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「リオン!おーい!聞こえるかー?」
「‥‥ん?あーごめんごめん!ちょっとぼーっとしてた」
ヤマトの呼びかけに気づかないままぼーっとしていたが、ようやく我に返った。
「ねえ、よくよく考えてみればさ、石とか植物ってものすごく健気で強くてやさしい存在だと思わない?私たち人間やほかの生物たちに好き勝手されてしまう確率は相当高いのに、常にそこに気高く在り続けているって本当にすごいことだよ。それに私たちを癒してくれることもあるなんてさ、どれだけ健気で愛おしい存在なんだろう‥‥」
「まったくもってその通りだな。いつだって他に干渉し、支配コントロールしたがるのは俺たち人間だけだ。ほかの生物たちは皆、アクアが作ってくれた表面上の完璧な循環システムに乗り、自由にリミットのある生活を満喫している。それが理解できれば人間だけが自然の創造物ではなく、人工物なんだってこともわかりそうなもんだけどな?」
「えっ⁉ちょっと待って!ヤマトはその話を一体誰から聞いたの?やっぱりヤマトはチャネラーで、無宙存在から全部聞いているのではないの?」
これまでもちょくちょく彼とは母や無宙存在から聞いたいろいろな話をしてきてはいるが、さすがに人間の誕生についての話はまだしていなかった。それは現在進行形でこの世を支配コントロールしている無宙存在が作ったものが人型であり、その人型に意識が入った人間が一度アクアを滅ぼしかけ、その余波で一つの楽星が吹き飛ばされ結果滅ぼされてしまっているという事実があるからだ。人間界の概念でいえば最悪の大罪を犯している人型に自ら望んで入ったというのは到底受け入れ難いはずで、そんな話をする私自身も軽蔑対象になってしまうのではないかという思いがあったからである。
「だから違うって!そりゃー無宙存在と直接話せたら楽しそうではあるけどさ、時々リオンを通して話が聞けるんだからそれで十分。それに正直そういう能力はいらないかなー?なんか大変そうだし?」
「ふふ‥‥ヤマトらしい。でもそういうところが逆に無宙存在たちに気に入られているのかもしれない。彼らはエネルギーが合わないと感じたら即離れていってしまうから。もし私がコンタクトを取ったとしても、一緒にいるヤマトに合わない何かを感じれば応じてくれることはないと思うわ。で、その人工物の話は誰から聞いたの?」
「それは教えられたというべきか、言い伝えとでも言うべきか‥‥俺たちの村では普通に知られていることだ。トラブルメーカーに作られたトラブルの元になりやすい存在だけど、なぜか大人気の経験ツールなんだなって言って爆笑する。この村の皆はいつ何時でも決して深刻にはならない。なにがあっても最終的には面白可笑しく結論づける。多分大昔にこの村にもチャネラーの能力を持つものがいてさ、難しい言葉ではなく、生活様式の中で極自然にそうしていけるように自分が見本のようになっていろいろ伝えてくれていたんじゃないかって思う。感情がすべてにおいて作用するってことと、エネルギーの流れの重要性だな。ほら!リオンたちのレイキも手当てだろ?感情とエネルギー循環で癒しているという良い例じゃないか?」
そうだ。そういえばこの村の人々はたとえ幼い子供であろうとも、自分で何とかする、なんとかできるということを理解している。以前、目の前で子供がつまずいて転んでしまったことがあった。子供は膝に怪我を負ってしまったのか、痛い!と叫んだものの、泣かずに自分の手で患部を抑え「痛いの痛いの飛んでいけー!」と、一生懸命口にしていた。その本気を感じる言いようが可愛らしく、微笑ましく思い見ていたが、その時一緒にいた彼が「手当てって誰から教わることがなくても自然と手がそこを庇うように当てにいってしまうものなんだよな」と、つぶやいたのだ。
確かに人はどこかに痛みを感じた時、自然とそこに手を持っていくものだ。
それは痛いところの確認のようなものであろうが、確かに手を当てている。
この村では癒すこと自体が手当てという認識であり、体のどこかに異常があれば手当てをしようという思考になる。私や母が行っているレイキも直接手を当て施術しているものもいるのだ。
少し話が逸れた気もするが、この村では今現在チャネラーの能力を持つものはいない。だが見事なまでに重いエネルギーを感じず、軽いエネルギーが循環しているのを肌で感じる。それでも人間であるが故に重くなる感情が湧いてきてしまうことは絶対にあるのだ。それを否定せず逆に当然だと肯定し、その時はどうすればよいのかを教えられていて、巻き込まれたり抜けられなくなるのを回避できているのだろう。
「以前見た子供の痛いの痛いの飛んでいけ!は本当にすごいと思ったわ。そういったことを含めてもこの村ってものすごく独特というか特殊よね?容姿の面でも黒髪黒目の日焼け肌って帝国や周辺国でも珍しいと思うわ。うまく言えないのだけれど、赤子から高齢者までが皆同じように幸せでいられる楽園みたいな村だと思う。時間とか人目を気にせず好きなようにできる暮らしってこんなに楽しくて幸せなものなのね」
「リオンが以前住んでいた村も同じだったんじゃないのか?子供の頃は毎日のように懐かしんで村の人たちのことを気にかけていただろ?」
彼の言う通り帝国のあの小さな村でもここと似たような暮らしはできていた。
それでもさすがに皆が時間を気にしないという環境ではなかった。
そんな村に父が残ったのは長くお世話になった村の皆に対する礼儀を疎かにすることができなかったということも理由の一つであるに違いない。だが一番はやはり囮となって逃げ、母と私が安全な場所まで逃げ切れるよう時間稼ぎをしたかったということなのだろうと思う。
あの日父は町で信頼できる一人の友人から警告を受けたのだ。
噂ではあるが、神教の指導者たちと中央の上層部の人間が血眼になってシザスと同じものを探して見つけ、何かの罪人に仕立て上げ投獄、処刑しているのではないかと。そしてさらに父は町でこれまで見たことのない人間が怪しい行動をしているのを目にしてしまう。そこから急ぎ村に戻ってきた父は母に告げ、朝を待たず夜の間に逃げることを決断したのである。
すべてを知ったのはこの村に来て数年が経過した頃だった。
初めの頃は毎日のように父はまだ来ないのかと母に詰め寄っていたが、子供ながらにそれが母を余計に苦しませているのだと気づき、以来何も言うことがなくなっていた。だがある時母の方からあの日の真実について話がしたいと言われ、これらのことを聞かされたのだ。
「まあそうね‥‥あっ、そうだ。ヤマトはこれから家に戻るでしょ?この前アカネさんから頂いた果実でジャムを作ったの。だからそれも一緒に持って行ってくれる?」
「了解!いつもありがとう!でも母ちゃんはリオンに渡せばおいしいジャムになって帰ってくるかもしれないって期待してる節がある。だから面倒になったらはっきり言うんだぞ?」
「ヤマトも知ってる通り、私はもうすっかりこの村に馴染んでしまっているから心配ご無用。それにジャム作りは私の趣味みたいなもの。町で売ったら爆売れしちゃったみたいな想像なんかもしてさ、いつも楽しんでるよ」
その後彼が町で実際に販売してみたところ、まさかの売り切れという事態になってしまい、レイキのヒーラーではなく、ジャム屋になるという新たな道も開けてしまうという結果に‥‥‥
昔誰かが言った、人生は甘くない。
いや、それはそのような思考でいたため実際に甘くない未来を自分自身で築いてしまったに過ぎないのである。
本来、人生は甘いのだ。
なーんだ、チョロいもんだと能天気にしている人ほど望んだ人生を歩めているもの。私の能天気な想像も自身が望む人生を歩むためのオーダーであり、予言である。
予言とは自身の未来計画であり、本来他人はまったくの無関係である。
だが他人が発した予言を聞いたものたちがそれを信じ思い込むことで自身の未来として自動的にオーダーしてしまうのだ。その結果、予言が当たったなどと言い、更なる誰かの思惑通りのエネルギー循環を生み出す。
そして私が最も恐ろしいと感じるのは自然を支配できると考えるものたちの研究という名の破壊行動である。いつしか大嵐や豪雨、山火事や大地震などというあり得ない現象を起こし、それを人々に体験させ、見せて信じ込ませることで自然災害はあると恐怖心を煽る。そしてすべて自然のせいにすることでそれは自然のことなので仕方がないのだと諦めさせ、私たちが疑問に思わないよう洗脳していくのだ。
アクアは絶対に生物や人々を恐怖に陥れるような自然は創造しない。
元々私たち人間が誕生するまではアクアが構築した完璧な循環システムにより全生物が問題なく生きられたパラダイスだったのである。アクアはすべての生物と同様に体調を整えるための些細な動きは起こすが災害につながるようなことは決してないということである。なによりアクア自身の負担になることを自ら起こすわけがないのだ。
だがもしも私たちの思考エネルギーが彼らの思惑通りの自然災害をイメージしたならば、それはその数が多いほどそこに加わるエネルギーの融合によりどんどん強力になって酷い自然災害に見せかけた人災を創造してしまうということにもなるのである。
私は一瞬頭に浮かんだ恐ろしい光景を頭を振ってすぐに消しキャンセルした。




