第72話 「実力を見せてくださいよ」(ストーリー)
「はーい、いきなり特別指導員って言われても信用できませーん。実力を見せてくださーい」
慢心しきった口調で要求するのは、レイセント学園戦闘科高等部特選クラスの一人、男子生徒のパイロだ。
サイガとメイは指導を担当する特選クラスに案内されると、特別指導員として紹介をされた。ここでパイロの一言が発せられた。
六姫聖のメイは言わずもがなだが、たかが中級冒険者のサイガは生徒達からすれば得体の知れない馬の骨。
上級冒険者や王宮騎士育成を専攻する戦闘科の特選クラスの生徒からすれば、中級止まりの名も知らぬ冒険者など信用に足らぬ存在なのだ。
若者特有の慢心と相成って、その顔にも言葉にも、嘗めた態度を隠すつもりなど微塵も見られ無い。
「特選クラスは将来、特級冒険者や近衛兵にまで出世する可能性があるんですよ?中級の冒険者に教わることなんてありませーん」
十五段の階段状の教室の最後列。最上段から教壇側を見下ろす形でパイロは半笑いで質問を投げかける。
「こ、こら、口を慎みなさいパイロ君。そんな失礼な・・・」
パイロを諌めようとする担任の前に手を出し制すると、サイガはパイロを見据える。
歴戦の勇士であるサイガの一瞬の眼光を受けて、パイロはわずかにひるむ。
「な、なんですか?怒ったんですか?本当のことでしょう」
「たしかに、おれは中級の冒険者だ。そんなおれが言葉で説明したところで、それが覆ることはないだろう。君の言うとおり実力を見せるのが早いな」
「へぇ、何見せてくれるんですか?」
「残念なことに、おれには魔力が無い。そのため、君達のような将来有望な応用の利く戦い方ができない。だが、そんなおれでも敵を征圧できる。それを証明してやろう。パイロ君、きみの得意な戦闘はなんだ?」
「ボクは剣も得意だし魔法も得意。近距離も遠距離もこなせる、いわゆる万能型ってやつです。魔力が無いあなたなんて、近づくことも出来ませんよ」
サイガに魔力がないことを知ると、パイロはいやらしくほくそ笑んだ。いかにも劣等種を見る目だ。
「ははっ、こりゃあ、こじらせてるわ」
「す、すいません。私の指導力不足で・・・」
笑い飛ばすメイに担任の女性教諭は顔を覆って詫びる。
「いやー、私も特選だったけどさ、やっぱり調子に乗るもんよ。私の頃もあんな子ばっかだったわ。で、どうすんの?サイガ」
学生時代を振り返って、メイはけらけらと笑って見せた。お手並み拝見とサイガを促す。
「そうだな、では・・・」
サイガが一歩前に踏み出た。直後、その姿が消えた。
そこにいる全員が目を疑った。それほど、なんの前触れもなくサイガは姿を消したのだ。
「ひっ・・・」
ざわめきが広がる教室内に、パイロの悲鳴が小さくこだました。全員の視線が一気に移動し注がれる。
そこには消えたサイガの姿があった。しかも、パイロの首元に忍者刀をあてがい、必殺寸前の状態となっていた。
瞬時にもたらされた光景に、先ほど以上のざわめきが教室を飛び交う。中には悲鳴を上げる女生徒の姿もあった。
「近づくことが出来たが、この場合はどうするんだ?」
「ひ・・・ひ・・・」
突如訪れた命の危機にパイロは言葉を失い、顔を引きつらせる。
おびえながらも、パイロの目が右下を向いた。その動きに、サイガが思惑を察知する。
「やってみるか?無詠唱の魔法を撃とうとしているのだろう?試してみろ、発動より先に首を裂いてやるぞ」
命に直接食い込むような鋭い言葉と視線で、パイロはサイガから目が離せなくなった。大きく音を立てて唾を飲み込む。
「それから、後ろの二人。長髪の男、眼鏡の女。構えを解け」
パイロから目を離さずに、サイガは抗おうとする後方の生徒を制した。
「咄嗟に仲間のために動けたのは上出来だ。だが、冷静になれ。今のおれの動きが見えなかったのなら、返り討ちにあうだけだ。力の差を見誤るなよ」
思惑も動きも全て看破され、長髪の男ナルバと眼鏡の女メシューの二人が構えを解いた。降参の合図に両手をかざす。
「パイロ君、おれは合格かな?」
サイガの問いかけに、パイロは細かく何度も頷いた。それを受けて、微笑みながらサイガは刀を引く。
またしても一瞬でサイガが姿を消した。消えたのとほぼ同時にその姿はメイの隣に戻っていた。
「この嘘つき!魔法が使えないって言って、移動魔法を使えるじゃないか!」
前のめりの姿勢でパイロが怒鳴った。周囲の目がパイロからサイガに移る。
「魔法?違うな。今のは、少し速く動いただけだ」
再び姿を消すサイガ。
「こんな風にな」「そして、それを極めると」「こういう芸当も出来る」
教室のあらゆる場所にサイガの姿が現れた。
窓、入り口、天井に逆さに、両端、最奥、教壇、中央と計十人のサイガの姿。
生徒達はどれを見ていいのかわからず、次々に視線を動かす。
全てのサイガが消え、またメイの隣に戻った。
生徒達が注視する。
「ということで、おれは魔法は使えないが、肉体を鍛えることで魔法以上の成果を出せることを君達に教えられる。魔法が不得意な者は大きな戦力向上が期待できるぞ」
サイガの言葉を受け、該当するであろう何人かの生徒達が目を輝かせた。反して、パイロ、ナルバ、メシューの三人は憮然としている。
「じゃあ次は私ね、六姫聖のメイ・カルナックよ。あなた達の先輩。て言っても知ってるか」
サイガが退き、メイが前に出た。一歩踏み出した勢いでその大きな胸が一弾みすると、男子生徒の目が釘付けになる。
「せっかくだから私も何か見せてあげたいんだけど、ここはちょっと狭いから、午後の戦闘授業で見せてあげるわ。ま、敏感な子は私の魔力は抑えてても伝わってるか」
メイの言葉の通り、魔法を得意とする生徒はその魔力量に慄いていた。サイガは全く解っていなかったが、生徒達にはメイの魔力が、教室全体を隙間なく埋め、それでもなお全てを焼き尽くす燃え盛る地獄の業火のように見えていた。
「ふふ、ずいぶん大人しくなっちゃったわね。あのこの言うとおりね。実力見せると話が早いわ。でも・・・」
けらけらと笑いながら、メイは全員の顔を見渡す。その目は、サイガとメイの技量と魔力に圧倒されながらも闘志に満ちる。
「いい顔してんじゃない。指導し甲斐があるわね」
「若くても、戦士としての資質は充分なようだな。おれの動きが見えていた生徒も何人かいたようだからな」
二人は笑っていた。未来へ向かって強い光を放つ可能性達に、自身も触発されたのを感じたからだ。
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