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私は歩きながらずっとリラの事を考えていた。
そして前の宿場町から二人で話し続けていた中で聞いたことも思い出していた。
私のなぜ旅人になろうと思ったのかという極単純な問いが切欠となり、そこから彼女のプライベートに関わる多くのことを知ることになってしまったのである。
彼女の母親は労働階級であるが父親が上流階級のものであり、正式な妻ではないがほぼ同等の扱いを受け、生活面においては何不自由なく、むしろ裕福な暮らしをしていたと彼女は回想していた。そして幼い頃から不思議な体験を多くしてきているせいで、親と周りから煙たがられ変人扱いされてきたのだという。
そして十代前半にはすでに早く家を出て自立しようと計画していて成人早々に旅人となって家を出た。今回は二週目の旅であり、目的もあってそれなりに計画的に旅を遂行中とのことで、あの山では石を探すと言っていた。私の家系もそうであるが、やはり質の良いゴールドでも掘り当てて財を成そうと考えているのかと思ったが、彼女はゴールドにはまったく興味を持っていなかった。山の中や川岸、海岸などで見かける石に興味があり、今回はあの山でゆっくりと時間をかけて探すつもりでいるのでとてもワクワクして浮かれていると話していた。
そこで私が思わずゴールド以外に価値のある石など存在しないのではとつぶやくと、彼女は真剣な眼差しで逆に私に尋ねてきたのである。
「石の価値は誰がどのような理由で決めているのかしら?人の好みはそれぞれ。だから本来その人によって石の好みも違うはず。それに価値なんて結局は多数決、または誰かの意図で操作された洗脳による思い込みによるものでしょ?私は自分にとっていいなと感じる石はすべてが宝石になるし、そういった石を探して見つけ、感動したりうっとりしたい。あとついでに言ってしまうと、いつからかは計り知れないほど昔からゴールドばかり採掘され続けていてものすごい価値があると肯定しかされていないことに誰も疑問を抱いていないことこそ不思議で不気味。とにかく、何でも人それぞれなはずなのに、それを認識させないよう定義だとか常識だとかを持ち込んで刷り込まれ、知らぬ間に同じ方向へ前ならえをさせられている感じが本当に気持ち悪いわ」
そこで彼女は袋の中から取り出したすでに手にしていたいくつかの小さな石を見せてくれた。赤や緑、オレンジや青といったカラフルでキラキラと本当に素晴らしい輝きを放っている美しい石。それはずっと眺めていたいと思うほどで、彼女の手から袋の中に戻されてしまう瞬間には本当にがっかりとしてしまったのだ。
確かになぜ私たちはこれほどゴールドに執着しているのだろうと考えたが、価値があるからとしか浮かんでこなかった。これまではそのことに対し、疑問など湧くことはなかったが、言われてみれば価値があるとされる根拠は恐らく美しいとか希少ということくらいで、それがこの世の常識的価値につながるというのはよくよく考えればおかしな話である。数が多かろうが少なかろうが、どんな見た目をしていようがそもそもすべてのものに等しく価値があるはずで、人間の傲慢さとただそこに上下等の優劣をつけたがる人間の性のせいで作られた定義というものに皆が翻弄されているだけなのではないだろうか?
私はリラから預けられた石をそっと袋の中から取り出した。
親指と人差し指に挟まれている小さな石は無色透明で、光に反射しキラキラと美しく輝いている。彼女はこれが一番のお気に入りだと言っていた。
確かに私もゴールドよりもこの石の方が断然美しいと思う。
価値などはどうでもよく、単純に自分の好みである。
そこでふと兄から自身を送り出す際にかけられた言葉を思い出した。
「旅の中で得た何かの有益情報を手土産にお前が帰ってくるのを待っている」
これはもしかすると、上流階級のものたちがこぞって手に入れようとするようなゴールド以上に高価な装飾品となるのではないか?
そんな考えが頭をよぎったが、この石がどこにあるのかどれくらいあるのかもわからないのだ。すぐに頭を振って思いなおし、大事に袋の中に戻した。
やがて宿場町が見えてきて前回の苦い体験を思い出し、今回は呼び込みのものと目を合わせないように気を付けなければとしっかり自身に言い聞かせ向かっていった。
その後旅は順調に続いていき、一月ほどが経過する頃ようやく目的の町に到着することができた。だがここから例の異世界村を探さなければならないのだ。教えてくれた彼も街道を外れて歩いていて偶然見つけたと話していた。だからその村に確実にたどり着ける可能性はかなり低いと思われる。それでもどうしてもその村に行ってみたかったのだ。
自身にもこのような執着というのかこだわりがあるとは意外であるが、なぜか悪くはないと感じて面白がりながら野道を歩き回っていた。だがさすがに適当すぎたのか、村が存在する気配を感じられないまま気づけば辺りは暗くなり始めていた。これは町へ引き返すべきなのであろうが、そうするにもかなりの時間がかかってしまう。私は迷った末に生まれて初めての野宿に挑戦することに決めた。
その夜、空腹感に耐えながら、防寒のための羊毛布を首から下全体に巻き付け木に寄り掛かるようにして眠りについた。
「旅人さん?旅人さん?こんなところでどうなさった?」
翌朝、そう言いながら私の肩をポンポンと叩く誰かの声で目が覚めた。
目の前には立派な白髭と白髪の男性が立っていて、不思議そうな顔で私を見ていた。
「おはようございます。あの、すみません。あなたはどちら様ですか?」
そう口にしてしまってからなんて頓珍漢なことをと恥じたが、その男性は特に気にする様子もなく自分はこの野道の先にある村に住んでいると教えてくれた。
「わしはあなたの足元にある茸の採集をしに来たのだが、そこに見知らぬ誰かが寝ていて最初は驚いて腰を抜かしそうになりましたよ。だがよく見れば旅人だとわかって声をかけたのです」
「そうでしたか‥‥なんか申し訳ない‥‥実はとある村を目指して町から街道を外れ歩いてきたのですが、まったくそれらしき場所が見当たらず、仕方なくここで野宿をすることに‥‥」
そこまで話したところで私の腹が盛大に音を立てた。
すると男性は笑顔になって袋の中からパンを取り出した。そしてそれを食べるようにと私に差し出してきたのである。思わず今度は喉がごくりとなって気まずくなったが、やはり空腹感には勝てずパンをつかみお礼を述べてから勢いよくかぶりついた。そしてあっという間に私の腹に収まってしまったが、男性は持ってきた水まで私に恵んでくれた。空腹ということもあったであろうが、これまで食べてきたパンの中では間違いなく一番おいしく、ただの水だというのにこちらもまた信じられないくらいにおいしかった。
「パンも水も本当に最高においしかったです!ありがとうございました!」
「それはよかった。私もその言葉が聞けてうれしいよ。ところで旅人さん?あなたが目指しているという村は一体どこにあるんだい?」
「あっ!申し遅れましたが私の名はスバルといいます。それで‥‥その場所自体はっきりしていなくて‥‥ただヒントがいくつかあって、そのヒントに基づき探しているところなんです」
「なるほど?‥‥だが少なくともこの辺りではわしらの村しかないはずだ。わしらの村はスバルさんたちのような旅人が目的にして来るようなところではないから違うだろう。もしかして道を間違えているのではないか?」
「いえ、確かにこの辺りのはずなのですが‥‥あの、シザスさんという方がその村では大変有名だと聞いているのですが、この辺りでそのような名前の方がいらっしゃるというのを聞いたことはありませんか?」
そう尋ねた途端、男性は驚いた顔をしてシザス⁉と叫んだ。
なんと男性が住むその村には確かにシザスという人物がいるそうで、村の中では言う通り有名人だがまさか旅人の間で有名になっているなんてと驚愕していた。
その後は茸の採集を手伝い二人で男性の住む村まで戻って行った。