第68話 「消火完了」(バトル)
メイが炎を噴出させながら体を浮き上がらせた。周囲を取り巻く炎が収束し形を成して行く。
揺らめいているだけの炎が、手となり、足となり、人の形となる。
メイを中心として、炎の巨人が誕生した。身長は約五メートル程度。その姿に頭部はなく、胸に当たる箇所にメイは彫像のように胸を強調した姿勢で収まっていた。
「また姿を変えた。こんどはなんだ?」
「あれは力の殲滅形態。『ムスペルフォーム』だ。メイはその有り余る魔力を利用して、様々な形態をとることが出来る。あの姿は、その中でも最も乱雑な形態だ。気をつけろ、不規則に暴れまわるぞ」
警告するナルの言葉どおり、メイの操る巨人はその拳を振り下ろしてきた。
炎でありながら質量があるように地面を叩くと、焦げた大きな穴を開ける。
「!熱くない?」
拳を回避した瞬間、サイガはあることに気付いた。炎の熱量が低下しているのだ。
「気付いたか?どうやら、手に余るメイの魔力を使いこなせず、内側の魔が制御を見失い威力が落ちている。こうなれば、メイの意思とは無関係に威力は低下するだろう」
主以外がその力を使うことで、その結果が歪なものとなったのだ。先の展開を述べたところで、ナルはサイガに顔を向けた。
「サイガ、少し任せていいか?私に考えがある」
「わかった。時間は?」
「約五・・・いや三分で充分だ。やれるか?」
「ふっ、三分あれば倒してしまうかもな」
「そうしてくれると助かるな」
余裕の会話をかわし、ナルは後ろに下がった。そこにはフィーリアの姿ある。
「フィーリア君の力が必要だ」
接近するナルの手には空の魔法珠が握られていた。
「君の魔力が必要だ。この珠いっぱいに光魔法を詰め込んでくれ」
「は、はい!全力でやります!」
「うん、期待しているぞ」
「光栄です!」
信頼を込めた爽やかなナルの微笑みに、フィーリアの頬は紅潮する。
魔法珠をフィーリアに預けると、ナルはさらに魔法珠を三つ取り出す。それに自身の氷魔法を凝縮させ始めた。
「サイガ、加勢するよ!」
「私達で時間を稼ぎましょう。風の精霊さん、力を貸して」
セナとエィカが駆けつけてきた。メイの巨人を三角の陣形で包囲した。
「こうやって、三人だけで戦うのは久しぶりですね」
強い風がエィカの周りで踊り始める。
「そんじゃあ、私も強くなったところを見せてやるよ!」
戦鎚を頭上で振り回しながらセナも気合を入れる。
「では、ナルが来る前に片付けるとするか」
脅威の敵となる六姫聖を相手にしているとは思えないほど、三人に絶望感はなく、むしろ活気に包まれていた。
巨大な拳がセナに迫った。
炎でありながら質量を持つ右拳を、セナは戦鎚で打ち返す形で迎え撃つ。
「魔力じゃ到底かなわないけど、力なら負けないよ!」
拳を正面からとらえ、全力を込めて押し返した。
巨人の上体が大きく反る。
「そんでぇ、こっちだ!」
戦鎚を振る勢いを利用して体を回転させると、加速をのせた一撃を巨人の右脛部に叩き込んだ。炎の足が後方に向かって砕け散る。
のけぞった巨体につられて左足が地から離れた。
「このまま地面に叩きつけます!」
巨人の浮いた体に、エィカが風の精霊の力を借りて発生させた下降風で追い討ちをかけた。
しかし、地面に到達する前に、炎の巨体は分裂した。大小様々な大きさの複数の炎の玉に分散し上方に避難する。
炎の玉の群れが空中で静止した。サイガたちの様子を伺うように静かに揺らめく。
「来るぞ、避けろ!」
炎の動きを察知したサイガが警告を発した。直後、空中の玉は一斉に急降下を始めた。
着地と同時に、炎の玉は弾けて火の粉を散らしながら三人を炎で追いつめる。中には縦横無尽に飛び回り、直接ぶつかろうとする玉もある。
襲い繰る炎を回避しつつ、魔法剣の氷を発動させたサイガが天地の炎を瞬く間に連続で消滅させる。
セナとエィカも一つずつではあるが、確実に対処を進めた。
攻撃の手を逃れた玉が距離をとって集結した。再び人の形を成そうとするが、その姿は先ほどよりもかなり縮んでいた。
今や、炎の巨人の体躯は二メートルほどとなり、メイの魔力が尽きかけていることを示していた。
「はぁ、はぁ、ぐう・・・ぐああああああ!」
息を荒らしながらメイは苦し紛れの咆哮をあげた。最後の抵抗とばかりに巨人の体がその大きさを取り戻す。しかし、その炎は薄く、明らかに密度が低下していた。
「サイガ、準備は整ったこれを使え!」
ナルの美声が遠方から届いた。その美しく凛々しい響きと共に、ハチカンから撃ち出された三つの氷の魔法珠が音を超える速さで飛来し、メイを囲むように、サイガ、セナ、エィカの前で三角形を作って停止する。
「その魔法珠には私の魔法が封じてある。それをメイに向けて発動させろ!」
「応!」
「あいよ!」
「はい!」
サイガが、セナが、エィカが同時に魔法珠を叩く。メイに向けて、ナルの強力な氷魔法『万年氷獄牢』(まんねんひょうごくろう)が発動した。
三方からの氷の波が一瞬で炎の巨人を飲み込み消滅させ、メイの手足を氷の檻に拘束した。
「うぁあああああ!」
身動きのとれない体を左右に捻らせ、メイが抵抗をする。そこに、さらにナルから魔法珠が撃ち込まれる。フィーリアの光魔法が詰められた魔法珠だ。
氷の魔法珠同様に、光の魔法珠はメイのみぞおちの前で停止した。
「それは光の魔法珠だ。その中の光魔法をそこの馬鹿娘に叩きつけて、とりついている闇を打ち消せ!」
「承知した!」
サイガがメイの眼前へ正面から急接近した。右の掌底で光の魔法珠をみぞおちへ押し込む。
魔法珠から魔法が解き放たれ、メイの体内に光が流れ込む。
「ごぁああああああ!」
体内の闇が迫る光を押し返さんとメイの目、口、胸から滲み出し、抵抗を続ける。
「まだ抗うか、だったら、これで駄目押しだ!」
右の掌底に、サイガは左の掌底を重ねた。その手には、フィーリアのものには劣るがクロストで購入していた光の魔法珠があった。
「おれの精神力も乗せてやるぞ!これで消え去れぇえええええ!」
「あああああああ!」
サイガの精神に共鳴した光魔法がメイを貫いた。みぞおちから入った光が背から抜け、影が押し出された。影は骸骨の形となると、光に飲まれて塵となって消えた。
闇を払ったサイガの掌底の衝撃に、メイを拘束する氷が砕けた。手足が開放され、体は前に飛び出す。
メイはみぞおちを強かに打たれたため、意識を失っていた。全身は脱力し、無抵抗のまま空中の氷の牢獄から落下していた。
落ちるままに任せていたメイの体は、一足先に着地していたサイガの上に降りた。
「な・・・」
上方から迫る人影に気付いてサイガが顔を上げた直後、その顔をメイの豊満な胸が直撃した。
顔が埋没してしまいそうなほど柔和な塊に続いて、裸同然の全身が腕の中に飛び込んできた。咄嗟の出来事だったが、サイガの体幹はメイを受け止めてなお、揺らぐことはなかった。
気を失っているメイを抱えたまま、サイガはリンたちと合流した。腕の中で寝息を立てるメイの顔をナルが覗く。
「どうやら、こんどこそ憑いていたものは払えたようだな。まったく、手間をかけさせてくれ、る・・・」
事態の決着を見届けて緊張の糸が切れたのか、ナルが崩れ落ちた。意識こそ失ってはいないものの、メイ同様、魔力を使い果たし身動きがとれなくなっていた。
そこには、さらにナルにつられて、へたりこむセナやエィカ、フィーリア、そして捜索隊の面々の姿があった。
こうして、六姫聖メイ・カルナック捜索の任務は、最大級の魔力と相対するという絶望的な状況から、一人の死者も出すことなく終わりを迎えた。
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