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第94話 「霊騎士は語る」(ストーリー)

 動きを封じられた六姫聖を一瞥し、ティエリアは傍らで四つんばいになったリンの耳に備えられた通信装置に語りかけた。

「学園長、聞こえてるんでしょ?いいこと、そこから一歩でも動くんじゃないわよ。少しでもおかしな動きを見せたら即こいつらを殺すわよ。あと、黒いのあんたも同じよ。少しでもおかしな真似したらまとめて首を落とすからね」

「黒いのとはおれことか?しかし、まずい事態になったな。ここからでは、どう動いても先手は取れん」

 ティエリアの言葉に、サイガは奇襲のための準備を中断させた。

 牽制が数秒遅ければ、反撃の奇襲を開始するところだったが、斎場の北部、壁越しの裏手の位置では現場までへの道は直線とはいかない。サイガはその場に留まるしかなかった。


「さて、六姫聖はもう役に立たないし、これであとは主をお迎えするだけ。ハインス、主をここへ!」

「使い魔に持たせた。そこにいる」

 ハインスの言葉どおり、ティエリアの前に一匹の蝙蝠が舞い降りた。口には黒い珠が咥えられている。サルデスのわずかに残された魔力を封じた魔法珠の上位アイテム、封印珠だ。

 珠を受け取ると、ティエリアは軽く口付けをした。とろけそうな目で珠を見つめる。

「我が主よ、いよいよでございます。その崇高なるお力で我らをお導きください」


 メイの前に立つ赤髪の幼児の前に歩み寄ると、ティエリアは黒い封印珠を胸の中央にあてがった。珠は吸い込まれるように肉体に呑まれる。

 わずかに身を震わせ、幼児は体を硬直させた。空を見つめて半開きの口から、意識が消えたことがうかがえる。

 次にティエリアは懐から小瓶を取り出す。中は黒い液体で満たされている。人間の胎盤と妖精の心臓、魔族の羊水、神獣の胎児を刻み、闇の炎で百日煮込むことで出来る『黒のソーマ』と呼ばれる呪術具だ。

 瓶の蓋を外し、黒のソーマを幼児の口に流し込む。

 全てのソーマが喉を通過すると、幼児は細かい痙攣を始めた。天を仰ぐと目、口から黒い液体があふれ出し、またたく間に幼児の体を覆い尽くす。それはさながら闇の繭だった。

「おお、反応が始まった。さすが魔炎の魔力を吸収した器だ!」

 反応を見て、シュミットは興奮して語気を荒げた。



「なんだ、あれは?なにが始まっている?」

 壇上の光景を見てナルが呟いた。

「決まっているだろう。我らが主の再臨の儀だ。あの小僧はそのための器なのだ」

 首に刃を当てながら、ハインスは答える。

「器?あの男も言っていたな。まさか、そのためにメイを利用したのか?一体いつから・・・」

「ふっ、わからんか?まぁ何も知らずに死ぬのも無念だろうから、教えてやろう」

 そう言うとハインスは自慢げに語りだした。


 事の始まりは一月ほど前。

 ティエリア、ハインス、シュミットの三人は、サルデス封印解放のため、死の谷の底に訪れていた。

 当初の予定では、ハインスの特級冒険者に値する剣の一撃で封印珠を破壊し、目的を達するはずだった。

 しかし、封印珠の強度は三人の予想を超えて強く、わずかに破損させるに留まった。そのため、封印の解放はサルデスの力の一割ほどしか達成できなかった。

 そしてそれが悪い事態を招いた。解放された一割の力、それが無差別な瘴気となって封印珠から噴き出し、死の谷を満たしたのだ。濃すぎる瘴気は闇属性の信徒といえども耐えることが出来ず、封印珠を放棄し撤退するほか無かった。


「なるほど、強すぎる主の力が、お前たちの手に余ったわけか。そしてそれが通報をされ、メイが派遣されたというわけだな」

「そうだ。そこに監視をかねてシュミットが同行した。だが・・・」

「サルデスの解放が半端だったために、メイに敗れた。だな」

 ハインスが言いにくいであろう、友の輝かしい戦果をナルが代わって語ると、ハインスはわずかに表情に怒りを見せる。

 六姫聖の圧倒的な魔力による主の消滅。そう絶望したシュミットだったが、思いもよらない希望が残った。メイとサルデスが相討ちとなり、その結果、シュミットがメイの卵細胞を入手したのだ。


「それでメイの子か。だがなぜ、そんな器を作る必要がある?復活なら生贄だけで充分ではないのか?」

「本来ならな。だが、あの女の魔力で存在が不安定となってしまわれた主は、完全な形で復活するためには器が必要になったのだ。そこはシュミットの悪趣味に救われたよ」

 しかし、そこでまた新たな問題が発生した。大きな器は大きな中身を求める。メイの細胞から培養された子は、胎児の段階で、成長のために大量の魔力を必要としたのだ。

 胎児、新生児の段階はティエリアの魔力と教徒から搾り取ることでまかなえたが、成長が進むにしたがってその必要量は増大し続けた。


「我々はあせったよ。このままでは魔力が枯渇して器が死ぬのではないか。とな」

 しかしここで、ティエリアが一計を案じた。器が魔力を求めるのなら、最も相性の良いであろう魔力で満たしてやろうと。

「それがさっきのやり取りになるわけか。ということは、この儀式は・・・」

「そう、お前たちをおびき出すための囮さ。まんまとかかって、メイ・カルナックを差し出してくれたことには感謝しているぞ」

 ナルの通信器から伝えられる事態の真相に、サイガたちは無念さを隠しきれない。

 サルデスの復活が狙いなのはともかくとして、標的がメイであったことは完全に予想外であり、自身らの見立ての甘さが現状を招いたのだ。



「教主様、仕上げと参りましょう。最後は信者の命を捧げることで完了いたします。誰を差し出しましょうか?」

 シュミットが、斎場にひしめく自我の無い信者達を見渡しながら、嬉々として生贄を選ぶ。

「生贄なら、既に決まっている」

「はい。それは誰でしょう?」

「おまえだ、裏切り者め」

「え?」

 ティエリアの指摘の意味を理解しかねたシュミットが、ティエリアに振り向いた。その瞬間、闇魔法の鋭い一撃が胸を貫いた。理解せぬまま、シュミットは事切れる。

「貴様、器を土産に王に擦り寄ったな。我らが王、主はサルデス様のみ。二心のあるものに神の祝福は与えられん!その命をもってあがなうがいい!」


 闇の繭となった幼児の傍らにシュミットの死体が転がり、その足元に赤い水たまりが広がる。

 繭は捧げられた血と魂を吸い上げると、巨大な鼓動音を響かせた。黒い身を激しく震わせ、胎動のように動く。

 繭が膨張した。幼児を覆う程度の大きさだったものが、縦、横に激しく広がり乱れる。

「ああ、我が主が、我が主が、いよいよ、いよいよそのお姿を・・・」

 ティエリアが興奮し、髪を振り乱し狂喜する。紅潮する顔からは恋慕の情さえ伺える。


 鼓動と胎動が激しさと速度を増す。

 闇の繭に亀裂が入った。数箇所に発生すると、互いがつながり全体を埋め尽くす。

「ああ・・・ああ・・・生まれる!主が・・・主がぁあああ」

 心酔という言葉が文字通り、心が酔うことをさすなら、ティエリアの状態は正にそれだった。サルデスへの心酔がティエリアから正気を奪う。


 繭が爆ぜた。内に蠢いていた瘴気があたりに広がり、近くの生徒達は耐え切れずに卒倒する。

 瘴気が晴れた後、そこには一人の青年の姿あった。

 メイ譲りの赤い髪。中性的で整った顔立ち。法衣と鎧を合わせたような独特の装い。そして全てを威圧するような圧倒的な闇の魔力。死を司る邪神が復活を遂げた。

読んでいただいてありがとうございます。

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