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男性の案内で無事、異世界村と思われるその小さな村に到着した。
一応は外から訪れたもの専用の宿泊場所があるらしく、一旦そこに連れていかれることになった。だがそこに向かっている途中、ある光景を目にした私は咄嗟に駆け出していた。
「リラ!よかった!無事だった!」
子供のように無邪気にしがみついた私に苦笑しながらも、彼女はまた会えてうれしいと背に手をまわしやさしく撫でてくれた。だが数秒後、急激に冷静さを取り戻した私は慌てて彼女から離れ、その無礼を詫びることになった。
「ご、ごめん!あまりにうれしくて‥‥‥本当に申し訳ない!」
「なんで謝るの?何も悪くないじゃない?それよりも驚いたわ!まさかスバルとここで再会できるなんて思っていなかったから。スバルは一体どうしてここへ?」
私が口を開こうとしたタイミングで追いついた男性が「まさかお二人が知り合いだったとは⁉」と、声を上げた。そしてこれはちょうどいいと言ってリラと談笑していた青年の隣に立ち、私に向かってこの男こそがこの村の有名人であるシザスなのだと愉快気に紹介した。
「おい!なんだその村の有名人というのは?」
紹介されたシザスさんは眉をひそめ不快感を示していたが、それを無視して私が出会った旅人からこの村の存在と、その村にはシザスという有名人も暮らしていると聞いてここを訪れたのだと話した。
「まあ⁉そういうことだったのね?それにしてもよくこの場所がわかったわね?結構複雑な経路でたどり着ける可能性はそう高くはないと思うのよ」
「うん。確かに迷ったりもしたんだけど、なぜかこの辺りだろうって感じたから。それでうろうろしていたら暗くなってしまって野宿を‥‥」
そう話している途中に私の言葉を遮り「えーっ⁉野宿?スバルが?一人で?どうして?」と、半ばパニック状態になっている彼女が叫んだ。私はそんな彼女の様子に首を傾けながらも、町まで戻るにしても相当遠く時間がかかるため、それならリラもよくしているという野宿をしてみようと思ったのだと説明した。彼女は唖然としながらも「そうよね、わたしのせいなのよね‥‥」と、なぜか落ち込んでいた。
それから私とリラは村のまとめ役を担っているが、村長ではないというものの家に向かい、そこでしばらくの滞在許可を得られた。
私はまず、預かっていた石をリラに返し、彼女がこの村にいた理由を尋ねた。
彼女は山でしばらく過ごした後、街道に戻り町や宿場町を経由しながらここを目指してきたのだと言った。そしてその理由も話せるが、その前に伝えておきたいことがあると急に不安げな表情を見せた。私は彼女を安心させるように何でも最後まできちんと聞くから大丈夫だと告げ、笑顔で頷いた。
すると彼女は安心したように一息ついた後、ゆっくりと話し始めた。
以前道中で幼少期からの不思議体験のことは伝えたが、その中の一つに自分は次元の違う存在たちと意識を合わせることができること、そしてつながればその相手との会話も可能で現在はとある無宙存在とよくコミュニケーションをとるようになっていることを話した。
その無宙存在とのコミュニケーションの中で、ジョーモンという聞きなれない言葉と、それがこの世の楽園であったということを知り、その場所に旅をして向かうことを目標にしたが、今はもう侵略されていてジョーモンではなくなっていると聞かされた。彼女はそのことに失望しかけたが、実は旅で向かえる範囲内の場所にジョーモンと非常によく似た暮らしをしている人々の村があると教えられた。その一つがこの村であったということだった。
そしてさらにこの村に来てサプライズがあり、あの有名人であるというシザスさんも彼女と同様、異次元に意識を合わせられるチャネラーだったというのだ。彼にとっては不本意であるようだが、この村の相談役のようになっていて、毎日のように何かしらの相談が持ち掛けられているのだという。
私にとってリラの話は理解が難しく、俄かには信じがたい話であったが、どうしても彼女が嘘をついているようにも思えず、ましてやそんな嘘を言ったところであまり良いことにはならないだろうという予測の方が容易にできてしまうのだ。
とにかく私は嘘偽りなく彼女に一定の理解を示し、難しいことは得意ではないと正直に話して今後も変わりなくやっていきたいと伝えた。そのことに対し、彼女はありがとうと心から喜んでくれているように感じた。
私たちはその日からこの村のあちこちを訪ねて回り、村人たちとコミュニケーションをとりながらある時は農作業などを手伝ったり自然の恵みの採集に同行したりとその日その日を気ままに過ごしていた。そして数日してまず最初に気が付いたのは、この村の人たちは誰も時間を気にしていないということだった。私はどうしても癖なのか習慣なのか、時間を気にしてその時間になったらこうしよう、ああしようとルーティーン的な日常を送ってしまう。だからたとえば朝はある程度決まった時間に起床して朝食を準備しに階下へ行っても、ものすごい静寂に包まれていて自分一人だけの世界にいるような感覚に陥ってしまう。だが別の日には自分よりも早く起床した誰かの生活音が聞こえてきたりすることもあるのだ。いつでも皆が本当に自由に好きなように日々を過ごしていて、要は自立したものどうしが協力し合いながら常に互いを尊重して暮らしているのだ。あの旅人の村人全員がとても幸せそうに見えると言っていたことの真の意味が少しわかったような気がした。
また不思議なことに、見た目は同じ農作物や木の実などの味が、どれもしっかりとしていてとてもおいしいと感じるのだ。そして湧き水さえもとても澄んでいて驚くほどにおいしい。
そして私がここを訪れてから早くも一月が経ってしまい、放浪の旅に戻ることになった。最初に世話になった村での暮らしも本当に穏やかで楽しく離れがたかったが、この村も同じく後ろ髪を引かれる思いで後にすることとなった。
自然と距離を縮めていったリラとの関係も、村を出る頃には皆からすでに長年連れ添った老夫婦感さえあると笑われてしまうほどになっていた。そこから一緒に旅を続けることになり、いろいろな場所へ行き、たくさんの面白い経験をすること数か月、ついに中央へ帰ることとなった。
そのリラとの旅の間に私は理解できなかった彼女の話をほぼ理解することになったのであるが、同時に自分がかなり無謀な行動をしていたことにも気が付き、今になって冷や汗が出るという事態に陥ってしまう。彼女はいわゆる魔法使いのような特技を持っているため自身の周りのエネルギーをコントロールし、安全で心地よい環境にして野宿を行うことができるのだ。あの時彼女が私の一人野宿に驚愕したのはそういうことだったのである。
そして私たちは予定通り中央には戻ったが、五年後再び二人で中央を出ることになるのである。それは中央の各所において商人や旅人らが話した内容が人々の興味を引き、噂としてどんどん拡散されていったことに危機感を覚えた私たちが村を案じて再度向かうことを決断したからである。
はじめのうちは単にとある田舎の小さな村の話として、食べ物がおいしいとか水さえ中央とは比較にならないほど美味であるとか、中央のものが聞いたとしてもそれは田舎特有の事象であるとされ、それほど注目されることはなかったのだ。
だがある時から彼の名前が出てきて事態は一変してしまう。
彼の名が一人歩きしだしてしまったのである。
その村の指導者で、神とも通じている。
彼に救いを求め、遠くからも人が押し寄せている。
その不思議な力で数々の奇跡を起こしている。
このように人々の間で広がっていき、日を追うごとにさらに激化していってしまったのだ。
居ても立っても居られなくなった私たちは決断してすぐに荷をまとめ中央を出た。できるだけ到着を急ぐため馬を使い、最低限の休憩を繰り返しながらようやく村にたどり着くと、懐かしい顔ぶれがそろって出迎えてくれた。一見以前と変わらない様子であるが、何か重たいようなそんな空気も感じていた。
私たちは村のまとめ役のところに皆に集まってもらい、中央で噂となり拡散されている内容を伝えた。そしていつからかシザスさんの名前が出てきて一人歩きしていること、このままだと上流階級のものたちが黙ってはいないだろうと告げた。
やはり数年前から村人たちも異変を察し、危機感を抱いていたようだった。最近では村自体を神の加護を受ける聖地扱いするものや、シザスさんを神の御使いとし崇めだす訪問者ばかりになっているのだという。
私たちはここから皆で逃げることを提案したが、それをシザスさんが反対した。
いざとなったら自身が一人潔く中央に出向けばよい。中央の人間はこのような田舎に興味はなく、恐らく自身さえここを離れれば、この地に影響はそれほどないだろうと告げた。そしてより一層重くなった空気の中、彼はそれを振り払うかのようにとても明るく優しい表情ではっきりと絶対に大丈夫だから安心するよう皆に語り掛けたのだった。
それからも私たちはシザスさんを訪ね、何度も説得を試みたが、彼は私たちの思いに感謝するばかりで自分は大丈夫だから心配しないでほしいと言い続けた。
そして私たちが中央へ帰る日の別れ際、彼は私たちの手を取り、あなた方と出会えて本当によかった、その幸運に心から感謝していると告げた。
その後中央に戻り数か月を過ごしたが、二人にとっては決して居心地の良い場所とは言えない中央は不穏な空気が漂い始め、いよいよここから脱出しなければという思いが強くなっていった。二人で話し合った結果、家族に別れを告げ、もう中央へ戻ることがない正式な移住を決めた。移住先に選んだのは私が以前の旅で最初に保護されたあの村である。
村に移り住み、子供にも恵まれ、中央の情報を完全に遮断した幸せな日常を送っていた私たちの元に数年後届けられた情報は、シザスさんの処刑と彼を崇める人々が各地でシザス教の教会を建てているという到底受け入れることのできない現実であった。
その日私は後悔という思いに押しつぶされそうになりながら、帝国やシザス教を興したものたちに対する怒りの気持ちを燃え上がらせていた。だがまだ幼い娘が近寄ってきて、お父さんのエネルギーが奪われていると言って私に抱き着き小さな手で何度も体を撫でたのだ。
いつの間にか眠ってしまった愛おしい娘を抱き上げ寝床に連れて行く。
娘の寝顔を見ながら考えるのはやはりシザスさんのことである。
後世に渡り、本当の、真実のシザスさんを知り理解できるものは出てくるだろうか?彼が普通のよき一人の皆と同じ人間であったこと。誰の上に立つことも下にあることも決して望まず、神はいないと理解して己の意識のみが未来を創造しているのだといつの日かこの世の人間が気づいてくれることだけを願っていたのだと。
今後、世界統一を目論んでいる存在と、その存在が好む重いエネルギー搾取のため、彼が一番望んでいなかった束縛や依存である神教として永遠に彼の名が使われ続けることになってしまうのだ。
悲しみも後悔もヴァンパイアたちを喜ばせるだけだと理解していても、今だけは彼を助けることができなかった後悔と彼を失った深い悲しみに浸っていたかった。
ここまで読んでいただきありがとうございました!感謝いたします。
続きは執筆中ですが、またお付き合い頂けると幸いです。
そしてもしこちらの軽い読み物に興味を持ってくださっている方がいらっしゃれば、私の活動報告を覗きにいかれてみてください。二月九日付の活動報告はいずれ削除予定でおります。