第74話 「四凶 とどまることを知らないジョンブルジョン」(バトル)
「迎えに来た?どういうことだ?」
ジョンブルジョンと名乗った男から一切目を離すことなく、サイガは尋ねた。二人の間では刃物を首にあてがわれたパイロが身を縮ませて震える。
「さる高貴な方。その方があなたの戦闘力に大変強い興味をお持ちです」
「高貴な方?」
「ええ。六姫聖と行動を共にしているあなたはご存知でしょう?」
サイガの脳裏に『王』という言葉が浮かんだ。
「そうか。いい噂は聞いていなかったが、まさかこんな所にその手が伸びてくるとはな」
王の存在に続いて、サイガはクロストでリンに知らされた王の異界人に対する傾倒ぶりを思い出した。異界人の噂を聞けば、どんな遠方であろうが捕獲の部隊を差し向ける。ということを。
「その方は、あなたの活躍に大変ご執心です。ですので、そんなあなたを迎えるために命の下、側近である私が参じたのですよ。さ、理解できましたらご同行していただきます」
ジョンブルジョンは刃物を握るのとは逆の手をサイガに差し出した。その手は重厚な小手を装着している。
「それは解った。だが、何故人質をとるような真似をする?同行を願うだけなら、正面から話をつければいいだけだろう?」
サイガに言われ、ジョンブルジョンはパイロに目を向ける。口角が上がった。
「それはもちろん、交渉を有利に進めるためです。先ほどあなたが申されたように悪い噂を真に受けられていては、落ち着いて話も出来ませんから」
「子供の命を盾にするなどという行為は交渉とは言わん。脅迫だ」
ジョンブルジョンはサイガに据わった視線を向ける。冷めた、暗い視線だ。サイガは続ける。
「残念だが、そのような行為をする者は信用に値しない。お前も、そんな輩を側に置くその主もな。下衆の鑑だよ」
サイガは腰を落とした。臨戦態勢で明らかな敵対の意思を示した。
「貴様、私のみならず、あの方まで愚弄する気か!だったら、力尽くで連行するとしよう!己の愚かな発言が、最も愚かな結末を招くことを教えてやる!」
主である王を非難され、ジョンブルジョンの顔は憤怒に満ちていた。怒号を発し、パイロを片手で持ち上げると、サイガめがけて投げつけた。
「ひいいいいいいいい」
悲鳴を上げつつ接近するパイロをサイガは両手で受け止めた。流れるような動きで地面に置くと、視線を正面のジョンブルジョンへと戻す。
正面に向けられたサイガの目には何も映らなかった。何も無いということではなく、何かが眼前まで迫り、サイガの視界を塞いでいたのだ。
常人なら視界を塞ぐほど接近したものに対して、咄嗟に反応できず体を硬直させただろう。だがサイガは、パイロを受けた際も離すことがなかった忍者刀で、眼前に迫った何かを弾いた。金属音が迎撃の成功を知らせる。その全ての動きが十分の一秒にも満たないわずかの間に行われた。
刀に弾かれた何かが宙を舞っていた。ジョンブルジョンの黒い小手だ。ジョンブルジョンは小手を飛ばすという不可解な攻撃を仕掛けていた。
「紐?なんだこれは?」
宙を舞う小手にサイガは違和感を覚えた。小手の内部から一本の紐が出ているのだ。
小手が急に動いた。一直線に離れた場所にいるジョンブルジョンの下へと還る。
戻った小手を腕が迎えた。だがそこに生身の腕は無かった。あるのは、前腕部の途中から小手に当たる部分が切断、加工された腕。そして切断部からはワイヤーが伸びていた。ジョンブルジョンの腕は、映画などに登場する改造人間のような作りだったのだ。
「なんだ、その腕は?」
サイガの言葉は当然だった。魔法の発達したこの世界で、その姿はあまりにも違和感に溢れていた。
「フフ、素晴らしいだろう?科学で造られた義手を魔法で操る。叡智の融合から生まれた究極の兵装だ」
うっとりとした顔で右の義手で左の義手をさする。力とそれを操る自分に酔っているのだ。
「自在に動く鉄の腕か。まるでアニメの世界だな。となれば、あの具足も・・・」
「お察しの通り、義足だ。そして喜べ、仕掛けは満載だぞ」
マントから義手と義足だけを覗かせ、ジョンブルジョンは陶酔した笑顔を浮かべる。
「お前たちすぐに逃げろ!メイにこのことを伝えて、学園に避難するんだ!」
生徒達に向かって、サイガが叫んだ。その声は切迫し、実戦経験の無い生徒達にも相対する敵の危険性を知らせる。
身を潜めていたナルバとメシューが姿を現した。パイロと共に生徒の拘束を解く。
「よし、解けた。逃げるぞ」
「待てよパイロ、俺達も加勢したほうがいいんじゃ・・・」
「何言ってんだよ。俺達じゃ足を引っ張るだけだ。わかんねぇのか?今も先生があの赤マントと俺達の間に立って時間稼いでるのが」
パイロの説明を受け、他の生徒達は初めて己の命が薄氷の上にあることを知った。
すぐさま全員が、一目散に担任のティエリアが待つ地点に走り出した。
「これで、心置きなく戦えるか?私も嬉しいぞ。ガキを守るせいで本領発揮できない貴様を倒しても、消化不良だからな。そして、主を侮辱した罪を体中に刻んでやるぞ!」
背面と踵から炎を噴出し、ジョンブルジョンは空中を前進した。動き回るサイガと距離を縮める最中、両腕が発射される。
魔法で操作された両腕はその向きを何度も変え、かく乱しながら迫る。途中に何本かの木がそれを遮るように生えていたが、鋼鉄の義手は難なく貫通して道を拓く。
「そら、もらったぞ!」
ジョンブルジョンの両義手が、胸を貫かんと指を伸ばした状態で迫ってきた。だが、両腕は胸の直前で急停止した。
「なんだと、どういうことだ?」
サイガと義手の間には、一筋の光る糸があった。炭素繊維の糸だ。
「木は貫けても、流石にこれは断ち切れないか」
右手に握る刀の柄尻と左の親指によって張り詰められた糸に遮られ、義手は止められていた。
「せっかくの複合技術も、使い方がお粗末では宝の持ち腐れだぞ。そら、返してやる。もう一度やってみろ」
炭素繊維の糸を弛ませ再び張る。一瞬の動きで義手を弾き飛ばした。
返却された両腕を装着し直し、ジョンブルジョンは怒りと悔しさで顔を紅潮させた。
「馬鹿にしてくれるじゃねぇかよ、ボケカスがぁぁ。腕を返したことを後悔させてやるぜぇ」
先ほどまでの余裕をなくし、ジョンブルジョンは口調を乱す。
「さて、どう転ぶかな・・・」
激しい感情の起伏を見せるジョンブルジョン。サイガはその不安定さに活路を求めることにした。
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