第73話 「実戦訓練」(バトル)
朝の自己紹介の後、正午の授業。特選クラスの面々はワイトシェルの南に広がる森に訪れていた。目的は、森林においての戦闘訓練。サイガが得意とする状況の一つだ。
生徒達は呆然としていた。というのも、戦闘訓練と称して校庭に集められた生達は、特別授業として南の森に移動することをメイから告げられた。
「メイさん、南の森は歩いて二時間はかかる距離です。今から移動しては授業の時間なんてとれません」
担任の女性教師『ティエリア・ホーネット』が恐る恐る忠告をする。
しかし、メイはふふんと自信有り気に笑うと、特選クラス全ての人員を魔力の玉で包み、炎の翼で飛翔して南の森に向かった。
正に鳥のような速さで、特選クラスは南の森に到着した。要した時間はわずか五分で、その日ワイトシェルにはフェニックスが飛来したとの話題でもちきりとなった。
「いやー、流石に三十人まとめて運ぶのは疲れるわ。そんじゃあ、特別授業始めよっか」
「な、何をなさるんですか?わざわざこんな場所に来るなんて、修練場や校庭では出来ないことなんでしょうか?」
仕切るメイにティエリアが尋ねた。
「そうね。学園内じゃ難易度が下がりそうだったから、障害物の多いここが適地かな」
「障害物ですか?」
「そ。今からやるのは『追いかけっこ』。三人一組の十組に分かれて、私とサイガから二時間逃げ切ってもらうの。当然反撃も許可するわ」
「地形と状況把握、連携、持久力、作戦の計画性を鍛える。追いつめられた状況から、どうやって打破し生き抜くかという訓練だ」
サイガとメイが作戦の概要と目的を説明すると、生徒達は三人一組に分かれた。
昨日、サイガに食って掛かったパイロは普段から行動を共にするナルバ、メシューの二人と組を作った。
他の生徒達も己の特性や得手不得手を踏まえ、能力を生かせる編成を組む。細かな調整はティエリアが行った。
「準備完了ね。五分後に私達が追いかけるから、待ち伏せるなり逃げ切るなり、好きな方法で二時間生き延びてちょうだい。それじゃあ、始め!」
メイが手を叩き、生徒達が森の中に散って消えた。
「さっきのこともあるし、あの三人あんたを狙ってくるんじゃない?」
「おそらくそうだろうな。まぁ、殺されんように気をつけるさ」
「殺してしまわないように。の間違いじゃなくて?」
「赤子の一撃といえども、入る場所によっては致命的だからな。油断大敵だ」
「ははっ、赤子って・・・あの子らが聞いたら発狂するわよ」
茂みを掻き分けながら森の中に消え行く生徒達を見送りながら、鬼教師二人はしばしの歓談に興じた。
訓練の開始直後、手ごろな横穴を見つけたパイロのチームは、穴に身を隠し作戦会議を行っていた。
「おい、パイロ。どうする?」
「決まってるだろ、俺達であのサイガってやつをぶっ殺してやる。恥じかかされっぱなしで終われるかよ」
「あんたさぁ、悔しいのは解るけどあんまり物騒なこと言うなよ」
ナルバに問われ、パイロは怒気を隠さずに応える。その勢いに思わずメシューが諌めた。
「バカ、例えに決まってるだろ。だけど、それくらいやってやんねぇと気が治まらねぇ」
パイロは訓練用の模造の長剣で掌を何度も叩き、いらつきを強調する。
「でも、あいつにまともな手段で挑んでも返り討ちだよ。パイロあんた考えあるの?」
「・・・いや、何も思いつかない」
「なんだよそれ」
パイロが苦い顔で無策を告白すると、メシューはため息で返した。後先考えない発言はパイロの癖のようなものだ。
「まぁ下手な小細工は無駄だろうからな。だったら、他のチームがどんな戦い方をするか、隠れて観察しよう。うまくやれば漁夫の利を狙えるだろ?」
パイロに比べ、ナルバは幾分冷静だった。加えて、生きる為の慎重さも持ち合わせていた。
二人はナルバの案に従い、一旦様子を見るために他のチームを後方から観察することとした。
「隙あり覚悟!」
生徒達を追い森に入り捜索を行うサイガの頭上から、その身軽さを活かし奇襲戦を得意とするゼスが襲い掛かった。
「奇襲は黙ってやれ」
振り下ろされる剣を正面から手刀で払うと、サイガは襟を掴んでゼスを地面に押さえつけた。すばやく糸で後ろ手に拘束する。
「あのバカ、突っ走ったな。ベゼルト頼む」
弓術を得意とするオルロの集中力と視力、背筋を補助魔法を操るベゼルトが強化した。
魔法で強化された肉体から、渾身の一矢が放たれた。手から離れたのとほぼ同時に、五十メートル以上先のゼスを拘束するサイガのこめかみに迫った。訓練用のため矢じりは無いものの、命中すれば昏倒は避けられない。
「な、そんなばかな・・・」
オルロとベゼルトは我が目を疑った。サイガは迫る矢を見もせずに正面から指で掴んで止めたのだ。
すかさず矢の方向を持ち替えて、サイガが投げ返してきた。
弓に番えて撃つよりも速く返された矢に度肝を抜かれ、オルロは眉間に矢を受けて仰向けに地面に倒れた。
「そこ、続けるか?」
サイガの問いかけに、攻撃の要を失ったベゼルトは両手を挙げて投降した。
「縛れ、マッドホールド」
「痺れろ、パラライズネット」
「貫け、アイスジャベリン」
土属性を中心とした攻撃魔法を得意とするリディ、状態異常魔法を使いこなすミゼット、多くの属性を使いこなすポロロの三人が繰り出す三位一体の連携攻撃は、高効率で相手の動きを完封する効果が見込める。
リディが足場を乱し、ミゼットが神経機能を低下させ、ポロロが仕留める。普段から自主練習を心がける三人にとって練習どおりの行動だった。
しかしそれは一般的な常識が通じる一般的な敵に限られる。六姫聖の魔炎メイ・カルナックは一般の常識は一切通用しない。
拘束する土魔法。覆いかぶさる状態異常魔法。飛来する氷魔法。その全てはメイに触れることなく魔力の塵となって消えた。
圧倒的な量のメイの魔力の前に、属性の違いは意味をなさない。相性の良し悪しに関わらず無力化されるのだ。
「うん、悪くない連携よ。並の魔物なら相手にならないわ。でも悪いわね、私、並じゃないから」
そう言うと、メイは炎を伴わない魔力だけを放出して三人の魔力を押さえつけて封じた。
三人の女生徒は無力感でへたり込んだ。
「・・・大分やられてるぞ。俺達も動いたほうがいいんじゃないか?」
穴の中から外の状況を伺いながら、ナルバは提案する。
「今なら他のやつらに気をとられて、隙をつけるかもしれないな。よし、やるか」
パイロのチームが動き出した。五組目のチームを拘束するサイガの後方をとるために万能型のパイロとナルバが挟み撃ちをし、穏行の技術を有するメシューが隙を狙う。
サイガは五組目の生徒をそれまでの四組をひとまとめに集合させた大木の根元に合流させた。五組で十五人、クラスの半分の人数だ。
「みんななかなか筋がいいぞ。さすが特選なだけあるな」
「何言ってるんですか。全然歯が立たなかったじゃないですか。嫌味にしか聞こえません」
ひとりひとりに視線を送りながらサイガは生徒達を褒めるが、軽くいなされた生徒達はその実感が持てなかった。負けん気の強いベゼルトは強く言い返す。
「それは当然だ。君達はまだ上手く技術をやっているだけに過ぎん。実戦に身を置けば、技術と経験がものを言う。そして技術、経験、そこから来る勘。これが揃って、事態、敵の先手を取れる。それが揃わない君達は、現状では絶対おれには勝てない。その中ではよくやっているという意味だ」
突きつけられた実力差に、生徒たちは閉口した。
「だが、この一ヶ月で君達にその経験と勘を身につけさせてやる。それだけの許容が君達にはある」
サイガの励ましの言葉に生徒たちは顔を見合わせて喜び合う。
後方の茂みから音がした。
「さて、次はどんな手を打ってくるか・・・っ!」
生徒の出方に期待を込めて後方を振り向いたサイガは、目にしたその光景に己が油断していたことを思い知った。
そこには、パイロの首に刃物をあてがいその身を拘束する、サングラスをかけ赤いマントで体を覆った男がいたのだ。
「貴様何者だ!それは何のつもりだ?」
瞬時に忍者刀を構え、謎の男を問いただす。
「サイガさんですね。私は人呼んで『とどまることを知らないジョンブルジョン』あなたをお迎えに参りました」
ジョンブルジョンと名乗った男は、ずれたサングラスを直しながら笑った。男の全身からは不気味な空気が漂っていた。
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