第57話 「野望、果てなく」(ストーリー)
「ひ、ひぃいいいいい、助け、助けてぇ」
クロスト南区で激戦が繰り広げられている頃、ギドンの屋敷では昨日まで主だった魔物が、逃げ遅れたメイドという名の餌たちを追いつめ捕食していた。
逃げ惑うメイドの肩を、硬質の外骨格で形成された手で掴むと、強引に引き寄せ頭からかぶりつく。
「ぎぇっ!」と短く濁った悲鳴を上げがると血が滴り落ち、腕から力が抜けて垂れ下がった。体が反射で痙攣する。
一人食べ終わると、部屋の隅で固まって縮み上がるメイドたちに歩み寄り、涎をたらした口を突き出し歯を鳴らす。
恐怖に震え、力の入らない足では立って逃げることもかなわず、メイドたちは一人残らず食い尽くされた。
「ホッホッホ、食欲旺盛ですね」
食事を終えたギドンの後ろには、影から浮き上がるように現れたギネーヴの姿があった。
あざ笑うような声に、ギドンがその巨体を振り返らせる。人間の規格を超越したその巨体は壁や天井を削る。
「ギィィネェェヴヴヴヴヴヴ!」
絶叫のような声を上げ、恨みを込めてギドンは名を呼んだ。
「ホッホッホ。なんとまぁ、まだ判別がつくほどの自我が残っているんですねぇ。人の姿を保った個体も散見されますし、ここの連中の我欲は想定を超えてきますねぇ。ホッホッホ」
「ギザマァァァァァ!ヨクモ、ヨクモォオオオオ!ギザザマァアアアアア!」
ギドンはいきり立った。両手をかざし、殺意をむき出す。言葉を発するが文を成さないことからも、ギドンは自我はあっても知性は失ったと見て取れる。
「その執念、実に結構。ですが」
ギネーヴは手にした杖の先端をギドンにかざした。備え付けられた赤い宝石が怪しく光る。
ギドンは宝石に見入った。それが催眠の魔法とも気付かず。
「違うでしょう?あなたが今やるべきは、このクロストを手にすること。そうでしょう?」
「オ、オレガ・・・ヤルベキコト・・・クロスト・・・オレノモノニ・・・」
「そうです。で、そのために、あなたがやるべき事は?」
「シ、シチョウヲ・・・コロスゥゥゥゥゥウウウウ!」
吸い込まれそうなほど心地よいギネーヴの声に、ギドンは誘導される。
「そうです。良い子ですねぇ。そして、市長はあっちです。さあ、行きなさい」
ギネーヴが指差す方向にギドンは走り出した。示す先は北、市庁舎だ。
クロストを東西に貫く大通りへの侵入防止のために魔法で築かれた土壁は、アントたちの猛攻に崩壊の危機に面していた。
地中の生活を主とするアント族にとって、土の壁など路傍の石のようにとるにたらないものだった。取り付かれた場所から速やかに切り崩されていく。
「東防壁決壊。敵が大通りに出ます!」
「西ももう限界です。魔法での補強が追いつきません!」
通信器から悲痛な報告が聞こえ、防衛線の崩壊を知らせる。警備隊長ライオネスは、各所を回りながら指示を出し鼓舞し続けていたが、それも限界を迎えつつあった。死者こそ出てはいないものの、警備隊と冒険者達の共同戦線は増え続けるアントの攻勢に防戦、迎撃の一方だったのだ。
大通りに出られ、そこを越えれば非戦闘員が大多数を占める北区になる。侵入を許せば惨状となるのは明白だった。
その間も、崩れた土壁から続々とアントたちが大通りへ歩を進める。
「いかん、このままでは・・・クロストが滅ぶ!」
ライオネスの顔が苦悶に歪む。市の平穏を保つことに誇りを持つ警備隊の隊長は、これから蹂躙されるであろう市中をを直視できずにいた。
警備隊員と冒険者達の後方から強い風が吹いた。
その強さにたまらず全員が顔をそらし目を閉じる。
風がおさまり、ライオネスをはじめ一同が目を開くと、そこには宙に浮かぶ一人の男姿があった。
「き、きさまは・・・リュウカン!その姿は、まさかまた風の精霊か?」
囚われの身であるはずのリュウカンの姿と、その四肢に宿る竜巻を見て、ライオネスは声を上げる。先日の夜の激闘が脳裏をよぎる。
リュウカンが振り返った。
「隊長さん、今だけは何も言わずあっしを信じて任せてくだせぇ。クロストを救いたいという気持ちに嘘偽りがないということを、この身で証明いたしやす!」
そういうと、リュウカンはアントの集団に向かって空を泳いだ。
急速にアントへ接近したリュウカンの初撃、それは飛来の加速と体重を合わせた浴びせ蹴りだった。
洗練された体術と激しい竜巻は、通過するだけでアントの頭を掻き消した。
司令塔をなくした体は、死を自覚せぬまま、数歩進んで倒れる。
仲間の死にアントたちが反応する。
リュウカンの頭に向かって、バトルアックスが振り下ろされた。
が、リュウカンはそれより素早く懐に侵入すると、アントの脇腹に掌を叩き込んだ。抜骨術により腹部の筋肉が収束し、内臓を圧縮させると、アントは口から全ての臓器を吐き出し死亡した。続いて、隣のアントの手をとる。反応される前に腕をひねった。
アントの腕が伸びて一本の棒のようになり、肩の部分から体にめり込んだ。腕はめり込んだ先で心臓を潰した。
仲間の死を察知して、大通りに侵入していたアントたちが、リュウカン一人のために押し寄せてきた。
「数が多いな。一気に終わらせますぜ」
リュウカンは群れの中央に位置するアントの前に立った。円を描きながら両手を胸に当てる。
アントの体が膨張を始めた。背面が大きく膨れ上がり、何倍もの大きさになると、その規模に耐え切れず背が爆ぜる。
気を掌から体内に送り、内部で加速、発熱させて人体を背から爆発させる抜骨術奥義の一つ『裂掌華』(れっしょうか)だ。
人間に使用した場合、飛び散る骨片が周囲に突き刺さる。が、アントの爆発は硬い外骨格がさながら炸裂弾のように周囲のアントたちに被害を及ぼした。
高速の外骨格の破片はアントたちの頭や腹を貫通し、次々と屍を量産した。
わずか四手で中央道に出たアントたちは一掃された。
「ようし、俺達も負けてられねぇ!気合入れろ!」
「そうだ!魔物ごときに遅れをとるな!意地を見せろ!」
リュウカンの働きに触発され、混成部隊は意気を盛り返した。雄たけびを上げると、一気呵成に防壁に群がっていたアントたちの討伐を完了させた。
リュウカンが防壁で負傷者の手当てにあたっているライオネスの元へ戻る。
「お待たせしやした、隊長さん。すぐにでも檻に戻りやす。と、言いたいところですが・・・」
「わかっている、まだ終わっていない。力を貸してもらうことになりそうだ。不本意ではあるがな」
リュウカンは黙ってうなずく。
警備隊が犯罪者に協力を仰ぐなど、恥以外の何者でもない。しかし、リュウカンのクロストに対する想いは先日の一件で充分承知している。ここは信用をすることとした。
五分後。
「隊長殿、北区に侵入した魔物は片付けた。幸い、大したやつはいなかった。・・・!お、お前はリュウカン!?一体何故ここに!?」
北区のアントを一掃し、安全を確保したサイガがライオネスの元に降り立った。同時にリュウカンの姿を確認すると、身構え、刀の柄に手をかける。
「サイガ殿、ご安心ください。リュウカンに敵対する意思はありません」
二人の前に割って入りサイガに顔を向けると、ライオネスは事のあらましを説明した。
ライオネスの言葉とリュウカンの大通りでの成果にサイガも納得し、申し出を受け入れることとなった。
五分後。
「おーい、サイガ。みんなの避難、完了したよ。これで心置きなく戦えるよ。って、あんた、この間の殺人犯!なんだってここに?」
「やっぱり、あなただったんですね。さっきから風の精霊さんが力を貸してくれないから、おかしいと思ってたんです。何のつもりですか?」
非戦闘員の避難を見届け、警備隊員と共に合流したセナとエィカが、リュウカンの姿を見るや否や驚きの声を上げた。
ライオネスは「またか」とため息をついて、サイガに説明したことと同じ内容を二人に伝えた。
「で、それで隊長さんやサイガは納得してるんだろ?じゃあ私が文句言う筋合いはないね」
「私はちょっと不満です。だって、この人が精霊さんに力を借りてるせいで、私、弓を使う羽目になったんですよ」
受け入れたセナに対し、エィカは露骨に不満を口にする。
「弓を使う羽目?弓を使うことに何か不都合があるのか?」
エィカの不満を受けて、サイガが当然の質問をした。
「き、聞かないでください!」
「???」
顔を手で覆い、そっぽを向く。サイガはまったく訳がわからなかった。
「ど、どういうことだ?セナ」
質問の先をセナに変えるが、セナは意地悪な笑顔を見せて「まぁそのうち解るよ」と言うだけだった。
正午を過ぎた頃、クロスト中央十字路に市中の全ての戦力が集結した。
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