第07話 「ペスト」(ストーリー)
村長が魔録書へ情報を入力するために要する日数は七日。それは、サイガのハーヴェにおける滞在期間が最短でも七日ということになる。そう考えたとき、サイガはひとつのことを思い出した。
「村長殿、セナの母、サーラ殿のことですが、彼女の病、詳細はご存知ですか?」
「サーラの病ですか・・・アレは、恐るべき病です。呼吸が乱れ、便を下し、最後には体中に黒い斑点が浮かび死を迎えることから、黒死病と呼んでおります。おそらく、サーラは末期状態で助かる見込みはございません」
サーラの病状を語る村長の顔は暗く沈んでいた。顔見知りしかいないような規模の村となれば、家族にも等しい間柄にもなる。そのうえセナは父のように慕う。思い入れは一入なのだろう。
「実はあの病、私の世界にも同じ症状のものがあり、それもかつては黒死病と呼ばれ一億以上の使者を出す猛威を振るった脅威の病です。今はペストと呼ばれています」
「ペスト・・・ですか」
「ペストは数多くの使者を出しました。ですがそれは数百年も前の話で、現在では効果的な対処法が確立しています。我々の世界の医学はそれだけ発達しています。そして、私はその特効薬を所持しています。この薬を使えばサーラ殿の病は治癒できるはずです」
サイガがテーブルの上に数錠の頓服薬を差し出した。
思いもよらない申し出に、村長の目が大きく見開かれた。胸の中で、あきらめかけていた命の灯火が、希望の光と共に突如として燃え上がった。
「こ、これは・・・」
薬を持つ村長の手が激しく震える。
「これは抗生物質という、私の世界の薬です。任務の都合上、少量ではありますが常備しているものです」
ペストは菌性の感染症だ。そしてその菌に対抗する効果を持つものが抗生物質になる。
サイガは自身でも述べたとおり、任務中の不慮の感染症や敵へ対応できるよう、数種類の毒物、薬物を装備している。その中の一つに、ペストに効果の期待できる抗生物質があったのだ。これは村長が身をもって表しているように、身震いするような僥倖だった。
「こんなものが、サイガ殿の世界にはあるのですな」
「我々の世界では、先ほどの魔録書のような魔力を用いた技術は存在しません。しかし、科学が大きく発展しております。この抗生物質もそのひとつです」
魔法の発展した世界で、科学が欠点を補う。これも何かの巡り合わせかもしれないと、村長は震える声でつぶやいた。
「この薬を用いればサーラ殿の病状は回復するはずです。できることなら、すぐにでも投薬を行いたいのですが、一つ懸念があります」
「懸念、ですか?」
「はい、いかに効果が望めるにしても、異界の手法、薬を用いることに不安を与えてしまうでしょう。その不安を解消させるために村長殿に、二人への口ぞえをしていただきたいのです」
投薬をして命を救いたい。しかし、得体の知れないものを無根拠に信頼してもらえるとは考えられない。村長とサーラ、セナの関係が家族ほど近しいものだということは、サイガにとって好都合だった。
「なるほど、確かに未知のものには不信感が生じますからな。わかりました、喜んで協力させていただきます。サーラの命を救いましょう」
サイガの提案を受け、早速二人はセナの家へと向かった。
夜中の村長来訪に、セナは驚いた顔を見せた。