第60話 「決戦・後編」(バトル)
逃走劇が始まり、数百メートルほど走ったところで、道が狭まる箇所に二騎が入った。当然ギドンもそれに続く。
「ギドンが道に入った。やってくれ!」
ライオネスが叫んだ。隠れて詠唱をしていた魔道士が道に出て魔法を発動させた。
「堅牢なる壁よ、今一時、彼の者の道を妨げよ『突貫の隆壁』」(とっかんのりゅうへき)
ギドンの進行方向の左右に、突き上がるように土の壁が現れた。体が壁にぶつかり、進行を妨げられる。
「ガァアアアア!ガァアアアアアア!」
わずらわしい土壁に対し怒りの絶叫を上げ、ギドンは両腕を広げて土壁に腕の爪を突きたてた。巨大アントの腕力はすさまじく、壁を容易く崩していく。
「その動き、待ってましたわ!」
ギドンの後方にリンとセナが現れた。リンの両手には一本ずつ太い鎖が握られ、ギドンに向けて放たれた。
二本の太い鎖が一本ずつ左右に放たれ、左右の腕をそれぞれ二本ずつ束ね巻きつき拘束する。
「セナ、左を持って!」
「あいよ!」
リンが右腕二本に巻きついた鎖を。セナが左の鎖を掴み後方に引く。巨体の怪物と力自慢二人の力比べが始まった。
「うぉおおおおおおおお!」
鎖を体に巻きつけ、深く腰を落とし、己自身を重石としながらリンは歯を食いしばる。
「だぁりゃああああああ!」
セナも負けじと力の加護を全力で発動させて、気合の絶叫を上げる。
ギドンの強靭な四本の腕が意思と反して後方に向かい始めた。両腕が大きく開く。
「今よぉおお!壁を引いてぇええ!」
リンが叫ぶ。魔道士が土壁を解除した。
壁が消えた市道には、鎖に引かれ両手を広げて胸を突き出す姿勢のギドンが残された。
「次はあっしだ。この技はきついぜ!」
ギドンの正面にリュウカンが躍り出た。足にのみ嵐鎧を纏い飛翔する、リュウカンの狙いは抜骨術だ。
リュウカンの背筋がうねりをあげる。発生した力が背、腕を伝い、両の掌に集結した。二つの掌が前に突き出た。
「その邪魔な胸の骨、取っ払わせてもらうぜ!」
渾身の抜骨術が、胸の外骨格に打ち込まれる。
「・・・・・・」
数秒間、沈黙が訪れた。
「ギャアアアアアアア!」
ギドンが叫んだ。その胸部は激しく踊るようにうねっていた。
抜骨術によって、外骨格の下の筋肉が意思に反して暴れまわっているのだ。
「どうだい、外道過ぎて人間にゃあ使えねぇ技だ。よく味わってくんな」
リュウカンが放ったのは、抜骨術において外法と呼ばれる技。その名も『外法の一 内爆』(うちはぜ)。筋肉を暴走させて内部から爆発させる外道の技だ。
苦痛の中でギドンが大口を開けた。口腔が地に向かって降下するリュウカンを向く。
「?なんだ?」
口から黒紫色の煙の塊が吐き出された。毒の息だ。
「しまっ・・・」
毒息がリュウカンを直撃して体を包んだ。麻痺した体が頭から地面に落ちる。
頭が地面に到達する直前、黒い影がリュウカン下に入り込み命を救った。黒い影はサイガだった。
「よくやってくれた、後は任せろ。おれが終わらせる」
「た、たのんますぜ、旦那」
毒にしびれた体で何とか立ち上がり、リュウカンは退いた。
「ギギュエエエエエエエエエ!」
ギドンが一層大きく、聞くに堪えない悲鳴を上げた。胸の外骨格が激しく揺れ、上下左右にと暴れる。
外骨格が胸筋から剥離しながら弾けとんだ。内爆に耐えられなくなった肉と外骨格が最後を迎えたのだ。
強固な外骨格を失い、胸の肉が露出する。
リンの拳すら跳ね返す鎧が失われ、刃の通る箇所が現れた。サイガが誕生した唯一の急所に向かって跳躍する。
サイガは正面から斬りかかった。
ギドンの腕は拘束され、急所は露になり、攻撃に対して無防備となっている。それでも最後の足掻きを止めない。
再びギドンの口が開いた。毒息を吐くつもりだ。
「それはさっき見た。そんなものをむざむざ喰らうと思っているのか?」
迎撃のために開かれた口の中に、サイガは皮袋を投げ込んだ。中身ははち切れんばかりに詰め込まれた爆薬。そして、発動までの秒読みが終わりつつある火の魔法珠だった。
毒息が出るより早く爆薬入りの皮袋が轟音を立てて炸裂した。
爆発によりギドンの顔は下半分が失われた。器官がつぶれたのか、毒も吐き出せずに首を振り足掻く。
忍者刀の斬撃が胸部に走った。鋭く鮮やかな一撃。だが、ギドンの筋繊維は想像以上に堅強、切り傷程度にとどまった。
「肉まで硬いのか。だったら、何度もやるまでだ!」
しぶとい肉体に直面して、サイガが『無』の状態を発動させた。
サイガが用いる『無』の状態。それは、感情、思考、理性などの人が人たらしめるものを全て排除し、経験で培った技術を体の赴くままに繰り出させる状態だ。発動のために要求されるのは己を殺す精神力と、機械よりも正確無比な技術だ。
胸の筋繊維を切り裂くため、連続で斬撃が繰り出された。その数、一秒間に十。
忍者刀の一撃は浅いものの、それも繰り返せば太刀の一撃にも勝る。数秒間浴びせ続けた斬撃により、胸部の筋肉は切り開かれ、心臓部が露出した。その大きさは、サイガが『無』の状態でなければ驚愕していただろう、うずくまった姿勢の成人男性ほどの規模だった。
サイガが魔法剣を抜いた。右に忍者刀、左に魔法剣。二刀の構えをとる。
再び斬撃が始まった。標的は体躯に見合った巨大な心臓。さらに心臓は筋肉の塊、その弾力は胸筋以上だ。
だが、今度は二刀。単純に二倍の火力に加え、魔法剣には風の魔法珠が付けられていた。
二振りの剣に風魔法が加勢し、一秒で五十の斬撃を実現する。さらに『無』の状態は身体能力を時間と共に向上させ、秒を重ねるごとに斬撃の量と速さを増していた。
「魔術忍法 風爪微塵・果無」(ふうそうむじん・はてなし)
サイガの斬撃は最終的に十秒間で約千五百にも及んだ。めまぐるしく繰り出されるそれは、心臓を正面から徐々に削る。
己の命を徐々に侵食していく無数の刃を、ギドンは身動きでぬままに凝視していた。
「ガガ・・・グ、ギ、グゴゴゴ・・・ギィイイイイイ」
爆薬で声帯を損傷したため悲鳴すら満足に上げることもかなわず、ギドンは迫り来る死を激痛と共に実感していた。
「一、百、五百、千、千五百、二千、二千五百・・・」
呟くほどの声量で無感情にサイガは斬撃の数を数えていた。しかし、その声は唯一ギドンの耳にだけ届く。
積み上げられる斬撃の実績は死へのカウントダウンとなって、ギドンの心臓のみならず精神も削り続けていた。
一分後、サイガの動きが止まった。その時点で体はギドンの体内の深く、奥まで踏み込んでいた。
ギドンの心臓は微塵に切り刻まれ、完全に消失した。
サイガの足元には心臓だった肉片が散らばり、行き先を失った静脈の血液が流れ出続けていた。
ぽっかりと空いた胸の穴から、サイガが飛び出した。音もなく着地すると『無』の状態を解く。
その姿を確認してリンとセナが鎖から手を放す。
動力源を失ったギドンの巨体が前へ傾く。静かに時間をかけて膝から順に崩れると、地震を思わせる振動を発しながら地面に倒れる。胸の穴からは血液が流れ出し赤黒い池を作った。
「終わった・・・のか?」
「ああ、心臓を粉微塵に刻んだ。間違いなく死んでいる」
問いかけるライオネスに返り血で全身を染めたサイガが平然と答えた。
こうして、魔物へと変異を遂げたギドンの死をもって、交易都市クロストの動乱は幕を閉じた。
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