⒈ 大人になった俺が語る過去(子供の世界)
俺は現在、会社勤めをしている三十手前の男である。
結婚歴なし、彼女なし、資産なしだが特に不自由でもなく不幸でもない。
そんな俺にはこれまで誰にも話したことがなかった面白い経験がある。
面白いのになぜ誰にも話さなかったのかというと、正確には一度自分の親にそのことを話してみたことがあったのだが、そんなバカな妄想話を誰にも言ってはならないときつく叱られてしまったからである。
当時の俺は田舎の小等学舎に通うごく普通の少年で、これといった特技もなければ目立たない大人しい子供というわけでもない、いわゆるどこにでもいるタイプの子供のうちの一人であった。
が、なぜか俺には周囲の皆には見えていないなにかがはっきりと見えてしまうという自慢さえできないおかしな能力が備わっていた。
そのなにかに最初に気が付いたのはある日学舎から帰宅してリビングでおやつを食べていた時だった。ソファーの上ではなく、その下のカーペットに座っておやつを食べていたのだが体はちょうどソファーの方に向いていた。
ぼ~っとしていた俺はそのソファーの後方を何か頭らしきものがス~っと横切るのを見た。だがその時は単に見間違いだと思い気にせずそのままおやつを食べ続けた。そして喉が渇いたのでキッチンへ行くと冷蔵庫を開けてジュースを取り出し棚からコップを取ってジュースを注いでそのままテーブルの椅子に座って飲み始めた。
ジュースを飲み干しおいしかったと満足していると、そこから見えるリビングのソファーの先にある壁からなにかが出てきてソファーの後方を進んでいき、またその先にある壁へと入っていった。
とある魔法学校の話の映画の影響か、俺はどうしてか恐怖心ではなく冒険心が湧いてきて、その壁とソファーの後ろを確認しにいった。ちょうど子供なら難なく動けるスペースが空いていたため何度か往復したり壁を触ってもみたりしたが何も変わったことはなく少し残念に思っていた。
その日から数日間、俺はたまに思い出したようにそこをチェックしていたが、そのなにかが現れることもなく、違う場所でそのなにかを見かけることもなかった。
そして俺が忘れかけていたおよそ一月後、ついにそのなにかをまた目撃したのである。俺は前回の目撃状況を思い出し、少し待てばまた壁から出てきてソファーの後ろを通って壁へと入っていくと考え、ソファーの上に座って待ち伏せすることにした。
待つことおよそ七~八分、ついにその時がやってきた。
壁からグレーの物体が出てきて俺の目の前を通り過ぎようとしていたので「ねえ、ねえ?」と声を掛けてみたのだ。すると俺たちが驚いた時に見せる仕草とまったく同じで体がビクッとしてすぐに俺の方に体を向けた。
「なんでここにいるの?」
だからまずはずっと疑問に思っていたことを口にしたのに、グレーの物体はこちらを見たまま何も答えず微動だにしない。
「どうしたの?言葉がわからないの?君はどこから来たの?」
子供ならばそのような見たこともない奇妙な物体を目にすれば泣き叫んだりして怖がりそうなものだが当時の俺は本当に怖いもの知らずだったということもあるがその物体に恐怖心を抱くことがなかった。だから普通に思ったことをそのまま口にすることができていたのだ。
どのくらいたったであろうか?
しばらく互いに見つめ合った状態でいたはずだが、突然俺の目の後ろ?額の辺り?に映像がドンっと入ってきた。王都よりもはるかに近代化が進んでいるように見えるが全体的に色味がなく、高層ビルのような建物や奇妙な形をした空中を移動して行き交う車らしき物体などが確認できる光景である。
「わあ~!ここは君の国?でも君はここにはどうやって来たの?」
するとグレーの物体は背負っていたリュックのようなものの中から変な形をした金属っぽいなにかを取り出して俺の方に向けてサッと動かした。そしてそのまま壁へと入っていったまま出てこなくなってしまった。
俺は子供ながらに自分が何か悪いことをしてしまってあのグレーの物体が怒って帰ってしまったのだと思い落ち込んでいた。だが数日後、思いもかけずグレーの物体と再会することになったのだ。
その日の夜、自分の部屋で眠っていた俺は『起きろ』という呼びかけに反応し、眠い目をうっすらと開けた。俺を覗き込んで見ている大きな目は間違いなくグレーの物体であった。
一瞬で目が覚めた俺は飛び起きた。
「僕を起こしたのは君?今日は僕と話せるの?」
俺は興奮してそう尋ねたのだが、すぐに『声は出すな。ここで話せ』と胸の当たりを指し示してきた。そう言われてみればグレーの物体には口がなく、どうして自分に聞こえているのかとても不思議な感じがした。俺はグレーの物体の指示通り、心の中で話しかけるようにして口は閉じた。
『すごいね!君は口はないけれど、ちゃんと言葉が通じている。僕の心の声も君に聞こえているのかな?』
『聞こえてる。それでお前はいつから俺が見えていた?』
『ん?えっと‥‥一か月前くらいかな?』
このように最初はグレーの物体の方からいろいろと尋ねられては俺が答えるという形式の会話がしばらく続けられた。そして俺は自分のことをお前と呼ばずに名前のサミュエル、愛称のサムと呼ぶように言うと了承したが、自分も名前で呼びたいから名前を教えてくれと言うと名前はないと返ってきた。
それでも俺の希望を汲み、グレーと呼べば良いと言ってくれたので、それからはグレーと呼ぶことになった。ちなみにグレーはもうだいぶ前から俺の家を出入りしていたらしく、その間自分も含めてずっと誰も気づかなかったのであの日突然俺が声を掛けてきた時は本当に驚いたそうである。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
続きは20日に投稿予定です。




