第89話 「魔炎、乱れる」(ストーリー)
月曜日、広場で激戦が繰り広げられた後の週明け。サイガとメイは、登校と同時に生徒達から取り囲まれることとなった。
二人の周囲には多くの生徒達が群がり、既に校門前から身動きが出来ない。
謎の状況に戸惑いながらも、二人は生徒達を振り切り避難するように教員室に駆け込んだ。生徒の手をサイガは上手く躱していたが、メイは何度も捕まったため着衣は嵐に曝された後のように乱れていた。
「一体どういうことだ?メイはともかくとして、おれまで囲まれるのどういう了見だ?」
「あのガキ共、どさくさに紛れて何人か胸触りやがったわ!もー朝から最悪!」
ようやくたどり着いた教員室の扉を閉めながら、二人は身だしなみを整えた。
「お二人の活躍の動画が生徒の間で拡散されたんです。『幻影の暗殺者』と『半裸の女神』なんて呼ばれてるんですよ」
後ろから声をかけてきたのは特選クラスの担任ティエリアだ。手には魔法で作り出したウィンドウが浮かんでいる。二人はそれを受け取った。
ウィンドウにはハインスを一方的に撃破するサイガと、サルデスを炎の掌で包み浄化するメイの姿が映っていた。
角度と撮影技術から察するに、それは特選クラスの生徒達の視点ではなく、第三者、それもプロのものであることが推察できた。
「あれだけ派手な騒動なら、報道の連中に撮られても仕方ないか。しかし、おれはまだいいが、メイのこれは・・・」
サイガは言葉を選んだ。というのも、光と角度の加減から、メイのその姿は炎の衣を纏ってはいても、殆ど裸に映っていたのだ。
「ちょっと、なによこれ。これじゃまるで私が露出狂みたいじゃない!半裸ってタイトルについてるし!最ッ悪!」
ウィンドウをかぶりつくように掴み、メイが絶叫した。
「なにを今さら」という、喉を通り過ぎて口から溢れそうな言葉をサイガは飲み込んだ。
「だが、魔力の扱い方を覚えた今なら、戦闘装束も改良の余地があるだろう。姫様に相談してみることじゃな」
苦悶、発狂するメイの頭上から重厚な声がかけられた。
顔を上げると、そこには声に負けず重厚なタイラー・エッダランドの顔があった。
「どうやら、あの戦いは一部始終撮影されていたらしいな。まぁ、あれだけ派手にやれば野次馬を呼ぶのも無理はなかろう。これで学園のみならず、市内でも二人揃って有名人じゃなガッハッハッハ!」
豪快に笑い飛ばすと、タイラーは教員室を後にした。
それから数日の間、拡散された動画の効果はすさまじく、サイガとメイは学園都市の何処に行こうと周囲に人だかりを作った。
学園においては生徒から羨望の眼差しを向けられ、市内においては写真をせがまれる。
サイガは腕に覚えのある好戦的な冒険者や、自信過剰な男子生徒に幾度となく勝負を挑まれ、それを一撃で返り討ちにして、さらにその動画が拡散され、技の冴えが知れ渡り武名を高めた。
メイは学園の生徒の男女に満遍なく好かれた。特に男子生徒からは、その戦闘服の露出具合から絶大な人気を得て『彼女にしたい女性一位』と呼ばれていた。
「不名誉!」
週の終わりの金曜の放課後、仕事終わりの打ち上げの酒場の個室で、ビールのジョッキをテーブルに叩きつけながらメイは現状を嘆いた。
口につけた瞬間、中身が消えるほどの勢いで飲み干したせいで、アルコールが一気に胃に染み渡る。
「なーにが彼女にしたい一位よ、あの猿共、私の胸しか見てないじゃないの!体目当てなのは丸わかりだっつーの!」
「若いうちの恋愛は性欲と混同しがちだからな。いかにも若い男の反応だな」
怒りと悔しさを入り混じらせながら二杯目のジョッキを注文するメイに、サイガは笑いながら応えた。
「しかし参ったな、月曜から今日までまともに捜査が出来なかったぞ。このままでは教団の思うがままだ」
サイガとメイはこの一週間、思いも寄らない事態のせいで捜査に支障が出ていた。
二人の行くところには終始人がいて、捜査の遂行をすることが出来なかったのだ。
その反面、市内ではサルデスを信仰する宗教団体シアンが、顕現したサルデスの名を十二分に利用し、布教、勧誘を活発に行っていた。
奇しくも、動画に残ったその禍々しい姿が、一部の市民には魅力的に映り、入団者が後を絶たず市内の信徒は数を増す。
それに伴い、サルデスの再臨を願う祈祷の規模と祝詞の声は、日を追うごとに増大していた。
「ふふ、サイガ先生は生徒達との世間話は苦手ですか?」
手段にあぐねていたサイガに声をかけたのは、特選クラスの担任ティエリアだった。その後ろにはタイラーの姿がある。
サイガとメイは、指導を受け持つ以上、担任の協力は必要不可欠と考え、月曜に二人の目的をティエリアに明かしていたのだ。
「世間話ですか?」
ティエリアが席に着くなり、サイガは尋ねた。ティエリアは用意されていたハーブティーを一口飲むと「ええ」と返した。さらに話を続ける。
「やはり、シアン教団が表立って活動を行い始めてから、生徒間でも日曜礼拝への誘いが増えたそうです。これまでは学園内の噂程度だったのですが、今は日中に堂々と行われているそうです」
「なんと・・・」
ティエリアの言葉にサイガは絶句した。
この一週間、サイガは周囲に人が居続けるという未体験の状況に陥っていたために、人からの情報収集を怠っていたのだ。
調査においての初歩の失念に、サイガは自身の未熟さを恥じた。
「なーんだ、聞けば分かる程度のことも出来ないなんて、あんたもしっかりこの状況に振り回されてんじゃないのー」
自戒の念に呑まれそうなサイガを、気付けば三杯目のジョッキを空けてすっかり泥酔したメイが嘲笑した。一瞬、怒りが勝りそうになったが、傷心の酔っ払い相手のそれもまた未熟の証だと、深呼吸で落ち着かせた。やはりサイガは、メイ相手だと感情が緩みやすい。
「して、ティエリア先生。その日曜礼拝の場所は分かるかの?」
骨付きステーキを骨ごと歯で噛み砕きながら、タイラーはティエリアに尋ねる。見慣れた光景なのか、ティエリアは平然としている。
「はい、場所は都市南西部の墓地です。そこで大規模な礼拝が行われる予定です」
「墓地か。邪神を崇拝するような連中だったら、好んで集まりそうな場所だな」
「らからってなんで墓地ぃ?しょんなの新規が来てくれないでぃしょ?」
知らされた礼拝の場所に、サイガは納得したがメイは腑に落ちないといった顔だ。呂律の回らない口で問いかけてくる。
「最初から篩いにかけるのが狙いだ。教団に対して興味本位なら墓場の時点で嫌厭し、本気なら場所が何処であれ足を運ぶだろう」
サイガが見解を述べる。
「うむ。そして、南西部には北西部の廃墟同様、戦没者を埋葬した集合墓地もある。死を司る神を迎えるにはうってつけであろう」
タイラーが続く。
「それに、神の力は信仰の強さに左右されると聞きます。邪神の再臨を強く望む人たちが集まれば、それも現実味を帯びるかと」
ティエリアも考えうる可能性を述べる。
「ふぇ~そうなんだ~。だったらしょんな人たちがみ~んな生贄になっちゃったら、絶対サルデシュ復活しちゃうじゃ~~ん」
最早へべれけとなったメイが、十杯目のジョッキを口から離し、笑いながら笑えないことを口走った。
酔っ払いが無意識に口走った最悪の想定に、三人が閉口し一斉に目を向けた。
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