第05話 「村長」(ストーリー)
ガロックが可食部を失い骨のみとなったころ、宴は終わりを迎えた。
各々が片づけを行い、食器を持って帰路につく。その中で、サイガはセナの家へと向かっていた。森での言葉どおり、セナの家で一晩世話になるためだ。
セナの家は村の少しはずれにあった。母のみの片親のうえ、その母親が病のため、他人との接触ない状態を保つようにとのことだ。
その母親の看病のため、セナは一足先に家へともどっていた。
「セナ、サイガだ」
戸を叩きセナを呼んだ。戸が開かれセナが顔を出す。
「待ってたよ。さあ入って」
セナに促され家に入った。中はいくつかの小さな部屋に分かれている、簡素なつくりの平屋だ。
中央の居間に通され、椅子に腰を下ろすと、奥の部屋から一人の中年の女が姿を現した。
女はセナの母親でサーラと名乗った。サイガが応じて頭を下げる。
「あなたがサイガさんね。話は娘から聞きました。娘が大変お世話になりました。今夜はゆっくりしていってください」
そう挨拶とともに礼を言うと、サーラは強く咳き込んだ。やつれた顔、喉ではなく肺から出る咳、憔悴しきって痩せ細った体。サーラが重病なのは一目見て明らかだった。
足取りのおぼつかないサーラをセナが支えながら部屋へと送り、一声かけて部屋の扉を閉めると、セナが居間へと戻ってきた。
戻ったセナは労いの言葉をサイガにかけた。
「今日は一日お疲れさん。サイガのおかげで楽しい一日だったよ。湯も沸かしてあるんだ、汗を流してサッパリしてきたらどうだい?」
セナに勧められ、サイガは言葉に甘えた。
「村長の家は村の奥の二階建ての家でいいのか?」
「ああ、そうだけど、どうしてだい?」
風呂上りに湯気を体から昇らせながら、サイガはたずねた。質問に答えながらセナの顔が少し曇った。
「少し村長に聞きたいことがあってな。訪ねることになってるんだ。何か都合が悪かったか?」
「サイガと少し話したかったからさ。でも仕方ないね」
顔の曇りを振り切って、セナはあきらめるようにつぶやいた。
「村長はいろいろ知ってるからね。旅人のサイガが知りたいことも教えてくれるだろうさ。あ、じゃあさ帰ってきたらサイガの国の話を聞かせてくれよ。私、この村以外のことを知らないからさ、そういう話色々聞きたいんだけど、いいだろ?」
「ああ、おやすい御用だ」
セナの要望を了承して、サイガは村長宅へと向かった。
村長への家の道中、サイガは今日一日で得た情報と体験を軽く整理した。
新宿の任務の最中に現れた謎の光に始まり、突如の森。牙の生えた鹿、ガロック。女の細腕に怪力を与え、森の道を隠し、村に豊穣をもたらす加護という名の現象。ルゼリオという国名と人々の面相、装い。
何もかもがサイガの知る常識とは反していた。
「もしやこれは、創作物でよくある異世界とやらではないのか?」
常識に沿わない事態に、常識を当てはめようとしても答えは求められない。サイガは発想を飛躍させて、受け入れがたい仮説にたどり着いた。
「馬鹿な。いくらなんでも、飛躍が過ぎる」
短い時間での、結論の導出と否定という一連の流れが終わった頃、村長宅へと到着した。
一旦考えをやめ、玄関の戸を叩いた。
「ようこそいらっしゃいました。さぁ中へどうぞ」
村長自身に招き入れられ、応接室へ通された。テーブルを挟んで向かい合い、二人が席に着く。
「サイガ殿、本日はセナが大変お世話になりました。ありがとうございます」
先に口を開き、礼を述べた村長は深く頭を下げた。そのしぐさからは、セナの母、サーラを想起させるほどの深い謝意が伝わってきた。
聞けば、セナは幼い頃に父親を亡くし、それ以来、我が子のように目をかけてきたとのことだ。身を案じる気持ちがサーラを思い起こさせたのだろう。
セナの名前が出たことで、サイガは当初からの疑問、『加護』について質問をした。
女の細腕でありながら、獣の巨体を担ぎ上げる怪力。それを可能とする『加護』とはなんなのかと。自身を無知な旅人と偽って訊ねた。
村長が答えるには、加護とはこの世のあらゆる場所、物に宿る『神』のような存在によって与えられる、奇跡のような力であるとのことだ。
そしてそれは、全てのものがもつのではなく、ごく一部の例外的、突発的な偶然の産物で、ハーヴェの村には『豊穣』、セナには『力』、森には、名称は不明だが村や村人への害となる存在を果てさせ守護する加護が。
効果や規模は各々で、人が制御できるものではなく、完全な授かり物だということを教わった。
「なるほど」
と、サイガは一言つぶやいた。腕を組み、情報を軽く整理する。
「しかしサイガどの、あなたの本当に知りたいことは、それではありますまい?」
唐突の村長の言葉に、サイガの思考と体が一瞬、硬直した。
「それは、どういう意味ですか?」
心の動きを悟られぬように、言葉を返す。