から湧き出す電撃のような魔力がビリビリと伝わり、取り巻きが一斉に連携の構えを取る。


「さて、手早く終わらせようか」


 ギルフォードが雷の小術式を軽く展開しながら、囁くように口を開く。その背後に控えるエリートクラスの仲間が周囲を囲むように配置されている。炎系や氷系、さまざまな血統魔法の詠唱がちらほら始まりかけていた。


 対する問題児クラスは、一斉に中央へ飛び出してくるわけではない。ユイスを中心に散開し、まずはトールが短詠唱の火球を撃ち込む。


「くっ…速く詠唱できたって、向こうは防御の術も持ってるんだよな」


 トールが歯を食いしばりながら火球を放つ。燃え上がる火玉はたしかに速いが、エリートクラスの一人が結界を展開してあっさり弾き飛ばした。


「そんな小手先の攻撃、時間稼ぎにしかならないわよ」


 女性のエリート生が微笑む。血統由来らしい防御術は堅固で、一発の火球ではまるで傷つかない。


「まだだ。回復と妨害を組み合わせれば、いくらか粘れるはずだ…!」


 ユイスがノートをちらと確認しつつ、エリアーヌとミレーヌにアイコンタクトを送る。エリアーヌは頷いて、後衛から素早く回復の準備。焦らずに、まずは敵の大技を引き出させる――それが昨夜まとめた戦術だった。


「どうせなら、派手にいくか」


 ギルフォードが笑みを浮かべる。彼の右手には雷の筋が走り、背後の仲間もそれぞれ派手な魔法を唱え始めている。


「まとめて薙ぎ払ってやる。これがエリートクラスの実力というやつだ」


 ◇◇◇


 スタンドから見守っていたリュディアは、そのやり取りに思わず息を呑む。


(血統魔法の大技を連発すれば、たしかに問題児クラスは押し切られそう…でも、あの子たち、諦めてなさそう)


 複雑な気持ちで、貴賓席に目を向けると、レオナートが小さく微笑んでいるのがわかった。何か面白いものでも見つけたような興味深げな視線。すぐ隣には退屈そうなアスラの姿。


(あの人たちからすれば、この模擬戦などまるで眺め物にすぎないのかもしれない)


 それでもリュディアは祈るように、指先をぎゅっと握る。


「やれるだけ、やってほしい…」


 ◇◇◇


 フィールドではギルフォードが雷撃を形作るその背後で、エリートクラスの別の生徒が炎の渦を生んでいる。連携攻撃の準備だ。


「くるぞ…」


 ユイスが強くノートを握りしめ、トールに目配せをする。トールは短詠唱火球の速射を数発重ね撃ちし、相手のタイミングを崩そうと試みる。けれど、防御結界に阻まれ、若干の足止めにしかならない。


「大丈夫、火球が防がれても、少しは動きを狂わせてる!」


 エリアーヌが叫ぶ。彼女はすぐさまミレーヌと小声で詠唱を合わせ、回復と妨害の魔力を複合させる術を編んでいる。足元に小さな魔法陣が広がり、問題児クラス側の身体能力を微妙に上げるサポート効果がじわりと浸透していく。


 レオンがふわりと肩をすくめて、


「やるじゃないか。無駄に慌てちゃいない」


 と嫌みとも取れる口調で言ったが、どこかその視線は期待しているようにも見えた。


 ◇◇◇


 これまでどおりの問題児クラスなら、すでにどうにもならない圧倒差を感じて逃げ腰になってもおかしくなかった。しかし今回は違う。短詠唱による牽制、回復の補助、そしてレオンの隙をつく妨害――綿密とは言えないまでも、夜な夜な詰めてきた作戦を駆使して粘りを見せ始めている。


 エリートクラスの一人が面倒そうに舌打ちした。


「悪あがきが長引きそうね。ギルフォード、まとめてやっちゃったら?」


 ギルフォードは嘲るように笑いながら、雷の小球をいくつも並列で浮かべる。


「お望みどおり、派手にいくか」


 スタンドの一角からは「さあ、一気に終わらせろ!」という貴族生徒の声援が飛ぶ。その瞬間、ユイスの視線がピクリと動いた。


(くる――でも、ここを凌げば、もしかして相手の魔力を消耗させられるかもしれない)


 熱気に包まれるフィールド。王族のレオナートや最上級生アスラは、高みからその戦況を見下ろし、次の展開を待ち受ける。リュディア・イヴァロールは祈るように息を詰めて、ユイスたちを見守っていた。


「よし、いくぞ…!」


 ユイスは自分の胸に言い聞かせる。倉庫での徹夜を思えば、まだ足りないことだらけだが、仲間と共に立ち向かう今ならば、ギルフォードをはじめとするエリートクラスの猛攻をどこまで防げるか――やってみる価値はある。


 トールの火球、エリアーヌとミレーヌのサポート、レオンの皮肉交じりのタイミング合わせ、そしてユイス自身の短詠唱魔法。


 これらを結集させて、どこまで粘れるか。もしもギルフォードが手を抜いていたなら、そこに付け入る隙を生み出すこともあり得る。


「負けたくない…」


 ユイスの心の奥には、フィオナの笑顔がちらりと浮かぶ。「あのとき、どうして俺は何もできなかったんだ…」そんな後悔を押し殺しながら、今、立ち止まるわけにはいかない。


 スタジアムに響く歓声と、エリートクラスが放つ魔力の閃光。問題児クラスの戦いは、これからが本番だ。大技を浴びせようと構えるエリートの中央に立つギルフォードに、ユイスはノートを握りしめてまっすぐ視線を投げた――。


(簡単には終わらない。俺たちのやり方で、最後まで足掻いてみせる)


 そう心に誓いながら、彼は次なる一手を準備し始める。ギルフォードの口元からは不敵な笑み。


「――やれ」

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