第69話 「潜入任務」(ストーリー)
「ほんっとごめん。面目ない!」
死の谷から南に二十キロ。学園都市ワイトシェル市中の病院の個室のベッドの上で、六姫聖の魔炎メイ・カルナックは同僚のナル・ユリシーズに両手を合わせ深く頭を垂れて謝罪を述べた。
二日前、ワイトシェルと死の谷の中間の地で繰り広げられた六姫聖達の戦闘は、それに関わる全ての者を激しく消耗させていた。
捜査対象の当人であったメイは、戦いの傷の治療、後遺症の確認、魔力の回復を目的とした短期の入院をしていた。ナルはそこに経過の確認もかねて見舞いに来ていた。
「わかったから頭を上げろ。おまえが粗忽で隙だらけで、そこにつけ込まれやすいのは今に始まったことじゃない。気にしてはいない」
頭を下げ続けるメイの正面で、ナルは謝罪の言葉を受け取りながら、魔力回復のための食事を摂っていた。
大きめの皿に乗せられた五段重ねの厚手のパンケーキに、ふわふわのホイップクリームを垂れるまで大盛りで乗せ、全体を染め上げるほどの量のチョコソースをかけ、砕いたナッツをトッピングする。
胃がもたれそうなほどの甘味を、ナルは止まることなく口の中に運ぶ。驚くことにそれは十皿目になる。
「あんたさぁ、よくそんなもの平気な顔して食べられるわね。見てるだけで胸焼けするわ」
顔を上げてから目にした光景に、メイは思わず立場を忘れて、素直な感想を漏らす。
「せっかく魔力を補給するなら、自分の好きなものでやりたいだろ。それに、こんなに魔力を消費したのは、そもそもお前のせいだという事を忘れるな」
「はーい、ごめんなさーい」
メイの言葉にかまわず、ナルはパンケーキを平らげ皿を置いた。最後にガムシロップとブランデーを九対一で混ぜたカクテルで満たされたジョッキを傾け、胃に流し込む。
まったく理解できない異次元の食事に、メイは顔をしかめた。
「死の谷へは私達と入れ替わりで調査隊が入り、ついさっき結果が届いた」
十一皿目のパンケーキを手に取りながら、ナルは本題に入った。一枚の紙を差し出す。内容は死の谷の調査報告だ。
「で、なにかわかったの?」
「なにもわからなかった」
「へ?」
『死の谷内部は見渡す限り炭となっており、詳細な調査は不可能。唯一、サルデスを封印していたと思われる水晶玉は、亀裂が見られるがそれ以外は破損はなく、形が確認できるのはそれだけだった』
「だ、そうだ。誰かさんのおかげで、調査報告が短時間で上がってくるほどの炭一色となっていたようだな」
「あはは・・・さっすが私」
メイは気まずさに耐えかねて目をそらした。
サルデスとの戦いで必死だったとはいえ、辺り一帯を炭化させるほどの行動をとることに、力を持つ者として後ろめたく感じたのだ。
「だけど、それだけ?他にはないの?」
「ああ、もう一つあるな。ええ・・・と・・・これは・・・」
報告書の続きに目を通し、ナルは言いよどんだ。メイの顔と報告書に交互に視線を移しながら、整った形の眉を歪める。
「なによ?聞かせて」
「いや・・・だが・・・しかし・・・むぅ」
「もう、いいわよ。自分で読むわ」
「あ、こら!」
埒があかないとふんだメイが、ナルの手から報告書を奪う。
「ええと・・・一面が炭になって・・・水晶が無事で・・・じっ、地面に、けっ、経血ぅ!?」
上から順に目を通し、当該の部分に追いついたところで、悲鳴にも似た大声を上げた。
「な、なによこれ!そんなのまで調べられてるの?ていうか、これって私の?いやぁあああ!」
自身の操る炎を凌駕するほど顔を紅く染め、メイはシーツに顔を押し付けて絶叫した。
「お前と対峙した際に本調子ではないと感じたが、やはりそうだったか。昔からお前は、毎月この時期は唸っていたからな。まぁなんにせよ、あんな格好して激しい動きで戦っていれば、そうなっても不思議ではないな」
「だからって、こんなの報告書に書かなくたっていいじゃない。これ皆に見られてるんでしょ?いやっ死にたい!最悪!」
長々とした状況説明や仔細な説明文で埋められていたなら、目立たなかったであろうが、記載された単語が炭、水晶、経血のみとなっては、否が応でも主張は強い。
「もういい、見たくない。しまって」
顔をうずめたまま、メイは報告書をつき返した。ナルは受け取り鞄へしまう。
羞恥の嘆きを発しながら、メイはベッドの上で悶え続けた。
「あれ?ちょっと待って、その報告書。水晶のくだりだけどさ」
あることに気付いたメイが顔を上げた。垂れていた鼻水をかむ。
「水晶?お前の炎に耐えたという魔道具か。流石、神を封印していただけはあるな。それがどうした?」
「水晶は私の炎に耐えてたのよね?」
「そうだな」
メイが問いかけ、ナルは頷く。
「それで、私は水晶に封印されていたサルデスを倒した」
「結果を見る限りそうだな」
十三皿目のパンケーキを口に運びながら、ナルはまた応える。
「じゃあ、私の魔力に倒されるサルデスがどうやったら、私の魔力に耐える水晶の封印を破れるの?」
「あ・・・」
ナルのフォークを持つ手が止まった。不意に訪れた疑問に口は半開きになる。だがその顔はなおも美しい。
「確かに、封印されていた本人が自力で脱出するのは考えにくい。となると考えられるのは経年劣化か、もしくは外部からの干渉か」
「劣化は考えにくいわね。だったら、私の炎で燃え尽きてるはずよ」
耐久力が落ちたのなら、神域に達するメイの魔力の前に消失する。で、ないのであれば、水晶の封印力は健在。つまり封印が人為的に解かれたことを示していた。
「経年劣化が除外されるなら、残された答えは何者かが古の神の封印を解いた。か。そうなると、あの噂話が真実味を帯びるな」
ナルがため息混じりに呟いた。鞄から一枚の紙を取り出す。
「今度は何?その噂話ってのと関係あるの?」
「ああ。実は、お前に姫様からの指令を預かってきている」
「し、指令?こんな病み上がりに?」
「安心しろ。危険はない。だが、これは相当きついぞ」
驚嘆するメイの目の前で紙をひらめかせながら、ナルは意地悪な笑いを見せる。
「ほら自分の目で確かめろ」
指で弾かれた紙がメイの前に舞い降りた。すぐさま拾い上げると、顔を近づけて凝視する。
『指令
六姫聖メイ・カルナック 此度の失態、自身の慢心、油断により招いたものであり、恥ずべき醜態である。
六姫聖たる者、常に国民の目の下、毅然にして勇壮なる姿を示し、規範となるべき存在であらねばならない。
故に今後このような事態を招かぬために、六姫聖メイ・カルナックに学園都市ワイトシェル、レイセント学園への一ヶ月間の研修を命ずる。自身を見つめなおし克己、研鑽に努めよ。
また、この研修は下記の命と並行するものとする。
ルゼリオ王国 王女 シャロン・マ・ルゼリオ』
声に出して指令を読み上げると、メイは手を振るわせた。過剰に込められた力が紙を握りひしゃげさせる。
「まだ終わりじゃないぞ、下を見ろ」
「下?」
メイが視線を指令の下に移す。
『指令二
学園都市ワイトシェル内において、邪神サルデスを信仰する宗教団体『シアン教団』がその信徒を増加させつつある。上記の命と平行して、教団の調査を行え。なお、任務においては外部の者への協力の依頼を許可するものとする』
「サルデスを信仰する宗教団体?これが噂?そんなのがあるの?」
全文を読み上げたメイがナルに問いかける。
「私も宗教団体には詳しくないが、そうらしいな。それにしても、死の谷の封印とそこに封じられた邪神。そしてそれを崇める団体。これは偶然ではないだろう」
「そうね。これは疑わない方がどうかしてるわ。しょうがない。研修、甘んじて受け入れますか。ついでにその宗教団体も見つけてやるわよ」
あきらめたように、メイは肩で息をした。
「うむ、いい心がけだ。協力者の方は私が手はずをしておいた。明日の退院後、ギルドに向かうがいい。噂の男が待っているぞ」
ナルはそう言うと、パンケーキ最後のひとかけらをほおばった。
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