第95話 「地獄の皇太子」(ストーリー)
「なんと言う禍々しい魔力だ。メイ、なにをやっている!早く立て!」
壇上に現れたサルデスからは、目視できるほどの密度で魔力が漏れ出ていた。そのあまりの密度に周囲の空気は歪み、蜃気楼のように揺らいでいた。
「ああ、我が主、サルデス様。この時をどれほど待ちこがれたか。なんと素晴らしいお姿」
無言のまま、サルデスはティエリアに視線を向けた。
「貴様がティエリアか。此度の働き大儀である」
「勿体無きお言葉、身に余る光栄です」
「教団を率い、我のことを熟知し、よく尽くした。だが、まだ足りぬものがある。わかるな?」
「はい、穢れ無き血とその心臓でございます。そのために私はこれまで純潔を貫いてまいりました。さあ、私目の心臓をおお納めください」
そう言うと、ティエリアは衣服の胸部を破り、乳房を露にした。胸をさらけ出したまま主へと歩み寄る。
腰に手を回し、ティエリアの体を引き寄せる。
「あっ・・・んんっ」
艶やかな声を漏らし、ティエリアは軽い絶頂を迎えた。敬愛する主の一挙手一投足が幾度と無くその心を昂ぶらせる。
「はぁ・・・素敵・・・夢のようでございます」
「ならば夢心地の中で死ぬがよい」
唇が触れそうなほどの近距離、互いの目を見つめあいながら、恋人のような蜜の時間が過ぎる。
「ティエリア。我に隷属するしもべよ。我はサルデスではない。サルデスは死んだ。我は新たな肉体と魔力を得て新生した。その成果もまた貴様のもたらしたもの。誇るがいい」
「まぁ、それはなんと素晴らしきこと。では我が主よお名前はなんとおっしゃるのですか?」
「我が名はシラ。闇と炎、二つの極限の力の果てに生まれた、地獄の皇太子」
「シラ様。素敵な響き」
ティエリアの顔がさらに紅潮する。目は潤み蕩け、両手をシラの首に回すと、体を密着させる。その心は既に重なり合っていた。
シラの右手がティエリアの左乳房を掴んだ。指に力を込めると胸元にめり込む。
乳房が変形し、皮膚が裂け、肋骨が折れる音が聞こえる。
「あっ!あっ!ああっ!シラ様、シラ様、感じます。シラ様の鼓動を、息吹を。私の中に入ってきてる。私を求めてる!ああっ!ああっ!」
シラの手が進むごとに、ティエリアは絶頂を迎え続ける。
シラの体にしがみつき、空を仰いであえぐ。
繰り返す痙攣を感じつつ、シラはティエリアの心臓を掴んだ。高鳴る鼓動が掌から伝わる。
「良い鼓動だ。ティエリア、貴様の愛、必ずや我に力を与えるだろう」
「う、うれ・・・しい・・・げぼっ!」
涙を流しながら喜ぶティエリアの口から、どす黒い血が逆流してきた。血はシラの肩から背を伝い床へといたる。
恐悦と絶頂の中でティエリアは最期を迎えた。支える力をなくし、肉塊となった体が音と共に倒れ、頭が最後に鈍い音をたてて床を打つ。
ティエリアの体はまるでガラクタのように床に転がっていた。
「これにより、我は完成する。地獄の時代の始まりだ」
口をあけ、シラが心臓にかぶりついた。口のみならず顔を血で汚しながら、命の象徴をむさぼる。
「メイ、早く立て!あいつは異常だ!サルデスとは異質すぎる!早く対処しなければ・・・」
防壁の上、シラとティエリアの情事のごときやり取りを見ていたナルは、増大し続ける魔力に危機を感じていた。
「おい、動くなと言ったはずだぞ!」
メイに対し激しく発破をかけるナルに、ハインスは警告と共に喉下に剣を押し付けた。切っ先がわずかにそのきめ細かい皮膚を裂き、真紅の血が一滴流れ出る。
「きさま、私の美しい肌に傷をつけたな」
「だからなんだ?お前たちはサルデス様、いや、シラ様にその命を捧げればよいのだ。無駄な抵抗をするな」
「無駄な抵抗をするな。か・・・ふっ」
ナルはわずかに笑った。明らかにハインスをあざける笑いだ。それは彫像のような優美な姿だった。
「貴様、なにがおかしい?」
「するな。ではない。もう終わっている」
「な、なんだと?それはどういう・・・」
両手を挙げ、無抵抗の姿勢をとるナルの左手が開いた。手中の拳銃型のハチカンが地面に落ちる。
ハチカンが地に着いた瞬間、そこを中心に氷の波紋が広がった。
氷の波紋に触れたハインスに接触し衣状へ形を変えた氷の波が包む。一枚では唯の薄絹のような質感だが、瞬く間に十枚二十枚と霊騎士を包む。
「く、体が氷に包まれて動かん!これは氷魔法?一体いつの間に?」
「いつの間にだと?ずいぶん暢気だな。あれだけ長々と喋っていれば、仕込みは万全だ。お前は三百六十度、私の術中だ」
ナルは、ハインスが話に夢中になっている間に、周囲に魔法の陣を形成させ、発動を待つだけの状況を作り出していたのだ。
「く、くそぉおおおおおお!」
氷の薄絹が重なり合い、最後には花弁の形となってハインスを封じた。『氷花封棺』(ひょうかふうかん)。氷の棺に封じ込める、ナル独自の魔法だ。
「無駄な抵抗をするなよ。下手に動けば・・・」
先ほどとは逆の立場となったナルが、ハインスに警告する。だが、ハインスはそれを聞こうとせず、氷の棺からの脱出を図る。
「おのれえええええ!この程度で止められると思うなよ!」
強引に棺を破ろうとハインスが全身を奮わせる。その力に負け、氷の棺にヒビが入った。続いて亀裂が走り花弁が崩れ落ちる。
「ふはははは、六姫聖の魔法とはいえ、この程度か!これならすぐに脱出してやるぞ!」
「馬鹿者」
「なに?」
ナルの一言と同時に、ハインスの銀の甲冑に、細かな亀裂が縦横無尽に発生し、全体を埋め尽くした。
模様と見まがうほどヒビの刻まれた甲冑は、乾燥した肌のようにぼろぼろと崩れ始める。
「ど、どういうことだ?なぜ、私の体が・・・」
「言っただろう、仕込みは万全だと。お前の長話の間に、私は最小単位の氷の魔力を、お前の魔力の間へと送り込んで一時的に繋ぎとめていたのだ」
「ということは・・・私の体は・・・」
「私の魔法でかろうじて形を保っている状態だ。そこを強引に動かせば自壊は必定」
事実を知らされ呆然とするハインスの体は、ナルの話の間も崩壊を続ける。次第に、剣も鎧も、顔も魔力も、小さな粒となって流れるように崩れていく。
「あああ・・・ああ・・・あ」
「氷花封棺が発動した時点で、勝負は決していた。棺に入ったものは、ただ葬られるだけだ」
ナルはハインスに背を向けた。立ち去ろうとするナルの髪を掴もうと、銀甲冑の手を伸ばしその漆黒の美しい髪に指をかけるが、繊細なナルの髪は一切指にかかることなく、その間をすり抜ける。
髪をかき上げつつ立ち去る『美の化身』を見送りながら、ハインスは塵となって霧散した。
「喜ぶといい、私の肌に傷をつけたお前の行き先は、ご希望の通り地獄だろう」
わずかに吹いた風に髪を舞い上がらせるナルの勝ち姿は、芸術的な一枚の絵画のようでもあった。
防壁上でナルとハインスの戦いが決した。それと同時に、シラはティエリアの心臓を完食した。
シラの全身からは、先ほどまでとはまた異質な魔力が流れ出る。
「なかなか上質な心臓であったぞ。内から力が溢れ出るようだ。どれ、では残りのものも頂くとしよう」
口の血をぬぐうと、シラは今だ立ち尽くすレイセントの生徒たちへ向き直った。掌を向けると、黒い波動が生じる。生者から命を吸い取る『吸生波』だ。
波動が広がり、生徒達へと迫る。
闇の波動が生徒達へとたどり着く寸前、炎の壁が侵攻を遮った。メイの繰り出す炎の防壁『カカ・ウォール』だ。
「ざけんじゃないわよ。私の生徒に指一本だって触らせやしないわ。たとえ神様でもね!」
炎の壁と生徒の間には、立ち直ったメイの姿があった。口の端に残った吐瀉物を拭い取りながら、気合を新たにする。
「みんなごめんね。でももう大丈夫だから!こっから一気に反撃行くわよ!」
メイの復活の宣言に、それまで様子を見ることしか出来なかった全員がそれぞれの言葉で応え、中央斎場へと向かった。
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