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4. 仲間と再び練習

 倉庫の扉を抜けたユイスは、満足に寝ていない身体を気力で動かしながら、脇に積まれた木箱を簡易の机代わりにしてノートを広げた。


 ランタンの弱い灯りに照らされた紙面には、ひっきりなしに書き足された数式と術式の断片が並ぶ。昨夜、図書館で得たごく僅かなヒントをもとに、彼は新しい魔法理論を組み立てようともがいていた。


「……また失敗か」


 何度か詠唱を試したあと、ユイスは喉を押さえ、息をつく。つい今しがた発動させようとした小術式は、位相タイミングを誤って妙な風圧だけを生み、目標とはまったく関係のない方向で弾け飛んだ。


 昨日の連携練習の失敗に続き、夜の図書館でも収穫は薄かった。さらに、倉庫に戻っての研究も難航している。


「これじゃ間に合わない……」


 呟いてノートを閉じかけたとき、小さくドアをノックする音がした。


 ◇◇◇


 翌日。


 あれこれと倒れ込むように数時間だけ寝たユイスだったが、朝から不自然なまぶたの重さを抱えたまま、演習フィールドへと急いでいた。今日こそは連携練習を成功させてみせるという思いが、ぎりぎりの意地を支えている。


 演習場はまだ昨日の砂や焦げ跡が残っており、「また問題児クラスか」という空気がそこかしこに漂っていた。保守派の教師が片隅で腕を組んでいる。その視線は決して温かくはないが、問題児クラスの生徒たちは負けじと配置に就く。


「よし、昨日と同じ手順でやってみよう。トール、火球はひとまず小出力で。エリアーヌは回復準備をして、ミレーヌとレオンは後衛の支援と妨害を……」


 ユイスがみんなを見回す。疲れのにじむ目元に気づいたトールが、口を尖らせた。


「お前大丈夫か? また夜中まで研究してたんだろ」


「平気だ。少し寝ただけでも十分だよ……」


 ユイスは伏し目がちに返すが、その声はやや掠れている。昨夜も続けた研究のせいで、ほとんど身体を休めていないのは明らかだった。


 トールは不服そうな顔をしたが、言葉を続ける前にユイスが合図をかける。


「じゃあ……いくぞ。3、2、1……」


 小さな火球がトールの手元から前方に放たれる。昨日よりも幾分コントロールが効いているのか、勢いよく宙を飛んだ炎は先日ほど逸れずに中距離で空中爆発する。


「おお、マシになってるじゃねえか」


 トールは嬉しそうに拳を握る。それでも周囲からは「やっぱり火力は低いな」という囁きが聞こえてきた。


 一方、そのタイミングでエリアーヌがすかさず小詠唱を仕込み、回復魔法の構えを整えている。暴発こそしなかったが、トールの腕には少なからず炎の反動が残ったらしく、薄い熱傷のような痕が浮かんでいた。それを彼女が素早く治癒すると、トールは腕を振り回してみせる。


「ありがとな、エリアーヌ。昨日より早く治ってる気がする」


「ほっ……間に合ってよかった。昨日はあたふたしちゃったから……」


「私とレオンも少しずつだけど連携のタイミングを合わせてみるね。トールの火球が発射された瞬間に妨害魔法を入れて、相手のカウンターを遅らせられないか……」


 ミレーヌが自分のノートを開いている。隣でレオンが「ふん、俺の妨害なんてどこまで効くかね」と皮肉げに言いつつも、魔法陣の小規模展開を練習し始める。その動作には昨日よりもきちんと段取りが見えていた。


 保守派教師が腕を組みながら、ぼそりと「まあ……昨日よりはマシか」と口の端を動かす。軽蔑混じりではあるが、ほんの少しだけ肯定めいた言葉に、問題児クラスの面々は顔を見合わせて「褒められた……のかな?」と小さく笑いあった。


 ◇◇◇


「リュディア先輩、そろそろ上級クラスの演習が始まりますよ」


 少し離れた場所。上位クラスの実技時間に通りかかったリュディアは、一緒にいる後輩たちから声をかけられ、ハッと我に返った。視線の先では問題児クラスが連携練習を続けている。


「……ええ、わかったわ。すぐ行く」


 一瞬だけ彼女は、昨日の夜に図書館で交わした険悪なやり取りを思い出す。苛立ちと、妙な心配が胸の中で入り混じり、「どうせ無茶なことを続けてるに違いない」と思いつつ、何となく目が離せない。ふとその場にいるユイスと視線が合いそうになり、思わず彼女は顔を逸らした。


 ユイスもわずかに身を硬くし、「また見られてるのか……」と不機嫌そうに息をこぼす。


 リュディアは後輩に言い訳するように、「ちょっと気になることがあっただけ」と言うと、足早にフィールドを離れていく。


(昨日、あんなに夜遅くまで研究していたのに、昼になったらもう練習……あの人、本当に倒れたりしないのかしら)


 最後にちらりと振り返りながら、彼女はそんな独り言を飲み込んだ。


 ◇◇◇


「よっしゃ、今日の連携はここまでにしようぜ!」


 トールが火球を放ちきって肩で息をする。エリアーヌやミレーヌ、レオンもそれぞれ声をかけ合い、意外なほど達成感を感じているようだ。昨日までは一度も形にならず終わった練習が、今日は何とか流れを繋げる程度には成功したからだろう。


「あんなにボロカスに言われてたのに、少しはマシになったよな?」


 トールは汗を拭いながら、エリアーヌに微笑みかける。エリアーヌも控えめに頷く。


「うん、私も回復の詠唱に慣れてきたかも……もし暴走しても、今度はすぐ治せると思う」


「おい、それは嬉しいけど、暴走しねえで済むのが一番なんだけどな……」


 二人は笑って小さなハイタッチを交わす。その姿を見たミレーヌとレオンも、ぎこちないながら何か会話を交わし、クラス全体にはささやかな連帯感が芽生え始めていた。


 ところが、そんな雰囲気の中でもユイスは浮かない顔をしていた。演習場の砂を踏みしめつつ、ノートをめくりながら独り言をこぼす。


「……ギルフォードたち相手に、この程度じゃ足りない。血統魔法の火力を真正面から受けたら、一瞬で押し切られる」


 疲れた顔をあげたユイスに、トールが声をかける。


「ま、今日のところはこのへんでいいんじゃねえか? そろそろ昼メシだろ? みんなで食堂行こうぜ」


 ユイスはすぐには返事をせず、うっすらと紙面の数式を睨んでいたが、やがてかぶりを振った。


「悪い、先に行ってて。まだ試したい手順がある。演習場はもう使えないけど、倉庫や図書館にこもって少しでも術式の計算を詰めたいんだ」


「おいおい、またかよ。昨日も夜遅くまで……」


「ユイス、そんなに無理して大丈夫なの……?」


 ミレーヌやレオンの視線も、一様に「休憩した方がいいんじゃ」と物言いたげだ。だがユイスはかすかにため息をつき、ノートを抱きしめた。


「クラス全員が少しずつ良くなってるのはわかってる。でも、ギルフォードたちに勝つにはまだ絶望的に足りない。連携だけじゃ追いつかないかもしれないから……」


 その低い声には切羽詰まった決意が混じっていた。あまりにも必死すぎる態度に、仲間たちが言葉を失う。


「でも……」


 エリアーヌがもう一度引き止めようとするが、ユイスは軽く首を振る。


「大丈夫。ありがとう。でも時間がないんだ。先に昼食行ってくれ。俺はあとで何か買う」


 そう言い残すと、ユイスは足早にフィールドを出ていった。歩き去る背中を見つめながら、トールは「アイツ、本当に平気かな……」と呟き、エリアーヌと顔を見合わせる。ミレーヌも「夜中に図書館や倉庫にこもって、昼は練習……体が持つわけないのに……」と不安そうだ。


 しかしレオンは腕を組んだまま、「あいつが止まらないんなら、仕方ないだろ。見守るしかない」とつぶやき、わずかに視線を落とした。


 ◇◇◇


 一方、演習場の片隅では保守派教師が「ふん……まだ自己流で足掻く気か」と肩をすくめる。その様子を目にした周囲の生徒たちは、「問題児クラス、さすがに無謀だよな」「でも昨日よりは上達してたぞ?」などと小さく噂を交わす。


 誰もがユイスの過剰な努力に驚きつつ、「本当に大丈夫なのか」という疑念を抱いていた。


 ユイス自身も足早に校舎へ向かいながら、胸中で言葉を噛み締める。


(クラスのみんなが頑張ってるのはわかる。けどそれだけじゃ足りない。あのギルフォードの大火力に対抗するには、回避と妨害を確実に機能させるか、こっちが同等の火力を作るか……今のところ、俺が理論で補うしか術はない)


 そして、昨夜の図書館でのリュディアとのやりとりが脳裏をかすめる。あの視線が気に入らない。自分を案じているようで、貴族の押し付けのようにも感じる。


「気にしてる暇なんてない。勝たないと……勝たなきゃ、何も変えられないんだ」


 握りしめたノートがわずかに震えていることに、ユイス自身も気づいてはいない。


 こうして彼は昼食すらとらずに資料を探し、倉庫や図書館へ向かおうと足を急ぐ。最後にほんの一瞬、遠目にリュディアがこちらを見ている気配がしたが、ユイスは首を振って再び前を向く。


「クラスのみんなの成長に加えて、俺が数式理論の新技を生み出さないと……やるしかないんだ」


 そう心に決めたまま、遠くで昼を告げる鐘の音を聞きながら、ユイスは校舎の廊下を駆け抜けていった。

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