第63話 「六姫聖 魔炎メイ・カルナック」(ストーリー)
「うっわ~、見事に瘴気まみれじゃない。あれ絶対ヤバイのいるわよ」
望遠鏡を使い、遠方の丘の上から『死の谷』と呼ばれる場所を観察し、真紅の髪色の六姫聖のメイ・カルナックは諦めのようなため息を漏らした。
ここは、中央都市グランドルと交易都市クロストの間に位置する『学園都市ワイトシェル』の北に二十キロの位置に存在する『死の谷』。
死の谷は木々の生い茂る森の中に突如として現れる。北東から南西に向けて爪で裂いたような形の縦長の穴で、全長は一キロにも及ぶ。その深さは太陽が真上にあろうとも底を見ることがかなわないほど深く、かつて『生と死を司る神サルデス』が神々の戦の際に振り下ろした『死の剣』が地を割いて出来たといわれることから、『死の谷』と呼ばれている。
六姫聖のメイ・カルナックは死の谷に異変が発生しているという報告を受け、その調査に来ていたのだ。
「やっぱり死の谷に良くないものが封印されてるって伝説は本当なんですかね?」
メイに後方から男が語りかけた。男の名はシュミット、学園都市ワイトシェルの『レイセント学園』の教師だ。今回、メイが死の谷の調査を行うと聞きつけ、休日返上でその助手に名乗り出た物好きだ。
「あの瘴気の量を見ちゃうと、御伽噺で片付けられないわね。ごめんね、ちょっと厄介な案件になりそう」
「いえいえ、お気になさらないでください。私が志願したんですから。それに、六姫聖の仕事を間近で見られる機会なんてそうそうないですから、ありがたいぐらいですよ」
シュミットの奇特な考えに「ははは」と軽く笑ってメイは返した。
「それじゃあ、遠くで見てても埒があかないから、直接確認してくるわ。観察記録お願いね」
「かしこまりました」
メイは望遠鏡をシュミットに渡すと、精神を集中させた。顔に炎をかたどった文様が浮かび上がり、全身を纏っていたローブが一瞬で炎に包まれ消える。
六姫聖メイ・カルナックは炎の魔法を操る。そしてその威力、魔力量はルゼリオ王国一であり、最高到達温度は計測不可能といわれている。知りえるのは本人のみだ。そのことから、メイは『魔炎』の二つ名で呼ばれている。今回の任務にメイが選ばれたのも、死の谷の未確認の瘴気の原因に、無知の状態からでも十二分に対抗しうる可能性のある戦力だからだ。
ローブが消え、メイは戦闘服を纏った姿になった。
「え?え?え?な、なんですか、その服?」
その姿を目の当たりにして、シュミットは戸惑い目をそらした。
メイは炎の魔法を操る代償により、常に体が熱を持ち続けている。そのため、局部さえ隠れていればいいという発想のもと、極限まで肌を露出し放熱を促す構造をしている。言ってしまえば、裸同然なのだ。
「あ、ごめん。言ってなかったわね。私の戦闘服ちょっと刺激が強いから」
シュミットは必死に目をそらした。刺激が強いのは服のせいだけではない。メイは胸も尻も大きく、その体は女性的な魅力が強すぎるのだ。それが裸同然の姿で目の前にあれば、常識的な人間なら直視は出来ない。
「ちょっとどころじゃないですよ。いいですから、早く行ってください」
「はいはい、ごめんごめん。そんじゃ、いきますか。アグニフォーム!」
顔だけではなく、全身に炎をかたどった文様が浮かび上がった。体を炎が囲み、背には日輪のような輪を作り、足には具足、腕には小手、首周りには天女の羽衣を形作る。浄化の力を備えたメイの戦闘形態アグニフォームだ。炎の衣を纏ったが、それでも露出は多い。
「じゃ、よろしくね」
そう軽く言うと、メイは炎の力で舞い上がった。当然、シュミットを巻き込まないよう、その規模は飛翔に必要な量と範囲に調節されている。
死の谷に近づいた。谷の縁には、湧き上がる瘴気が表面張力でとどまる水のように揺らいでいた。
「うーん、何も見えないなぁ。ちょっと払うか。ブリギッドブレス!」
右手を内から外へ払うと、浄化の熱風が溢れる瘴気を焼いた。炎と共に瘴気は宙へと消えて、谷がその姿を見せる。
「よーし、消えた消えた」
瘴気が払われた穴をメイは覗き込んだ。そこは、昼間でありながら、蓋をされインクで染められたように黒一色だった。
「うそ、暗すぎじゃない?もう、しょうがないなぁ」
指先に小さな火を生じさせると、強い光を放つように調節し、穴に放り込んだ。穴の中に浮かぶ光源は黒に支配された深淵を照らす。そこは何の変哲もない垂直の谷だった。
「見た限りじゃ何もないわね。気は進まないけど、底の方までいくか。ねぇシュミットさん、地表近くは大丈・・・」
「大丈夫」そう呼びかけようとしたメイの下方から、黒い霧が高速で湧き上がり足に絡みついた。それには質感があり、触手のようななまめかしさと不快感があった。
「げ、なにこいつ!?気持ち悪いわね、触んじゃないわよ!サラマンダースタンプ!」
足首から下方に向かって、拡散した炎が放たれた。その光景は、技の名前の通り巨大な足で踏みつけているように見える。
「ごめん、やっぱだめ!すぐに身を隠して!」
様子を伺っていたシュミットにメイは避難を呼びかける。警告を言い終わると同時に、さらに黒い霧がメイを包んだ。
質感のある霧が全身を這い回り、嬲るように纏わりつく。足に胸に背中に顔に、露出した肌を舐め回す。
「あああああ!まっじで気色悪い。ふっざけんなぁああああ!」
霧の意思を持つかのような陰湿な嬲りに、メイは怒りを爆発させた。爆発に似た炎を発し、霧を焼き、散らした。
「はぁはぁはぁ・・・いい加減にしなさいよ!この変態!そこにいるのは解ってんのよ、正体見せろ!」
メイは谷の底、霧によって黒く染まった深淵に叫んだ。魔力の索敵によって霧の発生源を特定したのだ。
「私に手を出したことを後悔しなさい、この変態野郎!フラカンハリケーン!」
谷底に向けられたメイの両掌から、太陽を思わせるほどの明るさの炎の竜巻が放たれた。
黒い霧が晴れ、同時に穴の全貌が照らされた。そこに現れたのは、谷底全域を埋めるほど巨大な一つの頭骸骨だった。
頭骸骨は谷底からメイに向けて大きく口を開いていた。
怒りに興奮していたメイもその姿に冷静さを取り戻す。
「な、なに・・・あいつ?まさか、あれが封印されてるってやつ?あれじゃあ、まるで・・・」
「生と死を司る神、サルデスか?」
谷底の頭骸骨が語りかけてきた。その声は重く暗く、心を乱暴に鷲づかみするような、本能に訴える不気味さがあった。
「女、その命、我に捧げよ」
頭骸骨の口から、さらに黒い霧が発生した。一直線にメイに向かって上昇してくる。
咄嗟に、前方に炎の壁『カカ・ウォール』を発生させ、霧を弾いた。
「ふざけんじゃないわよ!神だかなんだか知らないけど、わけもわかんないやつに命なんてやれるわけないでしょ!覚悟しなさい、封印どころか灰にしてやるわ!」
メイの宣言と共にアグニフォームの炎がさらに燃え上がった。先ほどの瘴気に換わって炎が死の谷を埋め尽くした。
最高峰の炎の力と、生と死を司る神がその命を巡って対峙した。
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