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1. シザスの憂鬱

 「シザス!早く起きてちょうだい!」


 母は私が被っていた大判の布を勢いよく引き剥がした。


 「‥‥‥‥」


 「‥‥‥もう本当にいい加減にしないと仕事に遅れてしまうわよ?」


 布を剝がされてもそのまま丸くなっている私の体を揺すりながら母はそう言った。私は仕方なくゆっくりと目を開けると腕と足を伸ばしてあくびをしながら体を起こした。


 「朝食は用意できているからそれを食べてからいきなさい」


 母はそれだけ告げると微笑んで踵を返した。

 私は幼少の頃から早く寝るのも翌朝早く起きるのも大の苦手だった。

 ついでに朝食を食べたいと言う欲が湧いたことは一度もない。


 目の前に置かれたパンとスープをしばし眺め、一つため息をついてからピッチャーを手に取りカップに水を注いだ。そして小さくちぎったパンをスープに浸し口に入れる。咀嚼している最中に、家の外から「急がないと遅れるわよ!」と、母の叫ぶ声が聞こえてきた。確かにそろそろ家を出ないと仕事には間に合わないだろう。私は腰を上げ、ほぼ原形のままのパンと冷え切ったスープを残し家を出た。


 私の仕事は建築に携わるもので、今日は村のまとめ役を担っている村人が住む家の修繕を任された。私は作業前、ふと昔ここで見た小さいおじさん(妖精)たちのことを思い出して裏手に回った。そして当時彼らが列をなして歩いていた場所に目を向け、しばらくそのままじっと待ったが彼らが姿を見せることはなかった。そのことを残念に思いながらトボトボと作業に戻ると仕事仲間の一人が興奮した様子で私に話しかけてきた。先ほど偶然、隣町のお偉いさんが近々この村を訪れるという話を聞いてしまったという。ついにこんな田舎の村にまで帝国の魔の手が延びてくるのではないかと彼は怯えた。


 私は怯える彼をなだめ、さっさと仕事を終わらせワインでも飲みながらゆっくり話をしようと言って肩を抱いた。私たちはモーア帝国というモーア皇帝を頂点とするピラミッド型の社会に組み込まれているその底辺の労働者に当たるが、住んでいるところが物理的に距離がある田舎のため、これまではその縛りの脅威は届いておらず、私たちの生活にそれほど影響はなかったのだ。


 これまでも自身の中では今の生活は決して満足のいくものではなく、常に悶々とした思いを抱えたまま流されるように生きてきた。だが帝国の中心で生きている底辺の労働者たちにとってはもしかするとここでの生活が楽園に思えてしまうような落差があるのは確かであろう。


 私はその日、いつものようにぼーっと窓の外を眺めながら『なぜこのような世界になっているのか?どうしてもっと自由に生きられないのか?幸せになるためには一体どうすればいいのか?』と、問い続けていた。すると頭の中に直接【はじめまして。わたしはあなたにそれを伝えることができます。わたしと話をしますか?】と入ってきた。私は驚いて腰掛けていた椅子から滑り落ちてしまう。


 私は幼少の頃からいろいろと不思議な体験をしてきた身ではあるが、このような経験は初めてだった。まずは深呼吸をして自身を落ち着かせ、思い切って『あなたは誰ですか?』と、尋ねてみた。


 【わたしはあなた方のように名を持ちません。ですがあなたとの会話の便宜上、あった方が良いと思われますので今からアッシュとお呼びください。わたしは無宙存在の個の意識です。あなたの問いかけが伝わり、それを受けて返してみました】


 「アッシュ?あなたは無宙存在と言いましたが、私たちが言うところの無宙人ということであっていますか?」


 【そうですね。ですが、そういう括りでいくと、あなた方もアクアに存在するものすべてが無宙人ということにもなります。私たちは分離の状態にあるだけで、元はたった一つですから】


 「‥‥‥‥‥」


 私たち人間も無宙人?動物や虫も?まさかそんなわけはないだろうと頭の中で反論しつつ、無言になってしまった。


 【そんなわけがないだろうというエネルギーが返って来たのですが、逆にどうしてそのように思われるのでしょうか?】


 「⁉これはまさかテレパシー?‥‥‥それはアクアの中で生きている我々はアクア人であり、絶対に無宙では生きられないからに決まってます。無宙人というのは無宙で生きていられるからこそ無宙人なんです」


 私は若干ドヤ顔でそう告げ、これにはアッシュからの反論もないだろうと高を括っていた。だが速攻で帰ってきた返しの内容はあまりにも難解なものであったのだ。


 【あなた方がアクアの()()()表現することを望んだため、その条件である物質化、人間や動植物となって生活していますが、それぞれの表現(経験)を終えた時、物質である体から抜け、元の個の意識に戻りますから無宙で生きる無宙存在になります。要するに姿形のある物質か、そうではないかの違いだけで、すべては同じ意識体ということなのです。イメージしやすいようにたとえで説明すると、わたしたちは水のようなものだと考えてください。カップなどに入った水に刺激を与えると水しぶきがあがり、水滴になって散らばりますが、カップの中にその水滴を戻せば元のカップの中の水という状態になります。わたしたちはそれぞれが水滴となって活動中ですが、いずれカップの中に戻り、水という元通りになる同じ存在ということなのです】


 「アッシュの説明は今の私にはとても難しすぎます‥‥ですが、物質かそうではないかの違いという点においてはなんとなく腑に落ちました。それは私はこれまで他の人には見えないものが見えたり、声が聞こえたりして自分はどこかおかしい人間なのかとずっと悩んでいたからです。そのことで家族や周囲の皆から敬遠されたり怖がられることがなかったことだけは幸いでしたが、それがどういうことなのか知りたくてもどうしようもなかったのは正直つらかった。だから物質化していない存在が見える自分も()()であると知れただけでもうれしい」


 【わたしの説明を今すぐに理解できなくても大丈夫です。徐々に理解できるようになっていくでしょう。そしてアクアにおいて、あなたのような次元の違う存在(物質化していない存在)が見えたり、声が聞こえたりするもののことをチャネラーと呼んでいます。アクアでの人間としての経験を望んだあなたは先にアクアの人間となっている意識たちにコンタクトを取り、両者合意の元、親子になることを決めその該当の人型の中に入ります。ですがその前に元の意識(わたし意識)に同時記録されているすべての個の意識たちの経験(記憶)の内、自身が必要だと思ったもの全てをインプットしてくるのです。あなたの場合そのうちの一つが異次元に意識を合わせることができるチャネラーの能力だったということになります。そして最初からそれがわかっているとつまらないということで、どんなものをインプットしてきているのかはすぐにはわからないようになっているため、誰もが手探り状態の生活から始めていくことになるのです。興味のあること、好きなことをやっていく中で、徐々にそれがわかる、正確には思い出す仕組みになっています】


 「それぞれが必要な記憶を持ってくるのはわかるが、なぜそれらが必要だとわかるのですか?それにこのような苦しい世界に私が望んで来たとはとても思えない」


 【必要な記憶とは、その個の意識がアクアの人間として様々なことを経験するため、したい経験の内容によって必要だと思うものを選ぶということです。たとえば馬を乗りこなして剣を扱う競技をしてみたいと思ったら、乗馬経験のある個の意識たちと剣を扱った経験のある個の意識たちの記憶から選んでインプットします。その際、乗馬や剣以外のその個の意識が経験した()()もついでにインプットしてしまうことも多く、そういったことから前世の記憶や生まれ変わりなどと誤解してしまう人間が出てきてしまうのです。そしてあなたが言う通り、確かにアクアの表面上の世界はある無宙存在たちに支配コントロールされている状態で、軽いエネルギーを望むものたちにとっては幸せにはなることが困難な世界となっています。ですがそれをきちんとわかった上でこの世界で物質化して制限のある中での生を体験することを望み来ているのです。そして思い出すまでには時間はかかるかもしれませんが、すべてがエネルギーで出来ていること、同じ場所でありながら違う道という次元(パラレル)の理解があります。ですのであちらはあちら、こちらはこちらと住み分ければ幸せになれるということも()()()()()()()ということなのです】


 

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