第58話 「決戦・前編」(バトル)
「ところでみんな、リンを見ていないか?南区のアントを片付けるという通信以来、音沙汰がないのだが・・・」
ライオネスがアントの討伐作戦を次の段階に移すため、妹の行方を混成部隊の面々に尋ねたそのとき、ライオネスの背後、南区の建物に何かが爆音を立てて墜落した。
全員が一斉に墜落地点に注目する。土煙がおさまり、墜落した物体が姿を見せる。それを目にしたとき、ライオネスは絶叫した。
「リン!」
建物の瓦礫の中には、リン姿があった。頭から血を流し、深手を負っていた。
「リン、どうした?なにがあった?」
妹の痛々しい姿に、たまらずライオネスが駆け寄る。
だが、以外というかやはりというか、リンは平然と起き上がると頭を振って土埃を払った。
「お兄様、心配は無用ですわ。少し面食らった隙を衝かれただけですの」
「面食らった?一体何があった?」
油断したとはいえ、六姫聖で暴風と呼ばれる妹を吹き飛ばす。ただ事ではないと考えていた。
「あれ。ですわ」
「なに?」
リンが正面の上方を指差した。その方向に視線を向けた直後、ライオネスは絶句し硬直した。
中央道の方面からは影となるそこには、三階建ての建物よりも巨大な体躯を誇るアントの姿があった。四本の腕に四本の足。目算で十メートルはあるだろう。その巨体はあまりにも威圧感を放っていた。
巨躯のアントの正体はギドンだった。
ギドンは屋敷を飛び出すと、市内を北上した。その道中、部下である元冒険者達を捕食し栄養源とした。
人間、アントと問わずギドンはむさぼった。結果、体はその欲望を体現するかのように巨大化し、規格外のものへと変貌を遂げたのだ。
「まさか、こいつが親玉か?」
「おそらくそうですわ。こいつを守り従うように、アントが群がってますの。しかもあれをご覧ください」
リンはライオネスの視線を上に促した。
その顔は、巨大な体に気をとられて今まで目に入っていなかったが、ライオネスには見覚えがあった。アントの首から上は人間の顔だったのだ。
「な、何だあれは・・・?まさか・・・ギドン・・・か?」
ライオネスの言葉どおり、巨大なアントの首からに上にあったのは南区の成金、ギドンの顔だった。
アントの体に人間の顔。目は人間のそれではなく複眼になり、口には不ぞろいの牙を生やす。そのあまりにも醜悪な姿に嫌悪感が全身を駆け巡る。
「リン無事か?どうした、何を見ている?」
リンの元へサイガを初めとした、混成部隊の主戦力の面々が駆け寄ってきて、二人の視線の先のアントを目にした。
「げぇっ、なんだいあれ?気色悪い!」
真っ先に感想を述べたのはセナだった。それに全員が同意した。
これまで、アントと人間が混ざり合った個体はいくつか目にしてきたが、ギドンはそのどれとも違う醜さを誇っていたのだ。
「みんな、見ての通り、おそらくこいつはギドンが変化したアント。そして今回の騒動の首魁だ。つまり・・・」
「こいつを倒せば終わる。ということだな」
ライオネスが発し、皆が受け取り、サイガが応えた。その手が全身に隠された武器を確かめる。
決意と共に全員の意識と視線がギドンへと集まる。
「皆、覚悟はいいか!臆するな。倒すべきは、クロストを混乱に陥れた大悪ゲドン!いくぞ!」
サイガが戦意高揚を促し、異口同音に皆が「応!」と返す。
雌雄を決するべく、全員が躍り出た。
「守りの力よ、彼の者たちの身を包みたまえ。『光の衣』」
魔道士の上級冒険者フィーリアの物理・魔法に対する防壁を張る補助魔法が、皆にいきわたる。
「周辺の雑魚は我々混成部隊で駆逐する。サイガ殿、ギドンは任せた。歩兵、騎兵、共に突撃しろ!」
ライオネスが混成部隊を率いてアントの群れを抑えた。護衛の層が分断され、親玉への道が開く。
ギドンが前進を始めた。一歩一歩と進むたびに、杭のような足が地に叩きつけられクロストを揺らす。
混成部隊が引き受けてはいるものの、それでも数匹のアントがギドンを狙う主力舞台の前に立ちはだかる。
「邪魔だ!」
同時に声を発したリンとリュウカンの同時の蹴りが、それぞれの標的のアントの首をちぎり飛ばした。
「ちょと、あなた、何故ここにいますの?留置所じゃなくって?」
「姐さん、今だけは目をつぶってくだせぇ。誓って皆さんの仇になる真似はしやせん。あっしはただ・・・」
「ふふ、冗談ですわ。あなたの技、頼りにしてますわよ」
ライオネス同様にリンはリュウカンの心中を察していた。拳を交えた相手として、想いが通じていたのだ。
「お任せくだせぇ、あっしの技で一匹残らずバラバラにしてやりやしょう」
二人は前を向いて拳を繰り出した。
セナが跳びあがった。降下と同時に振り下ろした戦鎚がアントを頭から足元まで平たく圧縮する。
エィカが無言で矢を射る。同時に二本放たれた矢は、二匹の眉間を貫いた。
「やるじゃないか」
その見事な弓術にセナが賛辞を送るが、エィカは黙って頷いて目をそらした。
戦鎚を振り下ろし前傾をなったセナに、三匹のアントが取り囲み、槍を突き出してきた。
「それで距離をとったつもりかい?甘いよ!」
戦鎚を握る手に力を込める。それを受けて、戦鎚の柄が伸びた。
「油断すんなっつってんの!」
セナが横方向に回転した。戦鎚が一匹を押し出し、二匹目を巻き込む。重なった二匹に三匹目が加わり、三匹はまとめてセナに飛ばされ壁に叩きつけられた。三匹はそろって体液で壁に命の模様を描いた。
セナの戦闘に関する成長は著しく、避難所への護衛の際に数匹のアントと交戦しただけで戦鎚の扱いの感覚を掴んでいた。
「足、いただくよ!」
護衛のアントを蹴散らしギドンへの道を確保したセナは、真っ先にその巨体の足元へと駆け込んだ。
狙うのは四本の足の一番前。言葉どおり出足をくじこうと、戦鎚を振りかぶり、横殴りに仕掛ける。戦鎚が人間で言うところの脛の位置に直撃した。
セナは外骨格を砕いた。と思った。しかし、その思いは強烈な金属音によって否定された。
戦鎚が同じ軌道を往復して戻ってきた。
あまりにも強固なギドンの外骨格は、セナの力の加護が作用した戦鎚でさえも無傷で跳ね返したのだ。
初めての体験に、セナはバランスを崩し二、三歩下がる。
「堅ったぁ!なんだい、こいつ」
戸惑いと怒りを込めて、跳ね返した箇所を睨む。
「セナ、危ない!上だ!」
サイガが叫んだ。セナが上を見る。
ギドンの巨大な左手が、セナを押しつぶそうと急降下してきていた。
思考が追いつかぬまま、戦鎚を上方へ全力で振り上げる。
またしても激しい金属音が鳴り、ギドンの掌が退けられた。
しかし、相打ちとはいかなかった。発生した衝撃でセナは仰向けに倒れてしまった。すぐさま体を起こそうと地面に手を着くが、ギドンの足が全身を押さえつけた。
巨体が全体重を一人の体に乗せる。
セナは咄嗟に全身に力の加護を発動させ、過重に抗った。
だが、いかに力の加護が働いたといえども、体型が一般的なセナでは限界がある。ギドンの体重は内臓にまで負荷を与え続けていた。
「が・・・ああ・・・ぎゃあああああああ!」
セナの顔が苦痛に歪む。骨が軋み、肉が裂ける音がする。
ギドンの体がわずかに揺れた。セナの上の左前足が浮き上がる。
苦痛の中にありながら、セナは力の加護を使い超重量の巨体を押し返したのだ。
「なめるなぁあああああ!」
両手が伸びた。セナはギドンに押し勝った。
巨体が一歩後退する。
「セナ、脱出しろ!」
「・・・・・・」
サイガが叫ぶが反応がない。力を使い果たし、指一本動かせずにいるのだ。
再びギドンが足を上げた。セナに狙いを定める。
サイガとリンが動いた。
炸薬入りの煙玉が投じられ、ギドンの眼前で爆ぜる。
ひるんだところにリンが飛び込み、胸に強烈な大振りの拳が打ち込まれた。
「っ痛ぁい!なんですのこの体。堅すぎますわ」
あまりの外骨格の硬さに、攻め手のリンが悲鳴を上げる。
たまらずギドンが顔をそらし、衝撃に数歩後退した。
眼球が負傷したのか、赤い涙を流しながら苦痛にもだえ、二本の手で顔を覆い、二本の腕を振り回す。
「アガァアアアアア!ゴロス!ゴロスゥウウウウウウ!」
暗闇の中で振り回される腕が建物を見境なく破壊し、瓦礫が地面に降る。
「いかん、危険だ。ライオネス殿。皆を一時撤退させてくれ。無策で勝てる相手ではない!」
「総員一時撤退だ。魔法部隊、幻惑魔法をかけろ。少しでもいい、時間を稼げ!」
「了解。暗き帳よ、しばし惑いの中に敵を誘え。『霧中八辺』」
ライオネスの指示を受け、フィーリアが幻惑魔法を唱え、魔法部隊が追従して魔法をかける。
ギドンの顔に魔法の幕が下り、視界を覆い隠す。手足の動きは一層激しくなったが、足止めには成功した。
混成部隊は一時撤退し、市の中央十字路まで後退することとなった。
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