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第84話 「本気」(バトル)

 前進しながら左右の刃で連続して斬りつける『千刃駆』(せんじんがけ)

 爆薬を撒き散らし、爆発の中に封じ動きを制約する『大蛇口腔』(だいじゃこうこう)

 鎧の隙間の急所を狙い、動脈を切り裂く『赤飛沫』(あかしぶき)

 多くの技を駆使して、サイガは銀の鎧の男を追いつめる。

 しかし、男は繰り出される技に動じることなくかわし、切払い、捌き、サイガの攻撃を無効化していく。


「こいつ、なんて剣さばきだ。おれの攻撃に全て対応している」

 鎧の男の剣技は、サイガがこの世界で目にしたもので最も洗練されたものだった。

 まるで重量を感じさせない軽やかな動きでありながら、攻撃も防御も的確に要点を捉える。攻めは重く、守りは堅く、サイガですら百以上の攻防において決定的な一撃を浴びせられずにいた。

「私の剣術は、貴様ら冒険者で言うところの特級に値する。今までの攻撃、全て見えているぞ」

 自身の持つ長剣を眺めながら、男はサイガを見ずに語った。わずかに乱れた金色の髪を整え、サイガを一瞥する。


「私はサルデス様の従順なる信徒ハインス。我が主に仇なす者にことごとく死を与え、その魂を供物とするための信仰の剣。貴様の魂も、主へと捧げてくれよう」

 言い終わると同時に、ハインスはサイガの顔を突いた。サイガは寸前のところで手甲を前に突き出し軌道をそらす。

 そらされた剣は次の瞬間には足首に迫っていた。しかし頑丈な具足で蹴り上げ弾くことで回避する。弾かれた剣は大きく円を描いて外側へ走る。

 剣は再びサイガに迫った。円の軌道のままに、風に乗る木の葉のように動くと、ハインスの体の構造を無視して剣だけが首に迫ってきた。

 サイガは全力の一刀で迫る剣を打ち上げた。これまでにない渾身の一撃は、その剣を上方に向かわせ、ハインスの体から一瞬自由を奪う。


「なんだ、こいつの剣筋は?体と剣の動きが一致していない。メイが不意をつかれたのは、これのせいか」

 ハインス体は静止したまま、剣だけが舞うような動きで構えの定位置に戻った。

 その動きにサイガは違和感を覚えていた。剣筋が、人間の構造や法則から外れているのだ。そこで、サイガは一つの予想をハインスに投げかけた。

「その動き、貴様、人間ではないな」

「意外か?死の神に仕える騎士が死者。不思議ではあるまい?」

 サイガの指摘に、ハインスが顎を上げ、鎧の隙間から中を見せる。そこに肉体は無かった。あるのは黒くうごめく怨霊の集合体。鎧は霊体によって支えられていた。

「霊騎士。それが私が賜った称号だ。そして、この体によって、私は人間では及びもつかない剣技を身につけた。そう、このように、な!」


 ハインスの長剣がサソリの尾のように上方から刺突してきた。身体の正体を明かした以上、人間を装うという小細工を捨て、その仕組みを存分に生かした方法に切り替えたのだ。

 鎧の胴体、上腕、前腕部を怨霊たちが繋ぎ、しなる鞭のように長剣を握る右腕が攻撃を繰り返す。

 右腕に続き、左腕と両脚もまた伸びる。伸縮を繰り返す全身は、人間の認識から離れた動きでサイガを翻弄する。

 サイガも負けじと反撃に転じる。伸びた両手を忍者刀に備えた紐、下げ緒で結び拘束した。

「小賢しい」

 ハインスはサイガの抵抗を一笑に付した。両手を拘束されるものの、ほんの一瞬、体を構成する怨霊が姿を消し鎧は紐をすり抜ける。拘束から逃れると怨霊は姿を現し、体を再構築する。

 霊騎士ハインスは攻撃から回避の行動、全てにおいて淀みなく流れるようにこなした。その鮮やかさはサイガに匹敵し、特級冒険者に値するというハインスの自己評価は過大でないことを強く教える。


 サイガの忍者刀が大きく振られ、ハインスの右腕の長剣を弾いた。わずかに生じた隙に乗じて、大きく距離をとる。

「なるほど、戦闘に関しての反応がかなり良いな、自ら特級というのも頷ける。・・・よし、少し本気を出すか」

「本気を出すだと?貴様、私を相手に手加減していたというつもりか?」

 サイガの宣言を受け、ハインスが眉を顰めた。声からは怒りが伝わってくる。

「気分を害したなら謝ろう。だが、メイと馬が合うせいか、おれにも戦いを楽しむきらいがあるようでな、意識しなければ手加減するクセがあるんだ」

 軽く笑いながらサイガは自身の悪癖を語った。その振る舞いが、ハインスを一層いらだたせる。

「うぬぼれるなよ人間!貴様ごときの本気など、私の・・・ぐぁっ!」

 ハインスの言葉を遮るように、予備動作なく現れたサイガの斬撃が銀の胸甲を斬りつけた。そのあまりの勢いに、体が後方に吹き飛ぶ。だが、ほぼ同時に背にも浴びせられた線対称の位置の斬撃が体を同じ場所にとどめた。斬撃に挟み込まれたのだ。鎧に鳴り続ける残響がその威力を物語る。

「な、なんだ?前と後ろを同時に斬られただと?どういうことだ?」

 理解できない事態に、ハインスは狼狽する。前方には脱力して立つサイガがいた。


「なに、なんということはない。少し速く動いて、少し強めに斬ってやっただけだ。言っておくが、今のは本気ではないぞ。おれの本気は・・・これだ・・・」

 宣言と共にサイガの目から光が消えた。『無』の状態に入る。姿が消えた。

「消えた?どこだ!?」

「こっちだよ」

 後ろから一言、サイガの声が聞こえる。同時に、また前後を挟む斬撃が浴びせられた。先ほどとは違い、速く重く鋭い。並みの鎧なら両断されていただろう。その証に、銀の鎧はこれまでの攻防がなかったと思うほど、一撃で変形している。

 『弧月・重』(こげつ・かさね)。ほぼ同時に斬撃で挟み込み切断する荒業だ。使用するためには長く苦しい修行に耐え抜いた肉体を必要とするため、サイガ自身、他の使い手を知らない。

 続いて斬撃は、衝撃で動けないハインスの体を上下に襲う。

 先に届いた上からの斬撃で膝をつこうとするが、下からの斬撃がそれを許さず体を持ち上げる。


 止むことのない斬撃の嵐は全ての方向から浴びせられた。しかも、連続ではなく全ての斬撃が同時に全身に走る。

 ハインスを消えることなく取り囲む黒衣の忍は、同時に発生することにより球体を形成していた。『弧月・刻』(こげつきざみ)だ。

 サイガは強者と戦う際に、感情を殺し技術の精度を高める『無』の状態を幾度か使用した。しかしそれはまだ本気の域ではない。あくまで技に集中した状態だ。

 サイガの本気の状態は、その『無』を意識的に制御し、精神と肉体の限界を超越した状態に意図して突入する。その名を『律』と言う。その効果は『無』の比ではない。

 斬撃。間をおいて、斬撃。間をおいて、斬撃。繰り返される全方位からの強烈な斬撃は、銀鎧の霊騎士の形を次第に人型から球体へと近づける。


「お・・・お・・・おおお・・・ぐぁああああ・・・か、体が・・・縮まる・・・霊たちが・・・封じられる」

 変形を続ける鎧は、徐々に自由を失っていく。

 『律』の状態から放たれる斬撃が二千を超える頃、ハインスの体は完全な球体となった。上部には天を覗くように顔の前面だけが張り付くかたちで残る。

「う・・・動けない・・・体が言うことを聞かん・・・お、おのれ・・・何たる恥辱!」

「この状態でも口がきけるのか。流石、霊体だな」

 『律』の状態を解き、刀を納めたサイガが、球体となったハインスに歩み寄る。


「き、貴様・・・私にこんなことをして、サルデス様が黙って・・・ぐぁっ!」

 減らず口を叩くハインスの首元に、光の魔法珠をつけた魔法剣が突きたてられた。相反する属性を使っての、無駄に足掻くなと言う警告だ。

「大人しくしていろ。あっちももうすぐ終わる」

 そう言ってサイガが見た先には、輝く炎を纏うメイと、理性を失い乱れるサルデス。さらにはメイと並んでサルデスに立ち向かうタイラー・エッダランドの姿があった。

読んでいただいてありがとうございます。

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