第76話 「敗北の記録」(バトル)
『短期は損気』という言葉があるが、ジョンブルジョンがサイガに敗れた理由は正にそれだった。
上空から炎の竜巻を放ち森を火の海に包む戦術は、時間さえかければサイガを熱中症からの衰弱に追い込める可能性があった。捕獲を目的とするなら、それだけで充分だった。
しかしジョンブルジョンは怒りに任せてその優位性を捨てた。炎と風の魔法珠を義手より外すと、両の腕に雷の魔法珠を装着した。
そしてここからは、ジョンブルジョンがいかにして敗れたかの記録になる。
魔法珠を装着し、ジョンブルジョンの両腕が雷を帯びる。
「こうなっちまったら、もう死ぬしかないぞ!」
怒号と共にジョンブルジョンは両腕の指を伸ばして、前にそろえて突き出した。いわゆる前ならえの姿勢だ。さらにその両腕の間には鉄の玉が浮かんでいた。
構えは、先ほどのファイアストームを放った大砲のような構えに似ているが、その形にサイガは見覚えがあった。
「電力、砲身となる伸びた二本の腕、鉄の玉・・・まさか!?」
「察したようだな。これは、お前らの世界で言うレールガンというヤツだ!私はこの体のみで、それを実行できるのだ!」
鋼鉄の義手とそこに満ちる雷、それにより実現される超戦力。科学と魔法が互いを補い理論を完成させる。二つの技術の融合の究極の形がそこにあった。
「このレールガンの弾速は実に時速三千キロ!さらに、撃たれる球は魔法により千倍の質量にまで圧縮した高密度!被弾すれば跡形も残らんぞ!」
ジョンブルジョンの腕の間で浮かぶ鉄球が前方に放たれた。
レールガンの弾速は、発射を確認してからでは間に合わない。サイガはジョンブルジョンが射撃の意思を見せた時点で回避行動を開始していた。
サイガが姿を消した場所に、一瞬遅れて鉄球が着弾した。
音を超えた速度と超圧縮された質量。その二つを兼ね備えた一撃は、地に触れたと同時に巨大なクレーターを形成した。鉄球の威力はそれだけにとどまらず、地を叩いた衝撃波が地震の様に広がった。近辺の木々がなぎ倒される。
「とんでもない威力だな。これは、かすめるだけで致命傷だ」
「そら、逃げろ!逃げろ!走って逃げ続けろ!足を止めたらそこで終わりだぞ!ハッハッハッハ!」
高揚した声を上げ、ジョンブルジョンは砲撃を続けた。
被弾はすなわち死。生きるか死ぬかが紙一重の状況の中、サイガの目は常にジョンブルジョンに向けられていた。
レールガンの攻撃は強力だったが、その性能上、直線の弾しか発射することが出来ない。いくら魔力を帯びているといえども、その速すぎる速度は魔法の制御下におくことが出来なかったのだ。
そのため、ジョンブルジョンの目と全身の筋肉の動きに注意を払い、腕の傾斜と発射の際の微妙な緊張を見切れば、弾を回避することはサイガにとって難しいことではない。
「そらそらそら、弾はまだまだあるぞ。いつまで逃げられるかな?」
前方は跳躍、後方は加速、足場を崩そうとした際はあえて真下。ジョンブルジョンの狙いに対応して、サイガはその位置を常に動かし続けた。
「・・・よし、慣れた」
レールガンの攻撃を回避し続けること約二十回。サイガはレールガンに適応した。自身の中に勝利の式を築くと、足を止めて前方の上空に顔を向け、ジョンブルジョンを見つめる。
「なんだぁ?きさま、なぜ止まった?もう逃げないのか?」
「ああ、もうお前の攻撃はわかった。あとは倒すだけだ」
はるか上空の敵に向かい、忍者刀を手に余裕の笑みを見せるサイガ。次の瞬間、サイガは『無』の状態を発動させた。だが、見下ろす形のジョンブルジョンはサイガの状態が変わったことに気付かない。
「倒すだけぇ?言いやがったなぁ!それならそこにそのまま立ってろ、正面から撃ち抜いて粉々にしてやるよ!」
伸びた両腕の照準がサイガに固定された。ジョンブルジョンの脳裏にはすでに砕け散ったサイガの姿が浮かんでいる。
当人にだけわかる引き金が引かれた。その一瞬前、サイガは前に跳んだ。
弾が飛び出る。
跳躍するサイガに接近する。
サイガも跳んで弾に迫る。
互いの距離が詰まる。
サイガの位置は、弾より少し高い。弾は膝の直線上の位置。
弾が膝に触れる距離。サイガの足が上がり、弾を踏みつけた。
サイガは弾を踏み台として、さらに跳躍した。
『穏行歩法・水面葉虚ろ渡り』(おんぎょうほほう・みなもはうつろわたり)。対象からの影響を受ける前に足を踏み出し、場所を問わず足場さえあれば移動を可能とする歩法だ。
ジョンブルジョンの眼前にサイガは接近した。その距離は零。
サイガは刀を右下から左上へ切り上げた。軍服を越え、皮と肉が裂かれる。
ジョンブルジョンは斬りつけられて初めて、攻撃がはずれ、倒されたことを理解した。
ここまでの攻防は全て、弾が発射されてから地面に到達するまでの、刹那よりも短い時間での出来事だった。
「な・・・なぜ・・・貴様がここにいる?まさか・・・時速三千キロを超える弾を・・・踏み台にしたのか・・・?」
発射後、弾が突如下方に進路を変えた。と、思ったときには眼前にはサイガ。続いて体には斜めの斬撃。ジョンブルジョンは理解が追いつかなかった。
飛び散る血の向こうで、感情を殺して極限まで集中力を研ぎ澄ました『無』の状態のサイガが無表情で見下ろす。
手足の制御を失い、ジョンブルジョンは地面に落下した。斬撃と出血のショックで意識は朦朧としている。
かろうじて息をするだけの状態のジョンブルジョンのもとに、サイガが歩み寄った。
「怒りに任せて単調な攻撃を繰り返してくれたおかげで、呼吸を合わせて弾を踏み台にするまで動きを見切ることができた。王の側近を自負するなら、その迂闊な性格を改善することだな」
辛辣なサイガの評価に、ジョンブルジョンは言葉でなくわずかに目を動かして反応した。
震えて焦点の定まらない、憎しみのこもった視線がサイガに向けられるが意に介さない。
最早、反撃するだけの体力は残っていないであろうが、サイガはジョンブルジョンの義手をつなぐワイヤーを切断した。
「ちょっと、森は燃えてるし、地面は穴だらけで滅茶苦茶になってんじゃない。こんなになるなんて、一体誰と戦って・・・げっジョンブルジョン!?四凶!?」
戦闘終了の直後、到着したメイは森の惨状とその犯人を目の当たりにして、驚きの声を上げた。
「こいつのことを知っているのか?」
「知ってるも何も王の側近よ。王の手足として色んな裏の仕事をやってるやつら」
「なるほど、姫における六姫聖と同義か」
「ちょっと、こんな汚れと私達を一緒にしないでよ!ナルに聞かれたら殺されるわよ」
「そ、そうか。冗談が過ぎた。すまない」
サイガの茶化した解釈にメイが思わず声を上げた。姫に忠誠を誓う六姫聖にとってその言葉は侮辱となる。メイの勢いにサイガは訂正し詫びた。
「それよりも、炎がひどいわね。ちょっと消してくるわ」
そういうと、メイは上昇した。
燃える森を見渡せる位置まで上昇すると、両手を下方に広げ、炎に向ける。
「・・・はぁっ!」
メイの両手から魔力の波が放出された。今だ勢いが衰えない炎に魔力が到達し、燃焼物ごと炎を圧して熱を奪うと鎮火させた。
「はい、消火完了」
地上に戻ると、メイは明るい笑顔を見せた。炎の扱いとなると得意げだ。
「見事だな、メイ・カルナック。あれだけの炎が一瞬か。効率のよい魔力の扱いが出来ているようだな」
突然、サイガとメイの間に第三者の声が飛び込んできた。不意を衝かれ、二人は勢いよく声の方向に顔を向ける。
そこには、レイセント学園学園長タイラー・エッダランドの姿があった。
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