第71話 「虎と呼ばれた男」(ストーリー)
総合学習院レイセント学園。
かつてワイトシェル砦と呼ばれていたこの地は、小規模の山、ワイト山を利用して作られた天然の要害である。
山に沿うように中心となる建物を築きその周囲を円形の壁で囲う、防衛に長けた難攻不落の地として知られていた。
次第に砦の周りには人が集まり、町となり、さらにそこを囲う壁が築かれ、それを何度も繰り返し規模を広げていった。
戦乱の時代が過ぎてからは旧都の近隣であることから、改築を施し、士官学校へとその役目と名前を変えた。
その後、官職のみならず冒険者や技能職などの職業選択の多様化に伴い、多くの民への門戸を開き、現在の総合学習院となった。
そして時を経て、ワイトシェルはこの国で最も多様性と可能性を孕んだ地として、若人を迎え入れる学びの聖地となり、レイセント学園には毎年多くの入学希望者達が、夢を抱いて訪れるようになったのだ。
そんなレイセント学園の中において、ワイト山に密着する教諭棟の最上階。最も山頂に近い最上階の学園長室に向かう廊下を、サイガとメイは並んで歩いていた。
「なるほど、潜入操作と言ってはいるが、実のところ懲罰を目的とした研修か。下手に注目を集める学園の潜入を提案をした時におかしいとは思っていたんだが、そういう理由か」
「そゆこと。だからさ、生徒達の前では「偉大な先輩がわざわざ特別指導に来て下さった」って体でお願いね」
「そういうところなんじゃないか?」
「な、何がよ?」
「事実を隠して取り繕おうという姿勢が直らん限り、結局は何も変わらん。研修の目的はそこだろう?そこに対して自戒の念を持つべきではないのか?」
「そ、それはそうだけどさぁ・・・」
懲罰に対し能天気な態度のメイに、サイガは手厳しく指摘した。
まともに会話を交わしたのは先日が初めてだが、メイには何か、距離感を縮める謎の人懐っこさがある。互いに敬語を使わず、忌憚の無い言葉を用いたのもそれが理由だ。
「現実を受け入れ、己の力で乗り越える。徹頭徹尾それに努めなければ、姫の希望には応えられんぞ」
「わかってるわよぉ・・・」
廊下を進む間に、メイは枯れた花のようにうなだれ、すっかりしょげてしまっていた。
話が終わりを迎える頃、二人は学園長室と書かれた札のかけられた黒く立派な扉の前に到着した。
ふとサイガはメイの顔を見た。その顔は緊張で固まっていた。
「どうした?ずいぶん顔色が悪いぞ」
「・・・私さ、ここの卒業生なの」
重々しく、メイは口を開いた。言葉はさらに重く地を這うようだ。
「それはさっき聞いた。そしてリンとナルが同級生。それがどうした?」
「それでさ、その時の学園長と今の学園長って、現役で同じ人なのよ」
「だからなんだ?要点を言ってくれ」
「学園長ってクセが強いって言うか、アクが強いって言うか、強烈な人でさ・・・」
「要するに恐いんだな?」
メイは黙って何度も頷いた。
「どうしよう・・・私、怒られすぎて死ぬかも・・・」
いくらなんでも大袈裟だろうと言おうとしたが、メイの怯え方を見るに、その恐怖は伝わってきていた。
「まぁ、そのためにここに来たんだ。腹をくくれ。死んだら墓は掘ってやろう」
「うう・・・ひどい・・・」
覚悟を決めて唇を結び、鼻から大きく息を吸い込んで、メイはノックのために扉に手をかざした。
「入れ」
扉を叩く直前、中から声が聞こえた。扉越しでありながら、低く太く空気を揺らす、威厳が飛び出してきたような声だ。
「ひぃっ」とメイが小さく悲鳴を上げた。体が硬直している。
「失礼します」
萎縮したメイに代わって、サイガが扉を開いた。
扉を開き中に入った二人の視界を大きな何かが遮った。壁?とサイガは咄嗟に思ったが、メイの言葉がそれを否定する。
「お、お久しぶりです、学園長。相変わらずのご健勝でなによりです」
「学園長?」
サイガは顔ごと視線を上へ向けた。そこにあったのは人の顔だった。壁だと思ったものは、学園長と呼ばれた男の分厚い胸板だったのだ。
「な、おお・・・」
「大きい」と言おうとしたところで、メイが「二百十センチ」とこわばった顔でぼそりと呟いた。
「おっと、これは失礼。御客人。我が校の出世頭の帰還に勇み足となったようだ」
そう言うと、学園長と呼ばれた男は数歩下がり、窓側に置かれた机の前に立った。
「ワシがレイセント学園学園長タイラー・エッダランド!魁の虎と呼ばれた男よ!」
廊下でメイが告げたとおり、学園長タイラーと名乗った男は強烈だった。
まず、風貌が強烈だった。背は高く、メイの言うように天を突くような二百十センチ。豊かな量の淡い金色の頭髪を後ろに流し、太く黒い眉は炎のように逆立ち、髭も豊かに蓄える。目は虎のように大きく鋭く生命力を宿す。肩幅は広く胸板は厚く、腕も足も太く強靭な印象を受ける。
外見にとどまらず、内側もさらに強烈。全身からは自信があふれ出し、まるで樹齢千年を超える御神木のような雄大な印象を受ける。
その体は、一般的な成人男性のそれとは規格外のものだった。そのため、スーツで全身を包んでいるが、全ての部分がはちきれんばかりになっている。
「これは・・・確かに強烈だな」
むせ返るほどの圧倒的な存在感。巨体の魔物、絶望的な攻撃魔法、これまで出会ってきたどんな存在よりも、それは色濃くサイガの目に焼きついた。
タイラーが一歩踏み出した。空間ごと前進したと錯覚するほどの圧迫感がサイガに正面から迫る。
大きな右の掌がサイガの手を掴んだ。それを左手で包む。強固な握手だ。
「うむ、おぬしがサイガ殿だな、ナルから話は聞いておるぞ。たいそう腕の立つ御仁だそうだな。此度の任務、期待しているぞ」
掌は大きかった。サイガの掌の倍ほどの大きさで、肉が厚く、皮も厚い。おそらく、骨も太いだろう。掌は熱く、その温度は暖かく不思議な安心感を与えてくれる。
大きな掌がサイガを解放した。
「そして・・・」
続いて、その主は獣のように強く鋭い眼光を隣で縮み上がるメイに向けた。メイは目を合わせることが出来ず、微妙にそらしていた。
「メイ・カルナックよ、貴様、六姫聖でありながら姫様の名に泥を塗ったそうだな?」
岩のような巨体がはるか上方から、萎縮するメイを見下ろす。
「此度の失態、貴様の未熟が招いたことであることは自覚しておるか?」
「は、はい。それは・・・重々・・・」
「ならば、何をせねばならぬか、わかっておろうな!?」
「はい・・・せ、生徒達を指導することで、その内容を自身へと反映させ、二度とこのような失態を犯さぬよう、己への教えとするためです。私自身も未熟なる者として、生徒と共に勉学に励み歩む所存でございます・・・」
答えはするが、その声は弱く、わずかに震える。
「うむ、解っておるならばよい。だが貴様、そんな命の宿らん目で何を教えるつもりだ?指導者がその様でどうする?六姫聖たる誇りがあるのであれば、これからの一ヶ月、一秒たりとも気を抜くことはまかりならんぞ!」
「は、はい!全身全霊で邁進いたします!見ていてください、絶対に見返してやります!」
ここで、メイは振り切るようにタイラーの目を見据えると、震える声を制してきっぱりと言い放った。
サイガは感じた。タイラーの声には、受けた者を鼓舞し奮い立たせる不思議な力があることを。その声に焚き付けられ、先ほどまで萎縮していたメイは、徐々にではあるが、くすぶりから再燃する炎のようにその勢いを取り戻していた。
「うむ、よくぞ言った!これでまだ下を向いておるようなら、一喝しておったところだ!六姫聖の誇り、見届けさせもらうぞ!」
「はい!おまかせください!」
力強くメイは言い放った。その目力はタイラーに劣らないほどだ。
「よし、では早速、担当するクラスへと向かってもらおうか。昼は指導員としての仕事に従事してもらうぞ。宗教団体の捜索は、夜間の校舎内の探索を許可しよう。二人の活躍、期待しておるぞ!」
メイの決意を受け、タイラーは二人を送り出した。
「どう?強烈だったでしょ?」
「確かにな。見た目だけではなく、言葉も力強い御仁だ」
「学園長は『気』の加護があるのよ。それが乗った言葉は、相手を高揚させる効果があるの。もちろん、学園長がすごくて恐いのはそこだけじゃないけどね」
すっかり調子を持ち直したメイの足どりは軽く、意識は前へと向いていた。
こうして、サイガとメイの学園生活が幕を開けた。
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