第06話 「異世界」(ストーリー)
「あなたが本当に知りたいのは、ここが一体どこなのか?ということでしょう?」
村長の核心をついた言葉に、サイガの体が警戒で硬直する。二人の間に沈黙が訪れた。
「そう気を張る必要はありません」
言い聞かせるようにサイガに右手をかざし、村長が沈黙を破る。
「実は初めてではないのです。あなたのような方は」
「初めてではない?それは一体どういうことです?」
村長が言うには、今から二十年ほど前から、世の常を知らぬ謎の者が突如として現れる現象が、国内の各地で起こり始めた。その者達は一様にして、言葉は通じるが世界の常識である地名、加護などを知らず、見慣れぬ面相と服装をしており、それらはひとまとめに『異邦人』と呼ばれていた。
しかしそれは、この国の中央の政治にかかわる一部の者たちの中で知られることで、市井の間では都市伝説のようなものとして噂されていた。
「なるほど。それでは、加護について訊ねた時点で自分の正体に・・・」
「大方、察しは着いておりました」
「しかし村長殿は、何故その異邦人のことをご存知なのですか?中央の政治に関わるものしか、知りえない話なのでは?」
「・・・それは・・・」
サイガの当然の質問に、村長は少し間をおいて口を開いた。そこから語られたのは、村長ロルフの来歴だった。
今から二十年前、ロルフはルゼリオ王国の王都フォレスで内政の長官を務めていた。
そんな折、国内に出身地不明の外国人が出没するという事象の報告を受け、調査を行った。
そして、数人の謎の外国人と接触し確認することが出来たのは、皆一様にして、国単位ではなく周辺諸国において共通する一般的な知識や習慣といった、常識的なものが一切、身についていないということだった。
ロルフは数ヶ月にわたって、調査や当人たちへの尋問を行った結果、その外国人たちを別の世界の人間と結論付けた。
もちろん短絡的な推論ではなく、多くの情報を踏まえた、熟考の結果だった。
「では、村長殿はかつて内務長官として、国政の中枢に携わっておられたんですね。だから異邦人の情報を知りえたと。そしてここは、やはり私の知る世界ではなく、いわゆる異世界になる・・・」
先ほどまでの疑惑と、村長の情報をすり合わせて至ったサイガの結論に、村長は静かにうなずいた。
「・・・サイガ殿は、元の世界への帰還をお望みですかな?」
「現状が望んでのことではありませぬゆえ、出来ることならば。」
村長の問いに含むものを感じながら、サイガは答えた。
「・・・困難な道になりますぞ」
「それはどういうことですか?」
村長は歯切れの悪い言葉で、長官時代の話を続けた。
異邦人達の調査結果をまとめ、その報告を国王へとあげようとした矢先、ロルフに汚職の疑いの話が持ち上がった。
それはロルフにとって寝耳に水の濡れ衣だったのだが、ロルフ本人の主張は一切聞き入れられず、王から下された沙汰は、内務長官の任を解きハーヴェの村長に任命するというものだった。それはわずか三日の出来事だった。
「それは陰謀ではありませんか?いくらなんでも疑惑に対して話が急すぎます。まるで最初から解任が目的のような・・・」
「おそらくそうでしょう。異邦人の件を王に知られては、公のものにされては都合の悪い人間がいるのでしょう」
「しかもそれは内務長官の不正をでっち上げ、速やかに罷免を突きつけられるだけの権力を有する立場のもの」
「つまり、異邦人に関する事柄の詳細を知ろうとすれば、否応なく権力と対峙することになる。ということです」
村長の言葉を受け、サイガが察し、つなぐかたちで会話を続けた。
「しかしサイガどの、ずいぶんとお察しがよろしいですな。まるでこのような話、初めてではないという風ですな」
「ええ、あまり大声で言えることではありませんが、元の世界では権力を振りかざす立場の者達と触れ合っておりました」
「なるほど、裏を知る方でしたか。どうやら、あなたを信じて話をした私の目に狂いはなかったようですな。あなたにならば、私の宿願を託すことが出来る。少しお待ちください」
村長が席を立ち、その姿を書斎へ消した。数分後、戻った村長の手には、小さな手のひら大の辞書のようなものが握られていた。
「これは『魔録書』ともうします。魔力を使って、本の質量以上の情報を入力し、その内容を頭への直接の言葉や画像として出力できる魔道具です。これより一週間を使い、私の持ちえるこの世界と異邦人の情報と知識の全てを入力し、お渡しいたしましょう」
魔力を使って情報を入力するという村長の言葉が、一層この世界がサイガの世界と異なる文化、進歩をした世界だと教えてくれた。
「そんな便利な道具が。しかし、そんな道具なら貴重なものでしょう、よろしいのですか?」
「ええ。内務長官の任を解かれて以来、私は、あなたのような方が現れたときのために、異邦人に関わる情報を出来る限り集めてまいりました」
「私のような者、ですか?」
「そうです。知性、体躯、経験。それらを高い水準で持つ異邦人の方。正にあなたなのです。それに、ガロックを一刀のもとに屠り去る技術ももちろんですが」
「そこまで見抜いておられましたか」
「セナでは、あんな鮮やかな切り口にはなりません」
村長の冗談に二人は軽く笑って、このやり取りを締めくくった。