第78話 「油断」(ストーリー)
サイガとメイが潜入捜査を開始してから一週間。
昼は特別教員、夜は学園内の探索の二重生活の中で、二人はサルデスを信仰する宗教団体シアンの手がかりを何一つつかめずにいた。
幸い、特別指導員の成果として生徒達からは厚い信頼を得た二人には、数多くの生徒間の噂話が持ち込まれる。色恋、勉学、流行と取るに足らないものから深刻なものまで、その度合いは様々だが、何かの手がかりになればと、その全てに耳を傾けていた。
しかし、男女共に宗教活動に傾倒する話は聞こえてこない。放課後、一日の反省のために校外の食堂の個室でサイガとメイは向かい合っていた。メイは途方にくれる。
「一週間で手がかりなしかぁ。どうしよう、このまま期限過ぎちゃったら、私の研修延長かな?」
「宗教団体というのはそもそも噂なんだろう?何も見つからなければ、「該当団体は存在せず」で終わりだろう」
「それならそれでいいんだけどさ。いるならさっさと出てきて欲しいのよね」
「?どういうことだ?」
「だってさ、いるかいないか解らないものの調査に時間を割くぐらいなら、生徒達の指導に力を注いだ方が有用じゃない。半端な指導をされるなんてあの子達も可哀相でしょ」
「ずいぶん殊勝な発言だな」
「い、いいじゃない別に・・・私だって、子供達を預かるからには責任感ってものがあるんだから」
「だが、メイの言うことも最もだな。特に夜間の穏行はおれの方が専門だ。どうだろう、夜の探索はおれ一人で受け持つというのは?そして、メイは昼の指導に集中する。研修の目的としてはそちらのほうが適切だろう」
「私はそっちの方がありがたいけど、サイガはいいの?」
「手前味噌だが、おれの体力はほぼ無尽蔵だ。心配には及ばん」
「はは・・・無尽蔵て。じゃあ、お願いしちゃおうかな」
耳を疑うようなことをさらりと言ってのけるサイガに、メイは納得しながらも苦笑いをする。
「おつかれさま。今日の市内探索終わったよ。あー疲れた」
「おつかれさまです。残念ですが、今日も成果はありませんでした」
扉を開け、セナとエィカが個室に入ってきた。その手には、今日の探索地域である衣料品通りの店舗の紙袋が握られている。
「・・・・・・」
サイガは無言でセナとエィカを見つめた。次に紙袋を見て再び二人を見る。それを何度か続けた。
「な、なんだよサイガ?」
その仕草にセナは不快な色を隠さずサイガを問う。
「お前たち、本当に探索を行っているか?」
サイガの鋭い質問に、二人が硬直した。揃って唇を真一文字に結び、目をそらす。
「な、何言ってんだい?ちゃんとやってるよ。ね?エィカ」
「そ、そ、そうですよ。朝から晩まで一生懸命やってます。し、失礼ですよサイガさん」
二人は咄嗟に反論するが、共に目をそらしている。
ここ数日、サイガは二人の行動を不審に思っていた。それは、どうもセナとエィカは連日、市内観光に現を抜かしているようなのだ。
学園都市ワイトシェルは、その人口のほとんどが学生となる。そのため、商業施設のほとんどは客層を学生を中心とした品揃えの若者向けの店舗がほとんどなのだ。
年齢的にまだ若いセナは、魅力的な店や商品に職務を忘れ遊び歩く。そして、エィカはそれを諌めることなく、一緒になって観光に呆けていた。
「・・・二人とも、この一週間でずいぶん太ったんじゃないか?」
「う!」
「ぐ!」
サイガの指摘が二人に突き刺さった。まるで致命的な一撃をくらったように、二人の顔は苦悶に歪み、身を捩じらせる。図星だった。二人は連日の食べ歩きで、セナは五キロ、エィカは三キロ増量していたのだ。
二人は言葉を失い、力なく席に着いた。伏せると共に泣き言を言い始めた。
「だって、仕方ないじゃないか。行く先々でおいしそうな食べ物ばっかりだし、綺麗でかわいい服やアクセサリーがいっぱいだし、今まで村じゃ見たこと無かったものばっかりだし、サイガと一緒だと武器とか物騒なものしか置いてる店にしか連れて行ってくれないし、せっかく女の子同士の時ぐらい好きな店いったっていいじゃないか」
「そうですよ。私達は女の子です。綺麗なもの、可愛いもの、おいしいものに夢中になったっていいじゃないですか?」
「まぁ、商店街には若い子向けの店がたくさんあるからね。歯止めが利かなくなるのも理解できるわ。私もナルやリンと毎日遊び歩いていたもの。おかげでナルは留年ギリギリだったけどね」
メイの援護の一言に、セナは顔を上げた。
「ほら、メイ様もそう言ってるじゃないか。夢中になるのも太るのも仕方ないって」
「そうです。仕方ないですよ」
「いや、私達は流石に太ったりしないように最低限の自己管理はしてるわよ」
味方を得たと思った二人が反撃に転じようとしたが、メイは即座に斬って落とした。思いがけない一撃に、二人は悲鳴を上げてテーブルに突っ伏す。
「あのさ、サイガ。いま私、仮説を立ててるんだけどさ、それの立証に明日付き合ってくれない?あと、二人も一緒にね」
話の流れを変える様にメイが話題を切り出した。
「仮説?今回の宗教団体の件に関係があることか?」
「無関係ではないかな。それに、説が立証されれば、この件に活用できるんじゃないかな」
「試す価値はあるということか。わかった協力しよう」
「ありがとう。じゃあ、明日の朝十時、西広場の学園側入り口に集合ね。念のために武器は携帯しといてね」
武器の携帯。その言葉に不吉な予感が頭をよぎったが、現状打破のきっかけとなればとサイガは従うこととした。
同日、同時刻、レイセント学園中に秘密裏に設けられた隠し部屋。その一室の中に二つの人影があった。
一つは王国の諜報員ギネーヴ。
そしてもう一つはレイセント学園の教師シュミット。死の谷でメイに同行していた男だ。
「なるほど、これがあなたが売り込んできた『人工生命体』ですか。なかなか見事な出来ですね」
「そうでしょう。最近手に入った優秀な素材で、ようやく人の形と鼓動を安定させることに成功しました。今はまだ胎児の状態ですが、養分と魔力の供給次第で成長の速度を調整することは可能です。数日もあれば幼生にまで促進できるでしょう」
ギネーヴが所見の感想を述べるとシュミットは顔色を見ながら説明をする
二人は横並びで立ち、正面の巨大な試験管の中に浮かぶ胎児を見る。状態は約六ヶ月。既に人間の形ははっきりと視認できるほどだ。
「優秀な素材ですか・・・一体どのようなものです?」
「ふふ・・・それは秘密にさせていただきます。完成品を取り立てていただいた暁には、私共々、その秘密もお納めいたしましょう」
シュミットは眼鏡を上げながら、もったいぶった言い回しで交渉を始めた。売り込みに応じろと言っているのだ。
「面白い。では、完成品のお披露目、楽しみにさせてもらいましょう。当初の売り文句どおり、神の器としての役割を果たせたのなら、推薦させていただきます」
「努力いたします。陛下とドクターウィルによろしくお伝えください」
薄暗い部屋の中で、二人はそれぞれの思惑の笑顔を見せた。
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