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「ノア!私、今日のランチは定食がいいな!ノアは?」
まだ一限目の授業終わりであるが、今日も元気なカナデのランチはどうする発言が聞けてうれしい私は頬を緩ませていた。
「私ももちろん定食で」
だからいつものようにそう返したところ、彼女はふと何かを考えるような素振りを見せた後、「本当にいいの?」と、聞き返してきた。どうやら毎日自分と同じでよいと返す私にもしかして実際は違うものが食べたいのに自分が先にリクエストをしてしまうせいで仕方なく合わせてくれているのではないかと疑いを持ったらしい。
「まさか!本心だよ、いつも。それに本当に嫌だったら今日は別で食べようか?って提案する。あと困ったことに、カナデと一緒に食べると何でもおいしく感じるから実のところ何でもいいんだよね~」
「ちょっと⁉途中まではよかったのに、なに最後!困ったことにっていうのはいらなくない?」そう言って唇を尖らせた彼女の耳はほんのり赤く染まっていた。
そしてその日の昼休み。
私たちは食堂に向かい、その日の日替わり定食をオーダーしてトレーの上に乗せると空いているテーブル席を探して辺りを見回した。その時偶然空いていた場所に彼の姿があり、これはまさしくチャンス到来とばかりにカナデに目配せをしてその同じテーブル席へと急いだ。
だがさすがに彼の隣に座ることはできず、一つ置いた隣の隣に腰を下ろした。
カナデの今だ!今しかない!と訴えているような圧、いや、視線を感じながらも少し様子を伺っていると、私とは反対側の彼の隣に座っていた男子生徒と話し始めた。
内容的には音楽の話をしているようだった。しかもその会話の雰囲気からどうやらその彼とは友人関係にあるという推測もできた。私は内心よかった、本当によかったと、安堵の気持ちで一杯になっていた。カナデの方を見ると彼女もきっとそんな私の気持ちを察してくれたのだろう。微笑みながら頷いてくれた。
だがさすがは食欲旺盛なお年頃男子、気づいてみればあっという間に完食し、席をたって出口の方に向かって歩いて行ってしまった。私は「ごめん!追いかけてみる!」と告げ、いってらっしゃいと手を振る彼女に頷きを返し、慌てて彼らの後を追った。
廊下にを出ると彼らはすでに端にある階段付近に近づいていたので人が少ないのをいいことにダッシュした。そして階段を上ろうとしていた彼らに「すみません!」と声をかけると二人同時に振り返った。そして彼がなぜか一緒にいた男子生徒に「じゃあ俺は先に行ってるから」と言って階段を上り始めてしまったので慌てた私は思わず「ディランくん!待って!」と図々しくも名前を読んで呼び止めてしまったのだ。
するとその男子生徒は「おいディラン!お前に用事があるみたいだから俺が先に行ってる」と告げ、彼の肩にポンと手を置いた後、そのまま階上へと消えていってしまった。彼は「え⁉俺⁉」と目をぱちくりさせていたが、こんな状況であるにも関わらず「か、かわいい‥‥」と心の中でつぶやいたつもりがしっかり口から出てしまっていた。だから苦し紛れで何かを言われる前にと即用件を口にした。
「あ、あの!どうしてもディランくんと話がしたくて食堂から追いかけてきました!もし迷惑でなければ今から少しお話できませんか?」
彼は返答に困っているように見えたが次の瞬間には「じゃあ音楽室に‥‥」と言って指を階上に向け、ついてくるよう促されていた。私は「はい」と答えてまるで飼い主を追うペットのように少し後ろをついていった。到着した音楽室に入ると先ほどの男子生徒がいたが私たちに気づき「どうぞごゆっくり」と言って隣にある準備室の方へと入っていった。
「えっと‥‥それで話とはどういう?‥‥」
「‥‥ディランくんは覚えていないかもしれないけれど、私一年では同じクラスだったの。ちょっと言いづらいんだけど、その‥‥う、噂が広かる前まではお互いに挨拶もしていたのに、それからはそういうこともなくなって結局進級するまで話をすることはなかった。私、本当はずっとディランくんのことを怖いとか嫌いとか思ったことがなくて、周りの皆とは考えも違って毎日モヤモヤとした思いのまま過ごしていたの。それでその時の友達ともギクシャクしてしまって結局一人になったんだけど、その時からディランくんに話しかけて、できれば友達になれたらいいなっていう願望があったんだ。でも手のひら返しみたいで気が引けて勇気もなくてなかなか話しかけられなかった。それで二年になってようやく勇気が持てて今日、こんな状況になりました‥‥」
息継ぎも怪しくマシンガントークで説明をしたせいか、彼は暫し呆気にとられたような表情をしていたが、話はちゃんと聞いてもらえたようで「そっか‥‥」という小さなつぶやきは耳に入ってきた。
その後彼は私が一年の時に同じクラスだったことは覚えていたこと。
そしていつも一緒にいる男子生徒は音楽クラブの部長であり友人であること。
階下で話しかけられた時もいつも通りその彼のファンだと思って先に行こうとしたがまさか自分に用があって話しかけられたことに驚愕したことを話してくれた。
やはり彼は私が感じていた通り、とても誠実でやさしい人だった。
その日を切欠に食堂で会えば彼と友人であるダイヤくん、そして私たちの四人でランチをとるようになり、少しづつ仲良くなることもできた。
そしてある時ディランくんから伝えられた言葉が私のその後の人生において大切なお守りのような宝物となっていった。それは彼自身が幸せに生きていくための方法に気づかせてくれたのはダイヤくんで、その方法に確かな手ごたえを得て自信が持てたのは私のあの日の突撃声かけがあったからと言ってくれたことだ。
実はその話の前に私は一年時に彼に何もしてあげられなかった、できなかったと、そう悔いたことがあった。だがそういう慈悲のような一見誰もが素晴らしいと感じる世間でいうところのやさしさや思いやりはたとえ無意識であっても相手を下に見ているから湧いてくるものなのだと諭すように言われてしまったのだ。そして私自身が話したい、仲良くなりたいと、ただ純粋なその気持ちから勇気をもって接しに来てくれたそのことこそが自身の幸福につながった真のやさしさなのだと思うと言って笑顔を見せたのだ。
徳を積む、という以前は私がとても大切にしていた言葉がある。
でもそれはそうすることでいつか自分に良いことが返ってくるという見返りを期待する言葉でもある。だからそれは真のやさしさではないということに気が付いた。
その人のためにという傲慢な心ではなく、あくまで自分自身がやりたい、そうなりたいと望み、その結果としてその人の幸福につながった時、初めて成立する軽やかで温かい力なのだと、心からそう思えた。
私はこれからも自身の心に正直に引き寄せと別れを繰り返し生きていくだろう。いつだってポジティブな見方で進み、望むパラレルを選択し続けようと思う。
ゲームのキャラクターを動かしている時のように、興味のある人物、物事に出くわせば首を突っ込み、違和感を感じればそっと離れ、どんどん次へと進んでいけばよいのだ。
私の選択には正解も不正解もない。
すべてがただの経験に過ぎないのだと、ようやく理解するに至った。
だからこそ、これからは自分自身が楽しめているのかどうか、それだけが重要であとは二の次なのである。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
続きは執筆中です。




