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⒈ 旅人スバルの後悔

 私は上流階級のものたちが身に着ける高級装飾品専門の商人として成功し、財を成した一族の夫婦の間に生まれた次男である。


 長男は当然のように父の後を継ぐ予定で働いており、次男としては本来、長男の補佐として一緒に仕事をするべきであろうが、私は生まれ育った中央の煌びやかさと喧騒を好まず、成人後はすぐに帝国内外へと放浪の旅をする旅人となったのだ。


 両親はもちろん反対したが、兄は自分に代わり各地をまわって様々な有益情報の収集を行ってくれればよいと言い背中を押してくれた。この時は裕福な家庭に生まれたもの特有の、ある種の傲慢さを確かにもっていたのだろう。渡されたたくさんの硬貨を当たり前のように受け取り、きっちりとした装いのまま弾む足取りで街道を進んでいった。


 中央から離れ、建物も人もだんだんと少なくなっていったが、馬や駅馬車で移動する多くの人たちとの出会いのおかげで孤独を感じることもなくスタートから順風満帆であった。だがそれも最初の町までで、その後町を出て街道をのんびりと歩いていた時、突然どこからともなく現れた何者かにより草むらに引き込まれ、身に着けていたほとんどのものを奪われてしまったのである。


 あまりに突然であり、身ぐるみを剥がされるまであっという間の出来事だったため、唖然と声も出ず恐怖を感じる暇さえなかったが、それでも後からじわじわと湧き上がってきた恐怖心と孤独、凍える寒さにただブルブルと体を震わせ蹲っているだけであった。


 私がどれほどそうしていたかはわからないが、気が付いた時には暖かな部屋の寝床で寝ていた。何者かに襲われショックと恐怖で動けずにいたことは覚えていて、その後は恐らく気を失ってしまったと思われる。状況把握のために起き上がろうと試みたが、気持ちとは裏腹にまったく体が言うことを聞かず、かろうじて腕が少しあがった程度であった。このような状態になったのは生まれて初めてで急激に恐ろしくなったが、同時に部屋のドアが開き、誰かが入ってきたことで意識が逸れた。


 「まあ⁉目を覚ましていたのね?寝ていると思って勝手に入ってきてしまったわ、ごめんなさいね」


 私の母よりも少し上くらいに見える女性がいろいろな物を手に近づいてきて膝をついた。


 「だいぶ汗をかいているようだから先に着替えましょう。主人を呼んできますからちょっとお待ちくださいね」


 彼女はそれだけ告げると部屋を出ていってしまった。だがそう間を置かず、今度は背の高い立派な体格をした彼女と同年代くらいに見える男性と二人で現れた。


 「お待たせしました。まずは最初に名乗るべきよね?私はメアリというの、そしてこちらが主人のカイルよ。さすがに私一人であなたの介抱は難しそうだから主人にも手伝ってもらうことにしたの。まずは着替えをしてそれから水を飲みましょう。あなたは熱があるからしばらくは寝ていなければならないわ。熱が下がって何か口にできるようになってからあなたの知りたいことと私たちが知りたいことを話し合いましょう。今はとりあえずゆっくり休んで回復することだけを考えていてくださいね」


 体が言うことを聞かない状態の私は彼女の言葉通り、その日から二日ほどはただひたすらに寝ていた。三日目から自分で起き上がり、少しづつ食べ物を口にすることもできるようになったため、四日目にメアリとカイル、私の三人であの日の出来事についての話をした。


 やはり私は草むらで気を失い倒れていたようだった。私が後にした町からカイルもちょうど戻ってきたところで幸運にも偶然彼の視界に私が入ったそうだ。何だろうと思い近づいてみたら腰布を巻いただけの裸同然の私が転がっていて大そう驚いたということだった。そして命を奪われることも怪我もなかったのは本当に幸運で、それは恐らく私の装いと持ち物から身分を察してのことかもしれないと言っていた。私は中央から放浪の旅に出たばかりの商人の息子で最初の町までは順調であったこと、その後に街道を歩いていて突然襲われ気が付いたらここで保護されていたことを話し、ずっと世話になっていることへの謝罪と感謝の気持ちを伝えた。


 彼らの住まいは私が襲われた街道から外れた野道の先の小さな村にある。そしてここではほぼ自給自足の生活をしていて少なくともこの村の中で硬貨は出回っていなさそうだった。彼らに何かお礼をしなければと考えていたが、今の私は何一つ持ってはいないのだ。一度中央に戻り、両親に硬貨をねだるのは簡単だが、この時初めてそのことに対して罪悪感のような気まずさを覚えたのである。


 体調も回復し、日常生活を送れるようになると私は正直に彼らに伝えた。

 硬貨は中央で暮らす両親に頼めばなんとかなるだろうということ。

 だが許されるならば自分でなんとかしたいと思っていること。

 それでもどうしたらいいのかわからず悩んでいること。


 私の話を聞いた二人は朗らかに微笑みながら、まさか自分たちにお礼をするために悩んでいたなんてとやさしく背を撫でてくれた。そして自分たちは何も望んではいないこと、でももしも嫌でなかったら農作業の手伝いを少ししてもらえたらうれしいと告げた。


 それから私は毎日彼らの手伝いをして過ごし、ここで保護されてから三週間が過ぎる頃、ようやく旅へ戻る決心がついた。本当は元気になってすぐにでも出て行くべきであったのだろうが、彼らや村人たちとのコミュニケーションが楽しく、居心地がよいためズルズルと決断を引き延ばしていたというのが実情である。


 自身が決断を告げた翌日、村の皆からの贈り物を目の前に私は男泣きをしていた。私は皆に何も返すことができないというのに、彼らは再び旅に出る私のために旅装や硬貨まで準備してくれていたのである。いつかまた必ずここに戻ってくることを約束し、止まらない涙を拭いながら村を出た。手を振る彼らに何度も振り返っては大きく手を振り返していた。


 私は街道を歩きながらふと気になり立ち止まった。村を後にして街道に出てから何かが変わっていることに気づいたからであった。それは例えるならば、ずっと青空で明るく晴れていたのに突然今にも雨が降り出しそうな曇り空に変わってしまったというような感じである。実際は空を見上げれば青空が広がっているし、雨が降り出すような気配はまったくない。あくまで感覚的な問題であり、空気感が大きく異なっているということを表したかった。


 そんな不思議な感覚に首を傾けながらたどり着いた先は宿場町であった。

 街道沿いの家並みに目をやりながらゆっくりと歩き、今日の宿を探した。


 「お兄さん!今日の宿をお探しかい?それならぜひうちにおいでくださいな!」


 ちょうど目が合ってしまった呼び込みの女性に手招きされ、どうしようかと迷いながらとりあえず話を聞いてみようと思い近づいた。


 「ですから!もう空きはないんです!ここから早く出て行ってちょうだい!」


 するといきなり隣の宿から怒鳴り声が聞こえ、入り口から誰かが飛び出てきて転がった。いや、正確には無理やり押し出されて倒されたという感じである。その状況に呆気にとられていると、私を手招きしていた女性に腕をとられて宿の中に引き込まれてしまった。


 「お兄さん、あのような怪しいものが時々現れますのよ。まったく困ったものですわ‥‥それで今日は泊まられるとして、あと何泊かされます?」


 「いや、私はまだここに泊まると決めたわけではなく、話を聞こうと思っただけだ。それに先ほどの追い出されてしまった旅人のことが心配だ。なんにせよあのような扱いを受ける謂れはないはず‥‥」


 「まあ⁉お兄さんは知らないだけですわ。大体あのように汚らしい身なりで図々しく宿に泊まろうとするような輩が硬貨なんて持っているわけないんですよ!」


 私が何を言ってもあの旅人のことを悪く言い続けることに嫌気がさし、半ば強引に会話を断ち宿を出た。そして急いで旅人を探したが見当たらず、どうしているのだろうと気にはなったが自身も宿泊場所を決めなくてはならないため仕方なく歩き出した。


 そしてすぐに声がかかり宿泊を勧められるがどうも気が進まず断ること数回、ようやく一軒だけ呼び込みの見当たらない静かな宿が目に入った。吸い込まれるようにそこに向かうと、ちょうど中から女性が出てきて私に気が付き申し訳なさそうな顔をして頭を下げた。


 「もし部屋のご利用の件でしたらちょうど満室となったところで空きがございません。せっかくおいでくださったのに誠に申し訳ございません」


 どうやら一番良さそうなところを見つけることができたのに泊まることはできないようだ。私は残念に思いながらもその女主人の勧めで隣の宿に泊まることに決めた。そしてその晩、給仕のものと話をしていてあの追い出されてしまった旅人のことを見ていないかと尋ねてみたところ、思いもよらない答えが返ってきた。なんと私が泊まりたかった隣の宿にいるのだという。普段呼び込みはしないというあの人が好さそうな女主人が自ら声を掛け宿泊を勧めていたのだという。私はほっとしてそれからようやく食事を楽しむことができた。


 

 


 


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