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第82話 「戦乙女」(バトル)

 エィカは弓に長じている。

 それは、エィカがそもそも弓を得意とするエルフであるということもなのだが、それ以上に、かつて『神技の射手』と呼ばれるエルフに指導を受けたことに起因する。

 しかし、エィカの悲劇はそこから始まった。

 神技の射手は大変言葉遣いが悪く、長い年月の間その師に教えを受けた結果、強い影響を受けてしまい、エィカは弓を扱う際に集中すればするほど言葉遣いが荒くなるようになってしまったのだ。

 エィカ本人はその様を恥じ、弓から遠ざかることでそれを封じてきたが、激化し続ける戦いはそれを許さなかった。

 サイガの足手まといになるぐらいならと、エィカは自らを偽ることをやめ、覚悟と共に弓弦を引くことに決めたのだ。


「さっきのこめかみ抜きでわかりましたけど、あのアンデッド、骨の密度が高くてとても硬いです。私の弓では決定打に欠けます。止めはセナさんにお願いします」

 ヘヴィスカルと距離をとって出方を観察する間、エィカは冷静さを保ち口調も落ち着く。

「わかったよ。だけど、そのためにはあいつの足元に転がってる戦鎚を回収しないとね」

 にらみ合った状態で、ヘヴィスカルは戦鎚から離れない。これを渡すまいと警戒心を強める。その間に砕けたはずの右腕には、骨片が集まり破損部位を修復した。アンデッド特有の自己再生能力だ。


「私が牽制して隙を作ります。見計らって戦鎚を回収してください。それでは・・・いくぞ!走れ!」

 切り替わったエィカが矢を放った。

 『足欠』(あがき)。くるぶしや膝といった足関節を狙い、機動力を奪う技だ。

 しかし、ヘヴィスカルの骨密度は矢を弾いた。エィカの狙いは失敗に終わった。

「くっ、牽制すら出来ねぇか!?なんて硬い骨してやがる!」

 思惑をくじかれ、エィカはエルフ特有の美しい顔を悔しさにゆがめた。


「だったら、小細工無しで正面から打ち負かしてやる。エィカ、さがっててくれるかい」

「正面から?無茶です!潰されてしまいます!」

 先ほど命の危機に瀕したことを忘れてしまったのか、無謀な挑戦に名乗り出るセナをエィカは悲鳴に似た声で止めた。だが、セナはそんなエィカに笑顔を向けた。

「大丈夫だよエィカ。さっき首を絞められたとき感じたんだけど、私、こいつに負ける気がしないんだよ。なんとなくだけど私のほうが強いって確信があるんだ」

「なんとなくって・・・そんないい加減な」

「いいから、ここは任せて」

 呆れるようなエィカに言葉をかけて、セナは余裕を含んだ表情でヘヴィスカルに向き直ると戦いの姿勢をとった。手は拳を握るのではなく、胸の前で開く形となっている。

 戦鎚を手放し矢も通じないとなれば、既存の戦法は意味をなさない。セナは自身の中に生まれた新たな感覚に賭けてみることにした。


 対峙する相手に見くびられたと感じたのか、ヘヴィスカルは怒るように唸った。

 太く重い右足を踏み出すと、続けて左。地を鳴らしながら前進を開始する。

 ヘヴィスカルは凄まじい突進力を誇っていた。三歩も進む頃には数十メートルあったセナとの間隔は、眼前の距離まで詰められていた。

 丸太のように太い骨の腕が振り下ろされる。次に左の腕が外から内に通過。最後に突風を起こしながら左足が振り上げられた。最短での決着を狙った速攻の三連撃だ。


 ヘヴィスカルが繰り出す必殺必至の連撃を、セナはかわした。それも、ただかわしたのではなく、必要最小限の動作で華麗にかわしていた。

 初撃は半歩引いて半身にすることで上から下へと通過させた。二撃目はヘヴィスカルの腕の長さ分、数歩下がる。最後は、あえて前に出ることで懐に入ることで無効化した。

 無駄の無い華麗な動き、その動きはサイガの身のこなしを彷彿とさせた。

「セナさん、すごい。まるでサイガさんみたいな動き」

 回避の一連の動きを遠目から見ていたエィカも、思わずそう感想を漏らした。


「距離を詰めたら、こう!」

 ヘヴィスカルの懐に入り込み、膝を軽く曲げて腰を切ることで、セナは回転の力を乗せた右の掌底を太い骨の右肩に上方向から叩き込んだ。

 力の加護と回転の勢いが充分に乗った一撃は、頑強なはずのヘヴィスカルの骨を破裂するように粉砕した。さらにその勢いは全身を駆け巡り、姿勢を崩させる。


 ヘヴィスカルは何とか踏みとどまった。だが、顔と胸は天を向いてのけぞっている。

 人間の何倍もの密度を誇る骨の両脚が広がった。反った背を戻すために、骨が互いを支え軋む音が聞こえる。

「サイガだったら、きっとこうするかな」

 セナはそう言うと、反ったヘヴィスカルの上に飛び乗った。追撃のために右の拳は固く握られている。

 拳が振り下ろされた。安定のために片膝をついたかたちになってはいるが、またしても腰の回転が加わった鋭い一撃だ。

 セナの拳が決着のための粉砕を狙って胸骨を叩く。しかし、ヘヴィスカルの組み立ては堅く、砕くことも貫通することもかなわない。

 目的とした結果を得ることは出来なかったが、力の加護はその全身ごと餌食とした。

 拳から生じた勢いと衝撃は、ヘヴィスカルの両脚を地から離脱させ、体を浮かせると背面から地面に叩きつけた。

 雷鳴のような轟音が地上を走る。


 最小限の動きで攻撃を回避してからの、近距離の反撃。さらに敵に反撃の暇を与えない連撃。

 効率を重視するその動きは、エィカの言葉どおりサイガそのものだった。セナはサイガの動きを模倣し、力の加護を上乗せすることで爆発的な打撃を実現したのだ。しかも。

「よし、まぁまぁの出来かな?見よう見まねのぶっつけ本番だったけど、何とかなったね」

 セナは全く練習をせずに感覚で実行してのけたのだ。


 かねてよりサイガはセナに戦闘の訓練を施していた。旅の最中、宿での就寝の前など、時間を見つけては少しずつではあるが、もてる技術や知識を伝授してきていた。それが今、開花したのだ。

「見よう見まねでサイガさんの動きを?・・・すごい」

 セナの一連の動きを目の当たりにして、エィカは思わず弓を下ろしてしまった。


「動きが止まったね。それじゃあ、今の内に・・・」

 セナは、ヘヴィスカルから降りると戦鎚に向かって走り出した。地にその身を沈める戦鎚を拾い上げると、柄を両手で握り締める。

「解る。私の中の力の加護がサイガの技と一つになってるって。それを使えば、この戦鎚を・・・」

 手に力が込められる。魔力を注がれて鍛えられた戦鎚が力の加護に呼応して形を変えた。

「すごい、私の力に応えてくれる。これがあれば、あんなやつ!」

 戦鎚はいわゆるスレッジハンマーの形態から、まるで先端に大太鼓でも取り付けたような、冗談めいた大きさのものに変わっていた。

「全身まとめてぶっ飛ばしやる!」


 横たわった体を軋ませながら起こしつつ、ヘヴィスカルはセナの方向を睨んだ。そこにあったのは、決着をつけるべく迫り来るセナの姿だった。

 咄嗟にヘヴィスカルは防御の構えをとった。だが、新たな段階に進んだセナの力の加護と戦鎚から繰り出される一撃は、容易くその防御を貫通した。

「でぇええええりゃあああああ!ふっとべぇええええええ!」

 下方から迫ると、守りのための両腕を砕きながら戦鎚はヘヴィスカルの体を上空へと打ち上げた。それはゴルフのスイングに似た軌道で迫り、対象を叩きゴルフボールのように空へと送る。その全身は亀裂と破損にまみれる。


「エィカ、とどめいけるかい?」

 上空へ旅立ったヘヴィスカルを見送りながら、セナはエィカに尋ねた。

「ああ、まかせろ!」

 エィカは応え頷くと、矢を番え風の精霊に語りかける。

「風の精霊よ、その清らかなる慈しみの調べをもって彷徨える魂に救済を与えよ『風華葬送』」

 風を纏い大剣ほどの大きさとなった矢が、宙を舞うヘヴィスカルに向かって放たれた。

 矢は力なく浮遊する高密度の骨に触れると、天の果てに届かんばかりの長大な竜巻を作り上げた。

 外界と断絶された竜巻の内では、荒れ狂う風が捕らえた獲物を急速に風化させる。

 短い時間で数百年分もの風を浴び、ヘヴィスカルの全身は塵となって風と共に消えた。

 ヘヴィスカルの消失を見届けると、セナとエィカはたがいに歩み寄り、手を取り合って喜びを分かち合った。

「やった、やったよ。私達だけで倒せたんだ」

「はい。セナさん、かっこよかったです。きっと、サイガさんも喜んでくれますよ」

 抱き合い腰を下ろすと、二人は大きく息を吐いて互いの労をねぎらった。

読んでいただいてありがとうございます。

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