表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エナジーヴァンパイアワールド  作者: あずきなこ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/52

 私は確かに三人の子の父親である。

 生物学上も生活環境上においてもそうと言える。


 だが本来、私は()()()であって他のなにものでもない。


 それなのに、今は父親というキャラクターとして、その定義に見合った言動をしなければ批判の対象になってしまうというなんとも理不尽な立場に置かれている。


 事実、先ほどのように父親なんだから()()()()()()()()()()()()()()と言われ、それは父親としての()()だとも言われた。


 こういったことはドラマや小説、漫画やアニメの世界でも変わらない定義であり、いわば世界共通のある意味常識の父親像(父親の義務)となっている。


 はじめにも言った通り、私はヤスユキとして生きているのであって、ほかのなにものでもないのだから、義務などというわけのわからない命令に従う必要などまったくないはずである。今更であるが、よく考えてみればこの世は義務だらけでまったく自由のない世界だと気づいた。


 それでも人はなぜか牢屋にでも入れられない限り自分は自由だと思っているし、自由ではないと思っていても他人のことは自由で羨ましいなどと思うことはあるだろう。本当は決められた目には見えない牢屋(枠内)での制限のある自由で、それがバレないよう自由という名のただのガス抜きが認められているだけの状態であって、本当の意味での自由な人など誰一人存在していない。


 そう思い、過去をずっと辿ってみれば、思わず笑いが込み上げてくるほど不自由な世界だということを思い知った。人はまず、生まれたその時に大体の人は家族という小さなピラミッド社会に否応なしに属される。その縦社会で上の者に従うよう教育され、上の者は下の者たちのために働き金を稼いで生活を支える義務が課せられるのだ。


 その後成長して立場は入れ替わっていき、学校や社会に出れば会社などのピラミッド社会に属し、そこでまた別の義務が発生する。そうやって死ぬまでなんらかの義務に縛られながら恐ろしいことにそれに気づかないまま死んでいくのだ。


 私、ヤスユキは幼い子供の頃から勉強が嫌いでのんびり屋。体育も得意ではなかったが、友達と外で遊ぶのは好きだし犬や猫などの動物も好きで彼らと本気で意思疎通ができると信じていた。


 それはこのおっさんと言われる年齢になった今でも変わっていない。


 父親らしくビシッとしろと言われても、のんびりだら~んタイプであるし、自己啓発のために勉強を強制されたところでまったくその気力はない。どんなスポーツが流行ろうとも興味はないし苦手。だが友人たちとバーベキューに出かけたり飲み歩くのは好き。野良の犬や猫、ペットショップで見かける動物たちには必ずといっていいほど話しかけている。


 体が大きく成長し、その過程で教育という名の様々な洗脳を受け、大人と言われる常識人(洗脳済)になったとしても、このように中身の意識は何一つ変わっていないのだ。


 だが今は家庭、家族というピラミッド社会の頂点にいる父親として、そういった自分(意識)を押し込め、我慢が当然の義務の遂行に必死な毎日を送っている。


 その時ふと、自身の父親のことを思い出した。

 もう亡くなってしまったが、私の父の印象は物静かで毎日家族のために一生懸命働くやさしい父親であったということだ。だが今自身が同じ立場になり、その義務の重さに耐えかね、どういうわけか病む方向ではなく、突然目が覚めたかのように意識を取り戻したその上で考えることは父、シゲユキは本当はどんなことが好きでどんなことが苦手でどんなことを思って生きていたのだろうということだった。


 思い出すのはいつも笑顔だった父の姿であるが、一度仕事について話をした際、自分は学がないので力仕事以外は選べなかったと自嘲し、もし自分のように朝から晩まで働き、休みが日曜だけで給料が低い会社で働くような事態を避けたければ、勉強が嫌いでも進学はしておいた方がよいと寂し気につぶやいた父が脳裏に鮮明に浮かび上がってきた。当時は軽く受け流して聞いていたが、きっと父はたくさんのことを我慢し諦め、ただひたすら家族のためにとその立場、父親という義務を果たすために必死だったに違いない。


 気づけば涙が止まらない‥‥‥


 「父さん‥‥‥‥」

 止まらない涙を拭いながら、これまでずっと当たり前だと思っていた物事、生活すべてがそうではなかったことにようやく、本当にようやく気付くことができた。


 子供時代、毎日ご飯が食べられおやつも食べることができていた。

 毎日きれいに保たれている部屋で気持ちよく眠り、暖かい風呂にも入れた。

 たくさん遊んで服をどんなに汚して帰っても次に着る時はきれいになっていた。

 学校で持ってくるように言われたものを頼めばすぐに用意してもらえた。

 大人になってからもいつだって困ったときには助けてくれた。


 すべて自分は子供だから当たり前だと思い、ありがとうの言葉は伝えていたが、本当の意味での感謝を伝えたことはなかった。父、シゲユキが毎日何があろうと家族のためにと仕事に通い、必死で金を稼いでくれていたおかげで毎日食事をとることができ、必要なものが得られていた。母、ノリコが買い物に行き、家族全員分の食事を作り、全員分の洗濯をし、掃除をして部屋を整えてくれていたからこそ気持ちよく日々を過ごすことができていた。


 もっと言えば食べ物、例えば米や野菜、肉もそれを作ったり育ててくれたりしている人たちがいるからこそで、着るもの一つとってもそれを作ってくれる人たちがいるからだ。そしてそれらを運搬し、店に届けてくれる人たちがいるからそこに行けば手に入るのだ。


 そういった当たり前だと思っている日常が本当は奇跡のような連続なのだと、日々の多くの人々の働きのおかげで成り立っている暮らしであることをすべての人がもっときちんと認識すべきなのではないだろうか?


 そうすればきっと〇〇なんだから当然というような言葉が出てくることはなくなる。そして常に他人を尊重し、自分も大切にすることで義務なんて死語になる協力関係で成り立つまるい社会を創造できるはずだ。


 もうピラミッド社会にうんざりな私はまず家庭内ピラミッドを打破すべく、今まで一度もやったことのない家族会議なるものを初召集した。

 

 



ここまでお読みいただきありがとうございました。

続きは18日投稿予定です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ