第93話 「造られた命」(ストーリー)
脱力感に耐え切れず、メイは膝をついた。幼児の手を払うと、なんとか立ち上がり後退する。
「半分近く魔力を吸い取られた?なんなの、この子?」
「ママ・・・?」
幼児が伺うような表情で覗き込んでくる。その赤い髪と幼さから強調される中性さに、メイの本能のようなものが嫌悪の鐘を鳴らしていた。
「なによこの子?あんたなんなの!?私ママじゃないわよ!近づかないで!」
生理的に湧き上がる拒否と嫌悪を隠しきれず、メイは幼子に強い否定の言葉を叩きつけた。
おびえた顔で幼児はうつむく。
「あらあら、酷いママねぇ、せっかく会えたのに抱きしめてもくれないなんて」
幼子の頭に手を添えながら、ティエリアが隣にしゃがみこんだ。
「だからママってなによ!そんな子知らないって言ってるでしょ?こんな時にタチの悪い冗談言ってんじゃないわよ!」
さらに大きな声でメイは否定する。事実、出産の経験も無ければ養子を引き取った記憶も無いメイにとって、寝耳に水の言葉なのだ。
「いいえ、その子は正真正銘、貴女の子供ですよ。それも、とても純度の高い、ね」
ティエリアの後ろに控えていたシュミットが口を開いた。邪教の徒らしく、いやらしく顔が歪む。
「なによそれ、純度ってなによ!?ワケわかんないことばっか言ってないで、説明しなさいよ!」
これまでの怒りを全てぶつけるようにメイはシュミットを怒鳴る。
胸中で渦巻く嫌悪感も未だ消えず、そこに加えてシュミットの邪悪な笑みが怒りを助長していた。
「それは・・・これですよ」
歪んだ笑顔を崩さぬまま、シュミットは懐から一本の試験管を取り出した。中には小さな玉のようなものが浮かんでいる。
「な、なによ・・・それ?」
メイの中の不安と嫌悪が入り混じった感情が顔からにじみ出た。暗い予感が心中で膨らみ続ける。
「これは、貴女の卵細胞ですよ」
「卵・・・細胞?」
「そうです。貴女の遺伝子を内包した。子供の卵です。簡単に言ってしまえば、貴女からいただいた卵子です」
「卵子って・・・そんなの・・・いつ・・・私、あんたとなんか・・・!ま、まさか・・・」
途切れ途切れの言葉を発する中で、メイの脳裏に一つのことが浮かんだ。死の谷での報告書にあった『経血』の一文字だ。
「おや、察しましたか?そうです、貴女が死の谷でサルデス様と相打ちになった時、気を失った貴女の体から流れ出たモノを頂いて、私の錬金術で培養したものですよ」
死の谷でメイに同行していた時点で、シュミットは既に邪教の徒だった。そんなシュミットの眼前で繰り広げられた主の消滅劇。シュミットは深く絶望した。
だがそのとき、相打ちで倒れたメイの股から流れ出したそれは、シュミットに一筋の希望を見出させた。
神を滅するほどの魔力と可能性を秘めた遺伝情報の塊。それを目にしたとき、シュミットの脳内で錬金術とメイの魔力との式が書き出され、卵子の採取という衝動的行動に移させた。
「おかげで貴女の魔術の素養を受け継いだ、こんな立派な子、器が誕生したのです」
自慢の手料理や美術品を紹介するように、シュミットは赤い髪の幼児と試験管をメイへと見せつける。
「私の卵子?・・・子供?・・・う、うぐ、げぇええええええ!」
シュミットに告げられた真実により、これまでおぼろげだった不安が形となって、メイの心と体に襲い掛かる。そのおぞましさから、メイは胃の内容物を残らず床に吐き出した。
「げ、かはっ、ふぅ、ふぅ、げぇえええ!げぇ!げぇ!」
既に空となってなお、内臓は排出のための反応をやめない。体が、細胞が、その事実を受け入れがたいこととして拒絶しているのだ。
メイは自力で立つことがかなわず膝を着くと、吐しゃ物に覆いかぶさるようにうずくまった。さらに嘔吐は続く。
「あらあら、あなたの事に耐え切れずに吐いちゃったみたい。ホント酷いママね」
幼児に言い聞かせるように頭を撫でるティエリア。その手をとると、メイへと誘導する。
「さあ、酷いママからもっとたくさん魔力を頂きなさい。拒絶するなら、せめてそれ位してもらわないとね」
ティエリアに導かれた幼児の手が再びメイに触れようとした。その時。
爆発に近い破壊音、衝撃と共に、斎場北部の壁が内側に崩れた。全員が驚き動きを止めた。音の発生源へと視線が集まる。
立ちこめる土煙の中には怒りに震えるリンの姿があった。幼児の正体と、シュミットの行動に激怒したリンが壁を蹴り破ったのだ。
「おまえら!そこを動くな!」
リンが吼えた。百の猛獣、千の雷鳴が同時に発生したような怒号が爆風のようにそこに居合わせる全員を叩く。
友を汚した邪教の徒の所業に、リンの怒りは瞬時に限界を突破した。
食いしばった奥歯から血が流れ出し、口の端から赤く垂れる。その顔は怒りによって眉間に深い溝を生み出していた。
地面を揺らし鳴らしながら、リンは一歩前に出た。まるで杭を打ち込むかのように重く深いそれは、その都度、振動と亀裂を走らせる。
三歩目を踏み込んだところで、リンは飛び出した。メイからティエリアと幼児を引き離すために、鷲の鉤爪のように開いた手を伸ばす。
「ふふ、言われなくても、動く必要なんて無いわ」
ティエリアは不敵に笑った。メイからリンに向き直ると、小さなウィンドウを出現させ、軽く指ではじく。
その瞬間、リンの全身に電撃のような痺れが走った。
「ぐあっ!」
謎の苦痛とともに、突進の勢いが衰え、リンは地面へと落下する。あまりの痛みに、四つんばいのまま、その動きを止める。
「な、なに?この痛み・・・!くっ、まるで神経を直接傷つけるような・・・」
「『まるで』じゃなくて、その通りよ。私の解析魔法で割り出した貴女の神経に、直接刺激を与えて攻撃したわ。百戦錬磨の六姫聖とはいえ、神経への攻撃は未経験のようね」
幼児を残し、ティエリアがリンに歩み寄った。右足をわずかに後ろに引くと、リンの顔を蹴り上げる。
「ぐっ!きさまぁ!」
搦め手の魔法を扱うティエリアの蹴りにさほどの痛みは無い。だが、屈辱的な一撃は充分怒りを駆り立てる。
「ふふ、無様ね六姫聖。そこで動けぬまま、我らの主の再臨を見届けなさい」
そう言うと、ティエリアはリンの顔を蹴りを繰り返した。抗うことの出来ないリンはそれを無抵抗に受け続ける。
ここでナルが動いた。ハチカンへ超精密射撃用の弾丸カバカ弾を装填する。すかさずティエリアに照準を合わせ引き金に指をかけると、一瞬の間をおかずに引いた。
超冷温の精密弾がティエリアの頭部を撃ち抜かんと直進する。
が、発射された直後、弾丸は縦に分断された。割れた弾丸が宙に二つの氷の花を咲かせる。
「なんだ、どういうことだ!?」
思いがけない事態にナルはスコープから目を離し、前を見る。そこには、長剣を抜き放ち、弾丸を両断したハインスの姿あった。
ハインスはティエリアとナルの間に飛び込むと、弾丸を正面から斬りつけたのだ。弾丸を斬り捨てた勢いのまま、ハインスがナルへと迫る。
狙撃の失敗を理解したナルがハチカンを長距離から近距離への型へと切り替える。ハチカンは小型の拳銃へと姿を変えた。
「遅いな、六姫聖!」
ナルの態勢が整うより早く、ハインスの長剣の切っ先がその首に当てられた。
「くっ・・・しまった」
醜態を曝す事態に、ナルは苦虫を噛み潰すような顔で両手を挙げる。しかめているとはいえ、その顔は美しさを保っている。
「動くなよ。おかしな真似をすれば、一瞬で首をはねるぞ。私の剣の冴えは、あそこの女から聞いているだろう」
ハインスが示すのはメイだ。敵対する相手の情報は、知りえる限り共有するというのが常識である。ハインスはそれを前提で語った。
言葉どおり、事前に聞き及んでいたナルはその剣に抵抗する態度を見せない。
六姫聖全ての動きが抑えられ、現場の空気は混沌に渦巻いた。
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