第64話 「神を滅する聖火」(バトル)
巻き上がる轟炎が黒い霧と衝突した。
炎が正面から押せば、霧は広がり炎を包み込む。包まれた炎は膨張し霧を散らす。散った霧は一本の槍へと姿を変えて炎ごとメイを貫こうと直進する。メイは黒い槍を炎の槍『スザクビーク』で正面から迎え撃ち相殺した。
メイが人差し指と中指をそろえて立てて、前に突き出した。指に炎が宿り、指から離れて燃え盛る円盤へと変形した。数は四、メイの周囲を遊ぶように飛び回る。
「プロミネンスソーサー。あいつを切り刻め!」
四つの円盤が四方から襲い掛かった。濃く深い霧は円盤が斬り込むたびに分断され、小さくなっていく。
霧が全て晴れると、人影が現れた。
「へぇそんな顔してんだ」
メイが目にしたのはサルデスの姿だった。
その風貌は、ミイラのような干からびた人間に聖職者の法衣を纏い、蝙蝠を模した冠をかぶり骸骨で組んだ玉座に腰を下ろしていた。手にした金の杯には血が満たされ、炎を映す。
「瘴気の霧を何度も払い、我と拮抗するか・・・女、貴様の魔力、神域に達しておるな。面白いますます我が贄にふさわしい」
玉座が浮かび上がった。サルデスが侵攻を開始する。
上昇するサルデスの、眼球のない眼窩から、一匹の腐った蛇が飛び出した。死に達する毒を与え、その魂を主へと捧げるサルデスの従魔『枷蛇』(かじゃ)だ。
開いた口にプロミネンスソーサーが飛び込み、枷蛇を横一文字に両断した。
切断面から毒液が飛び散るとソーサーにかかり、共に消滅した。毒が高温の炎を殺したのだ。
従魔の毒は万物を殺し、一滴でも浴びればその魂を捕らえる。神話で伝えらえれる通りの光景に、メイの背を冷や汗が流れる。
「さっすが神様、えげつないの使ってくるわね」
ソーサーで攻撃を捌きながらサルデスを牽制をして、メイは攻撃を回避する。牽制と回避どちらか一方を怠れば、その魔手は即座に命に及ぶだろう。緊張の隙を互いにうかがいあう。
「枷蛇を退けるか。よいな。ならば、貴様には我が名の下に気高き死をくれてやろう」
サルデスが骨と皮だけの右手を掲げると、玉座の後方に同じ手が現れた。だが、一つだけ違いがある。それは人一人程度なら全身を鷲づかみに出来るほどの大きさだということだ。
『崇高なる右手』が、体を捕らえ魂を直に喰らおうと、指を躍らせてメイを追い回す。
「冗談じゃないわよ。従魔であんだけヤバイ効果ってことは、本体の攻撃なんて絶対即死不可避じゃない」
狭い断崖の狭間を飛び回って避けながら、メイはサルデスの危険性を理解した。
魔力で防膜を張っていはいるものの、高位の者のみが持ちえる命を脅かす感覚は肌に到達していたのだ。
回避行動に耐えかねてメイは上昇した。優位性をとるために地上へと戦場を移そうという目論見だ。
「逃がすか」
「しつっこい!」
追撃する右手に、サラマンダースタンプが浴びせられた。超高温のシャワーに、右手は拳状になって防御形態をとる。
動きの止まった隙を突いてメイは上昇を再開させた。
「小癪な」
サルデスも追撃を再開した。
間欠泉のような勢いでメイは谷から飛び出した。すぐに反転し谷に向き直ると、全身に多くの炎の文様が浮き上がり、魔力の流れが生じ、それをイグニフォームへ送る。
イグニフォームの形状が変化した。背後の日輪が広がり輝き、後光のような六枚の羽を展開する。羽衣は衣状から炎の龍となって体に巻きつき、小手と具足は火柱を上げる。
全身の炎はさらに熱を増して発光するとメイは地上の太陽と成った。
イグニフォームの炎と浄化の力を極限まで高めた形態、アマテラスフォームだ。
「でっかい手を使うのはあんただけじゃないよ!」
メイの後方に光の拳が現れた。それはサルデスの手よりも一回り大きい。
「な、なんだと!その魔力量、人間が我を上回るだと・・・」
光の拳にサルデスは驚愕する。拳は魔力量もさることながら、炎だけではなくサルデスの闇と相反する光の属性まで兼ねていたのだ。
「目覚めたばっかのところ悪いけどさぁ、もう一回、地の底で眠ってな!ゴッドフィストォォ・・・」
メイが大きく振りかぶる。拳も合わせて力を溜めるように後ろに下がる。
「サンセットフィニィィィィィッシュ!」
黄金のように輝く拳が振り下ろされた。太陽の落下を錯覚させるほどの光が死の谷を明るく照らしていく。その下には光の魔力により圧倒され、抵抗むなしく地に押し込まれる神の姿があった。
「おおおおおお、おのれぇええええええ!女ぁぁぁぁ・・・」
谷の奥底にサルデスと光の拳が消えていった。数秒後、谷底から光が昇ってきた。拳が爆発し、サルデスに最後の一撃を放ったのだ。
「ふぅ・・・危なかったぁ。久々に本気出したわ」
メイは額に浮き出た汗をぬぐうと、アマテラスフォームを解除した。
光の拳の残滓で煌々と照らされる谷底にメイは降り立った。爆心地は大きくえぐれているが、その中心には何もない。サルデスは消滅していた。
「さーて、封印されていたってことは・・・やっぱり」
谷底には横穴があり、そこは明らかな人口物の祭壇が作られていた。
予測どおりの祭壇の存在を確認したメイは、地上からシュミット連れてくると調査に入った。
「おそらく、あの神が封印されていたのはこれですね」
シュミットは祭壇の上に置かれていたヒビの入った大きな水晶玉を手に取った。
「へぇ、構造は魔法珠と同じ物みたいね。大きい分、容量も多いってことなのかな?」
反対側からメイが玉を覗き込む。
「考え方は同じでしょうね。ただ、もう少し複雑なつくりのようですが、もし、神の時代の遺物なら大発見ですよこれは」
興奮気味にシュミットは答えた。
「たしかに、これにさっきのサルデスが封印されてたってんなら、神を封じられるってことだもんね。てことは神器ってことか」
「そういうことです」
二人はさらに水晶をまじまじと見つめる。そのとき。
「神を侮るなよ・・・女・・・」
水晶玉からサルデスの声が響いた。
咄嗟にメイが身構えたが、玉から衝撃波が発生すると二人の体を吹き飛ばした。シュミットは頭を打ち付けて気絶した。
メイは衝撃で後退する。
黒い霧が水晶玉から溢れ出た。霧は手の形となりメイの首を掴む。
「しまった、近づきすぎた。こいつ、まだ・・・」
「か、神が・・・人間、ごと、きに・・・討たれるもの・・・か・・・その、体さえ・・・あれば・・・」
さらに多くの霧が発生した。メイの全身は瞬く間に包まれる。
霧は重たく、メイの手足の動きを鈍らせる。さらに魔力にも絡みつき浄化の力を抑制してきた。
「だ、ダメ・・・中に入ってきてる・・・このままじゃ乗っ取られる。仕方ないけど・・・」
絶望的な状況にメイはシュミットの救出を優先させた。
シュミットに向けて手をかざすと、魔力の玉で包み込み谷の外へと送った。
「観念して、せめて逃がしたか・・・女」
サルデスの声がメイの頭に響く。
「冗談、言ってんじゃないわよ・・・巻き添えにしないためよ」
「なんだと?」
「私の魔力を限界まで燃やしてあんたを消滅させてやるわ。熱量がとんでもなくなりそうだから、このあたり一帯、炭になるかもね」
「馬鹿な、この状況でそんなことが・・・」
「考え無しに私の内側に来たのが、あんたの浅はかさよ。はぁぁぁぁぁ」
メイの命と魔力が混ざり、体内に熱が生じ始めた。
百度、千度、一万度とさらに温度は上がり続け、それだけの熱量をメイの体の中だけで巡らせる。
サルデスがたまらず絶叫を上げた。逃げ出そうと足掻くが、魔力が体の内外を断絶し、脱出はかなわない。
「これ、自爆技だからさ、流石に名前は付けてないんだわ。じゃあね」
絶望の悲鳴が徐々に薄れ、炎の中に消えた。同時に霧が散り、魔力を極限まで消費したメイは膝を付いて仰向けに倒れた。
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