第87話 「狂信者達」(ストーリー)
光の掌は瘴気とその主たる邪神をもろともに包み込み、聖なる炎とその熱で滅した。
皮肉にもその形は、人が神に祈る姿、合掌だった。
「そんな、我が主が消えた・・・」
浄化され、空へと消えて行くサルデスの残滓に向かって、ハインスは嘆いた。
サイガの『律』によって、形状を雪だるまのように変形させられ、文字通り手も足も出ないまま、悲痛に叫び続ける。
「いい加減あきらめて、静かにしたらどうだ?メイのあの炎の神聖さは、魔力の無いおれでも解る。あれだけ弱っていたところに相反する力をぶつけられたんだ。もう助からんだろう」
自失状態とはいえ、神と呼ばれる存在に圧倒し滅する。そんなものを目の当たりにしては、万に一つの希望も残らないのは自明。諦めを勧めたのはサイガの同情と慈悲の心だった。
「おのれぇ、私に力さえあれば、こんな鎧など脱ぎ捨ててお側に参じるものを・・・」
臍を噛む思いで、ハインスは不自由な全身を震わせる。
「ちょっと、あんた達なにしてんの?そこから離れて!」
突如、メイの悲鳴混じりの声が聞こえた。
サイガはそれまでハインスを注視していた目をメイへと向ける。
そこにあったのは、今だ燃え続ける炎の手に近づく黒いローブの集団だった。
「何だあの連中は?なにを考えている?」
「おお、敬虔なる信徒等よ、主のためにその命を捧げようというのか。見事な心根だ!」
ハインスが歓喜の声を上げた。ローブの集団の正体は、サルデスを信仰する宗教団体シアンの教徒だった。
教徒達の目的はハインスの望みと同じくただ一つ、サルデスの救命だ。
ローブの集団が手を繋ぎ、炎の手を囲んだ。炎の至近距離での行為だが、守る心に目覚めたメイの炎は人間に対して無害だった。
シアン教徒は炎に近づき続ける。
教徒の一人、刺繍の入った上質のローブの、幹部と思われる男が詠唱を始めた。続いて他の教徒たちも詠唱に加わり、声が重なる。
「え、これって・・・ダメ、やめて!これ、闇魔法じゃ・・・」
メイが気付き詠唱の中断を求めたが、闇の教徒たちは聞く耳を持たない。
詠唱を続けると、教徒たちのローブの下からはサルデスの象徴『黒い霧』が溢れるように流れ出してきた。
「詠唱をやめて!いや、ダメェ!」
メイの炎は人間に対しては無害。しかし、そこに反する属性が加われば状況は変わる。聖なる炎は闇を払わんと、術者の手を離れその任を務める。
聖の炎は闇の霧に対し反応した。
闇術とその術者に飢えた獣のように襲い掛かり、その身を包んだ。途端に教徒の肉を焼く臭いが立ち込める。
「なんだあいつらは?一体なにをやっている!?」
目の前の事態を、サイガは理解できなかった。詠唱以外の言葉を発することなく炎に焼かれ続ける教徒たちに対し、『狂信』以外の言葉が思いつかない。
「ふふふ・・・いいぞ信徒達よ、その命を主に捧げるのだ。命をもって主をこの地に繋ぎとめよ!
ハインスの言葉で、サイガはその狙いを察した。
教徒は生贄。闇術を発動させることで、炎に身を焼かせ邪神の糧としていたのだ。
「ダメよ、こんなの絶対間違ってる!」
教徒の暴挙を止めるため、メイはゴッドハンドを解除した。
炎が消えると、炭化した狂信者達が地面に横たわる。
「大儀であった。その命、無駄にはせんぞ!」
黒い輪となった教徒たちの残骸から、黒い霧が湧き出した。命を捧げたとあって、その純度と密度はこれまでのものとは比較にならないほど高い。
黒い霧が空を走り、ハインスの口に流れ込んだ。その全てを取り込むと、高らかに笑い出した。
「見事だ!貴様らの信心受け取ったぞ。我が主もたいそう喜ばれるであろう!」
笑い声を上げながら、ハインスの頭部が鎧から離脱した。そのまま向かうのはメイの眼前。サルデスが消滅した場所だ。
「なにを画策しとるか知らんが、逃がすものか!」
「無駄だよ。年寄りは引っ込んでろ!」
ハインスを足止めするためにタイラーが進路上に飛び出るが、黒い力の満ちた状態のハインスは鮮やかにそれを避け、突き進む。
黒い霧を纏った頭部が、邪神消失の地に降りた。
「魔炎よ、惜しかったな。あと少し炎の手の解除が遅ければ、我が主は完全に消滅していた。我らの信心が勝ったのだ!これは我らが主の偉大さの賜物に他ならない!」
邪神の状況を確認すると、ハインスは勝ち名乗りを上げた。
「我が主よ、しばしお待ちください。必ずや我らが新たなる器をご用意いたします!」
高らかに主に告げると、ハインスはわずかに残った、注視しなければ塵と見まがう程のサルデスの残滓を取り込んだ。
高笑いと共にハインスは上昇する。
「おのれ、逃がすか!」
サイガ、メイ、タイラーの三人が、同時にハインスを追うために踏み出した。だが、その三人の前にローブの教徒たちが飛び出して道を阻む。
「いいぞ。その働き、必ずや主はお褒め下さる!」
ハインスは離脱のために上昇を続ける。
「ぬぅ、こやつら、人格が崩壊しておる」
足止めをする教徒達の顔を見て、タイラーは気付いた。教徒達の顔は青白く生気が無い。口はだらしなく半開きになり、目の焦点も定まらず、医師でなくとも正気でないことは判断できた。
「人格を失わせ従順な贄とする。これが奴等が言うところの敬虔な信仰なのだろうな」
「最低。こいつら人間をなんだと思ってんのよ」
サイガとメイが嫌悪感を隠さずに感想を述べた。
人格を失うことで信仰を完成するとなれば、これまでの狂信的な行動も一同は納得できた。そこに理性は存在していなかったのだ。
教徒の一人、上質な素材のローブを纏う幹部が、ローブの前面を開いて胸部をはだけた。
胸部の中央には、白い小さいものが埋め込まれている。
「この禍々しい魔力・・・まさか、サルデスの骨片?」
その異様な気配に、はからずも因縁深い関係となってしまったメイがいち早く気付いた。
指摘を受け、幹部の男はにやりと笑う。教団の機能維持のため、正気を保たせてあるのだ。
埋め込まれた骨片から、高濃度の瘴気が噴出した。瘴気は三人の道を塞ぐと、続いて異教徒達を包んだ。その姿が瘴気の中に消える。
「二人とも離れて!」
状況の異様さを察知し、メイがサイガとタイラーを退かせた。すかさず、うごめく瘴気に向けてブリギッドブレスを浴びせる。
精神の成長によって威力を増した浄化の炎は、瘴気を払い去った。
「やはり、取り込んだか・・・」
瘴気が晴れると、魔物が姿を現す。それを見たタイラーは苦々しく顔をゆがめる。
幹部は闇魔法で教徒達を取り込むと、醜悪な魔物へと変貌していた。
大きく膨張した体に、半端に残った顔や手、足が飛びだし、意識を持って動く目と口からは血の涙と苦しみの声が漏れる。
「ほんとうに・・・狂ってる・・・」
教徒達の行動に、理解できないといった様子でメイは呟いた。信仰のためとはいえ、己の命を粗末にする行為に怒り、声が震えていた。
「こいつは厄介そうな相手だな。三人がかりで一気に終わらせるぞ!」
サイガの宣言をうけ、三人が必殺の構えをとった。そこには、邪教に心酔した教徒たちへの哀れみと救済の意図があった。
読んでいただいてありがとうございます。
よろしければ、ブックマーク・評価・感想・下記ランキングサイトへの投票をいただければうれしいです。ポイントをください。よろしくおねがいたします。