第92話 「闇の子」(ストーリー)
学園都市ワイトシェル南西部集合墓地。
普段、全くと言ってもいい程、人気の無いこの地が、今日は昼前に異例の人口密集率となっていた。
かつて要塞都市として、敵味方問わず多くの屍を重ねたこの地には、種族の区別のつかなくなった戦士、傭兵の遺骨が数千以上地下に眠っている。
戦後間もない頃は慰霊に訪れる者、縁の者の眠る地で共に眠ることを望む者で、多くの墓穴を埋めていたが、時代が流れた今は無縁となった者たちが眠る。そんなこの地は、多くの民にとって恐怖の対象の地となっていた。
そんな集合墓地だけに、人は一日に十人見れば多いほうであり、この日は墓地内にシアン教徒百と周囲に警備隊二百。合わせると計三百と、異常としか言えない数なのだ。
中央斎場を見下ろせるワイトシェル防壁上部で、ナルが配置に着いた。氷魔法で創り出した魔法砲ハチカンを狙撃用のスナイパーライフル状に変化させ、スコープを覗く。
視界には、中規模の斎場に百人程の教徒が儀式の始まりを待つ姿が映る。その全てがローブを目深に被り性別年齢の判別が難しい。
「こちら防壁のユリシーズだ。準備完了した。だが、教徒達はその構成が判別がつかない。どうぞ」
斎場から視線を離さないまま、通信装置から警備隊長に語りかけた。
「こちら斎場裏手のスノウ、サイガ。配置に着きましたわ。どうぞ」
続いてリンも通信を入れる。
次いでメイ、タイラー、セナ達も配置の完了を知らせてきた。
「了解。では儀式礼拝開始まで全員待機せよ」
警備隊長が指示を出し、全員が息を潜めた。
各員が息を潜め儀式の開始を待ち始めてから約十分。斎場に動きが起こった。これまで静かに立ち尽くすだけだった教徒達が一斉に北を向いたのだ。その視線の先には壇がある。
「こちらユリシーズ、教主と思われる人物が現れた。後ろに従者と思われる男と幼児を一人連れている。どうぞ」
「え?幼児?いけませんわ。幼い子供が居ては私やナルの広域魔法で巻き込んでしまいます。戦闘の方法が制限されますわ」
ナルの知らせを受けて、リンが呟いた。
「大丈夫よリン。今の私のカカ・ウォールなら、細かい判別で攻撃対象以外を守れるわ。安心して全力でやってちょうだい」
不安の声を漏らすリンに、メイが声をかけた。
「あら、いつの間にそんな器用な真似が出来るようになりましたの?あんな、やたらと魔法を乱発していたメイが、区別を覚えるなんて・・・」
同僚であり友の成長に、リンが驚きを見せた。通信は切れているため無駄口にはならないが、わずかに緊張がほころんだ。顔を叩いて気を引き締める。
「ナル様、そこから教主を狙えますか?」
隊長が尋ねた。
「狙撃は可能だが、仮面をつけているため、人物が判断できない。影武者だった場合のことを考え、もう少し様子を見る」
「了解、判断つき次第、迷わず発砲願います」
「で、幼児ってのは何処にいるのよ?」
確認のため、メイが入り口側の瓦礫の影から顔を覗かせた。そしてその光景に目を疑った。
「え?シュ、シュミット先生?」
壇に立つ教主と思われる人物の傍らに立つ一人の男。それは数週間前、メイに同行し北の地の死の谷での調査を行った、レイセント学園錬金術科の教師シュミットだったのだ。
「なんと、我が校の中に教団に組するものがおったか。ええい不届き者め、メイよ、邪神、教主、共々に成敗してやるがよい」
教職にありながら邪教に傾倒するシュミットに対し、タイラーは長としての責から怒りをにじませる。
「当然。たっぷり懲らしめて、今日いっぱいで解散させてやるわ。!始まった。教主が動くわ」
メイからの知らせに、全員が口を閉ざし、送られてくる音声に意識を集中させる。
教主が壇の中央に立ち、両手をかかげた。教徒たちは無言で注目する。
「聞け、死の神に仕えし者どもよ。今日この日、主の再臨に立ち会う死の子らよ」
壇から教徒たちに言葉が発せられる。それは死を、サルデスをたたえる。
メイの顔が緊張で固まる。その声に聞き覚えがあったのだ。もしや、という疑念が浮き上がる。
教主の言葉は続く。
「そなた等は幸福である。あらゆるものに等しく訪れる普遍の価値、それは死、唯一つ。それは解放、それは救済。長く暗い苦しみの道を抜けた先に現れる光明の地。さあ、命を捧げよ。主を迎えよ。今がその時である!」
高らかに言い終わると、教主は仮面を外した。レイセント学園特選クラスの教師にしてシアン教団教主ティエリアの顔が現れる。
露になった顔に、メイの中に浮かんでいた疑念が現実であることを教える。その裏切りの衝撃は病魔のようにメイの心を急速に侵す。
「そんな・・・なんで・・・」
「どうした?何があった?メイ!」
言葉を失うメイにサイガが問うが、返事は無い。その無言の返しが、メイが目撃したものが受け入れがたいものだということを伝える。
「・・・ティエリアだ。先日私達と席を一緒にした女。彼女が教主だ」
沈黙を続けるメイに代わり、ナルが状況を伝えた。
「シュミットのみならず、ティエリアもか。しかも、ただの教徒ではなく教主だと・・・?」
タイラーの無念にまみれた声が聞こえた。学園の長として、指導の不行き届きの無念がにじみ出ている。
恩師の苦しみの声に、メイ、ナル、リンのかつての生徒達は胸中を察して顔をしかめる。
邪教の教主の正体が仲間であるはずのティエリアであった事実は、メイから冷静な判断力と注意力を奪っていた。
メイは、瓦礫に潜ませていた体が露出していたのだ。
呆然とした顔のまま、メイはティエリアと目を合わせた。ここでようやく、メイは自身が自失であることに気付いた。
「あら、メイ先生。隠れていなくていいんですか?」
壇の上から、ティエリアが冷笑を向ける。その顔と声に、メイの知る生徒を想う教師ティエリアの面影は無い。
「まさか・・・最初から私達を騙していたの?」
「あら、察しがいいじゃない。そうよ。私がレイセントで教師をやっていたのは、信者、サルデス様への捧げものを増やすため。若くて才能溢れる魂は、最高の贄ですものね」
艶かしい表情で指を口元にあてながら、ティエリアは冷ややかな目でメイを見る。
「そんな目的で生徒達を・・・。!じゃあ、もしかしてここにいるのって?」
最悪の予想をメイが口にする。
「御名答」
耳まで裂けそうなほど唇を歪ませてティエリアは笑った。紅いマニキュアの指のスナップが斎場に鳴り響く。
スナップ音を合図に、教徒たちが目深に被っていたフードをめくる。その顔に、メイはさらに精神を追い込まれた。斎場にいる百人の教徒の殆どが特選クラス全員を含むレイセント学園の生徒達だったのだ。
教徒たちが一斉にメイに顔を向ける。その目には光は無く、魔法によって自我を失わされ、操られていることが分かる。
「み、みんな・・・」
その光景はあまりに絶望的で、生徒達への愛の目覚めたメイの心に、ハインスの斬撃よりも深い傷を与える。
「・・・ざけるな・・・」
「!」
膨張するメイの魔力をティエリアは感知した。
「ふざけるなぁああああ!」
赤い髪を逆立て、顔を歪ませ、メイは怒りと共に炎の翼を出現させティエリアへ向けて突進した。斎場の中央通路に炎の道が出来る。
怒りに任せた炎を纏い、ティエアリアに迫り、その距離があとわずかとなったところで、メイの前に赤い髪の幼児が割って入った。
怒りに呑まれていても、メイは子供を巻き込まぬように急停止し、全ての炎を背に回す。
「・・・ママ?」
幼児はメイの顔を見つめると、尋ねるように呟いた。
「え?ママって、何言って・・・」
戸惑うメイの膝に、幼児が手を触れた。その瞬間、メイの体を虚脱感が襲った。それと共に一瞬視界が暗くなる。
「魔力を吸われた」直感でメイは悟った。大量の魔力が幼児に流れ込んでいる。それを証明するようにメイの炎の翼は消失していた。
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