第81話 「信頼の鎚・恥じらいの矢」(バトル)
メイのアマテラスキャノンにより砕かれたスカルタイタンの破片が、二つの塊を作り始めた。
破片の大きな渦が徐々に形を整える。サイガ、セナとエィカその二組の前にそれぞれ新たなアンデッドが現れた。
サイガの前には、小屋一軒ほどの大きさの頭蓋骨に六本の節足と巨大な二本の骨製のハサミを生やした骨作りのヤドカリのような魔物『ヨミジノヤドカリ』。
セナ、エィカの前には、人型だがその太さ一つ一つが通常の骸骨の数倍の大きさを誇る、大型で重量級の魔物のそれを思わせる骨太のアンデッドが現れた。手にはさきほどのスカルタイタン同様に、大腿骨で作られた棍棒を持つ。その名も『ヘヴィスカル』。
「二体?セナ、エィカ、二手分かれるぞ。やれるか!?」
「当然さ。粉々にしてやるよ!」
「が、がんばります!」
未体験の敵を前にサイガは問い、二人は前向きに答えた。
「近くで戦っては混戦になるな。おれが離れるか」
サイガの手から閃光炸裂弾を備えたクナイが放たれた。ヨミジノヤドカリの眉間に突き刺さる。
突き刺さると同時に、クナイから強い光と爆発が生じた。たまらずヨミジノヤドカリはその身を離れた場所へ、サイガと向かい合ったまま後ずさる。
後退するヨミジノヤドカリをサイガは追撃する。
ある程度セナたちから離れると一気に距離を詰め、跳躍して顎に飛び蹴りを叩き込んだ。患部に亀裂が走り、巨大な頭蓋骨はどこから出したのか、激痛の咆哮を上げる。
骨の魔物に感情があるか定かではないが、少なくともヨミジノヤドカリはその痛みで、サイガに対する恨みの炎を宿らせた。
後退する足を止めると、憎きサイガに対し右のハサミを上方から突き出した。しかし怨敵の姿はそこには無い。
サイガはその身をヨミジノヤドカリの下方に滑り込ませると、低姿勢で魔法剣と忍者刀の二刀を構えた。
炎と刃が舞った。無数の斬撃が六本の足を切断し、支えを失った頭蓋骨が地面に落下した。衝撃で転がった面部が天を仰ぎ、切り離された節足と共に頭蓋骨がハサミを振り乱し空しくもがく。
天を見る頭蓋の面を踏みつけ、サイガが降り立った。
不躾な振る舞いの忍に、二丁のハサミが襲い掛かった。左右同時に挟撃する。
サイガの直前まで迫ったところで、ハサミが急停止した。外向きに振り上げられたサイガの二刀は、ハサミを正面から受け止めたのだ。
攻撃が半ばで遮られたことを悟ったヨミジノヤドカリはハサミを引いた。しかし、ハサミは動かない。
サイガは、迫るハサミの勢いを利用して二刀をそれぞれハサミの根元につきたてると、ねじり、からませ、関節の動きを固定させたのだ。
力もうとも緩めようとも、絶妙な均衡で絡み合った骨と刃はそこから微動だにしない。
「足を切り落とされ、ハサミを固定した。手も足も出ないとは正にこのことだな。さて、このままにらみ合っていても時間の無駄だな、終わらせるぞ」
ハサミを固定した二刀を鉄棒代わりに、サイガは膝を曲げ両脚を持ち上げた。ぶら下がる姿勢になる。
強烈な両蹴りが眉間を叩いた。厚い骨に亀裂が走る。
また足が上がり、右、左、右と交互に重く鋭い蹴りが打ち込まれる。
鉄製の靴底は、打ち込まれるたびに鈍く食い込み、通過するたびに削り取る。
幾度と無く繰り返される蹴りの往復で、ヨミジノヤドカリの前面が徐々に塵となって宙に散っていった。
強靭な両手と不動の刀で体を固定したまま、数百を数える蹴りが繰り返され、その動きを止めたとき、ヨミジノヤドカリは頭蓋骨の前面を全て失っていた。残された後ろ半面が痙攣するように細かく震えて、すでにその活動は停止していることを教えていた。
一方的な戦いを終えて、その存在を語るのは残された二丁のハサミと散らばる節足のみとなった。
「ビルよりも巨大な体躯を捨てて、二体に分かれたのは愚策だったな。手負いであったとはいえ、分裂せずにあの大きさのままなら勝機はあっただろうにな」
感想を述べてサイガは二刀をハサミから引き抜いた。
ハサミは力なく垂れ下がった。
「セナ、エィカ無事か?今すぐ加勢するぞ」
「サイガ、私達は大丈夫だよ。ここはいいから、メイ様のところに行ってあげて。あっちの方が強敵なんだろ?」
サイガがヘヴィスカルの骨棍棒を戦鎚で打ち返し続けるセナに振り向いた。しかし、セナはそれを制するとメイへの救援を促した。
「・・・いいのか?」
「ああ、私達だって強くなってるんだ。少しは信頼してくれよ。な、エィカ」
「そうです。これぐらいの敵なら、私達だけでぶっつ・・・やっつけてやります」
弓に矢を番えながら力強くエィカも返す。
「わかった。だが、無理はするな。分が悪いと判断したらすぐに逃げろ」
そう言うと、サイガは姿を消した。瞬く間にその背は広場入り口方面の道へと消えていく。
「行ったね。エィカ、もういいだろ、本気出しても大丈夫だよ」
「わ、わかりました。では・・・このクソッタレ、さっさとぶっ倒してサイガさんに合流とかましましょう!」
エィカは耳を疑うような言葉を発した。が、セナは別段驚いた様子は無い。エィカがこの言葉遣いをサイガの前でひた隠しにしていたことを知っていたのだ。そのため、何度かセナはからかうような振る舞いをしていた。
「エィカ、援護よろしく!」
「おう、まかせな!『こめかみ抜き』!」
ヘヴィスカルの側面からエィカが矢を放った。
矢はその名の通り、左のこめかみから突入し、右のこめかみへと抜けた。
敵が生物ならこの一矢で絶命したであろうが、あいにく相手は内部が空洞のアンデッド、その分厚い骨はわずかに頭を横に揺らす程度に被害を食い止めた。
「浅いか。だが、動きは止まったか?」
「ああ、充分だよ」
エィカの矢の効果で、ヘヴィスカルは一瞬、棍棒を握る右手を止めた。
すかさずセナがその腕を狙い戦鎚を振る。戦鎚が右前腕部を叩いた。
力の加護を存分に発揮させる戦鎚の一撃が、超密度の骨を砕く。その衝撃は骨棍棒を宙に躍らせた。
「よっしゃあ、いただき!」
「バカ!油断するな!」
敵の戦力を無力化した。戦いの中で緊張感を持続し慣れていないセナは、わずかの戦果でそう錯覚した。それがエィカの言うように油断につながった。
ヘヴィスカルの無傷の左手がセナの喉を掴んだ。万力のような握力が、その細い首を絞めあげる。体が持ち上げられ、首に体重の負荷がかかる。
「あが・・・が・・・く・・・」
ふさがれた気道から、わずかなわずかな空気が漏れる。顔は苦悶に歪み、両脚が空でむなしく円を描き、目は正面の敵すら捉えきれず白目を剥く。
肉を締め付ける音が内側からセナの耳に届く。
脳の酸素が欠乏し、腕から力が抜け、セナは戦鎚を落とした。自重で音も無く土に埋まる。
「風の精霊よ、その力を嵐と変えて怨敵を誅せよ!『八千切り』(やちぎり)!」
エィカの所持する弓は、風の精霊の力を借り威力を増す『飛遊の弓』。普段から風の精霊の力を借りて戦うエィカとの相性は抜群だった。
風は矢に乗ってヘヴィスカルに命中すると、無数の風の刃を発生させた。
アンデッドと風の刃の相性は悪いが、瞬時に発生した三桁の刃は、弾けるようにヘヴィスカルの全身から自由を奪った。
刃の効果は腕にも及び、セナはその手から解放された。
風に拘束されるヘヴィスカルの足元に、セナは力なく倒れこんだ。すぐに体を起こすと生還の咳をする。
「ぼーっとするな。すぐに離れろ!」
直前まで迫っていた命の危機が、セナに戦鎚を回収させるのをためらわせた。素手のままヘヴィスカルから距離をとる。
「エィカ、助かったよ。だけどこいつ、とんでもない力だ」
指の跡がついた喉に手を添えながら、涙目でセナは応戦体勢を取る。
エィカがセナに駆け寄ってきた。背中を合わせ弓を構えると、ヘヴィスカルを睨む。
「ああ、かなりの強敵だな。だが、この程度の敵、倒せないようなら・・・」
「サイガと一緒に戦っていけない!」
セナも両拳を前に構える。
強敵を前に、二人の目には勇気と希望の灯がともっていた。
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