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第56話 「風、再び」(バトル)

「ア・・・カ・・・コ・・・」

 生命活動を終え、喉から空気の漏れる音を伝えるだけの氷の彫像と化したゲーツの胸に、サイガの強烈な蹴りが叩き込まれた。

 全体が傾き地面に激突すると砕け散って大小の破片となり、ここに二人の因縁は決着を迎えた。

「人の形を失って果てる。お前には似合いの最後だったな。さて・・・」

 ゲーツの最後を見届け、次にサイガは残された弟分たちに目を向けた。目が合ったアントたちが体を硬直させる。

 数秒にらみ合って、アントたちは踵を返した。本能が逃げることを選択したのだ。

「逃がすと思うか」

 サイガが駆け出した。その速度は消えるよりも速い。


 逃げるアントを追う黒い影から、何かが飛び出した。紐の端に玉をつけた投擲捕縛武器『ボーラ』だ。

 集団最後尾のアントの足にボーラが絡みつき、転倒した。立ち上がるために両手を地につけ、上体を持ち上げる。頚部を衝撃が襲った。サイガのつま先に仕込まれた刃物が刺し込まれ、頚椎を切断したのだ。立て直すことなくアントは果てる。

 一匹目のアントを踏み台に、サイガは二匹目の肩に飛び乗った。着地と同時に頭頂部に忍者刀が突き立てられる。絶命。

 二匹目が崩れ落ちる前に踏み台にし、手前の一匹を飛び越してさらに前方の一匹に飛び移る。

 三匹目に追いつくと、跳躍の勢いを利用した刀の一撃で、背中を左下から右上へ斬りつけて開いた。体の中身が散乱する。

 三匹目の肩に一瞬だけ足をつくと、過重に耐え切れず沈む前に、前方に飛び出した。紐付きの小型のブーメランを投じる。

 最前のアントの首をブーメランが一周し、紐が巻きつく。

 紐の繊維は細く硬い。アントの前へ向かう力と、サイガの紐を引く力が相成って、首を強く締め付け遂には切断した。

 紐を巻き取り、サイガが大きく体を回転させて振り返る。残すアントは五匹。

 逃げられないと悟ったのか、アントたちは武器を構えた。

「腹をくくったか。だが・・・判断が遅い」

 サイガが左手で何かを受け取った。ブーメランだ。振り返りの際に再び投擲していたのだ。そこにはまたしても紐。五匹の周囲を二週旋回し、五匹を囲んでいた。

 後方に飛び退りながら紐を引いた。紐が収束し、五匹の体が一堂に会する。サイガの手には雷の魔法珠が握られていた。

「時間が勿体無い。一網打尽でいくぞ」

 魔法珠を握りつぶす。直後、紐に電気が流れた。アントを束ねる紐が導体となり、珠に蓄えられた全ての電気が通電する。

 五匹全てのアントの体中に満遍なく電気が流れ、そのショックで心肺は停止した。

 動きを止めたアントに、サイガは念のために止めを刺した。残心を欠かし、討ち漏らすわけにはいかない。

「片付いたか。リンは、連中が北上していると言っていたな。まずは北に向かうか」

 サイガは北に向かって出立した。



「おやおや、参りましたね。肝心の決着が霧で見えなかったではないですか。よもや魔法剣をあんな使い方をするとは、思ってもいませんでしたよ。面白いですねぇ」

 サイガとゲーツの戦いを見届け、愉悦の笑いをギネーヴは浮かべた。

「まぁまぁ、これはこれで収穫なので良しとしましょう。それでは・・・ギドンにはもう少々、データの提供をしてもらいましょうか。ホッホッホ・・・」

 屋上から飛び降りるとギネーブの姿は影に沈むように消えた。



 アントたちの侵攻は速く、一時間もたつ頃には先頭は東西を横断する中央道に至っていた。

 個々の戦闘力は決して高くはないものの、一匹の対応に手間取れば後続が押し寄せてくる。

 警備隊と冒険者の混成部隊は、土魔法で防壁を築き侵攻を防ぐと、互いに連携をとり一匹を包囲して各個撃破する戦法でその数を減らす。

「捕縛完了!今だ、魔法を打ち込め!」

「この程度なら俺一人で充分だ。他の援護に回れ!」

「こいつは、人間の頃から気に入らなかったんだ。遠慮なくやらせてもらうよ!」

「罠にかかったぞ!一斉に射掛けろ!撃てぇ!」

 各所で声を掛け合い、侵攻を中央道の一歩手前で食い止める。

 

 防壁の前で、アントたちは渋滞した。足止めされた最前のアントの躯が新たな防壁となって、命じられたままに北上する動きを妨害する。

 そんな中で、一匹のアントが群れから離れた。集団の中で一律の行動をとらないものは稀に存在するが、この個体がそうだった。アントは屋内の探索という欲求に駆られ、それを優先した。

 視界に入った一つの建物の中にアントは侵入する。そこは警備隊本部の隣、留置所だった。殺風景なつくりの廊下をアントが進む。足の爪がコンクリート製の床を擦る音が廊下に響く。

 留置所では各房に一人ずつ容疑者達が捕らえられており、外部の騒乱とリンの声から状況を察して恐怖におびえていた。

「お、おい。なんか、聞こえねぇか?」

「ああ、入り口の方からだ。もしかして、魔物が入ってきたんじゃ・・・」

 房の壁越しに容疑者同士が会話する。そんな声を、昨日逮捕されたばかりのリュウカンは聞いていた。

 リュウカンの心中はもどかしさに支配されていた。リンの声が市全域に届いて以降、留置所外からは絶えず戦闘の声と音が伝わってくる。市のため、市長のためにその身を捧げたつもりでいたリュウカンにとって、崩壊の危機が訪れたこの状況は、再びその胸の内に使命感の炎をたきつけていた。

「・・・出来るなら、今すぐに市長さんのところに駆けつけたい。だが、今のあっしは裁きを待つ身。ここを動くわけには・・・」

 正座を崩さぬまま、リュウカンは葛藤し思いをめぐらせる。


「ひぃやぁあああああ!あ、アントだぁあああああ!助けてぇぇええええ!」

 入り口に最も近い独房から囚人の悲鳴が上がった。鉄格子を揺らし、曲げる音が聞こえる。

「た、たすけ・・・ぎゃああああああ!」

 囚人の断末魔が消えた。アントの餌食となったのだ。

 なおもリュウカンは座して目を閉じ、暗闇の中に意識を置いている。その拳は強く握られていた。

『リュウカン』

 声が聞こえた。リュウカンが目を開け上方を見る。

「この声は、風の精霊さんかい?」

 逮捕されて以後、まったく聞こえていなかった精霊の声が聞こえた。空に問いかける。

『大変だよ。アントが暴れてる。ずっと北に向かおうとしてる。こいつらすごく市長さんのこと嫌ってるよ。殺そうとしてる』

「な、市長さんを・・・」

 リュウカンは奥歯を噛み締めた。囚われの身でなければ即座に飛び出したい。その思いが表れていた。

『行こう、リュウカン。今度こそ本当に悪いやつらやっつけよう。それで皆に喜んでもらおう』

「え?」

 力強い精霊の声が聞こえると、リュウカンの両腕に竜巻が発生した。風の力を宿した『嵐鎧』だ。

「せ、精霊さん。だが、今のあっしにそんな資格は・・・それに・・・旦那や姐さんがいなさる。あっしがいなくても・・・」

『そんなこと言ってたら、市長さん死んじゃうよ!守りたいなら、助けたいなら、自分でやらなきゃ!』

「せ、精霊さん・・・・・・わかりやした!力を貸してくだせぇ。市長!今だけは、背かせていただきます」


 リュウカンの独房の鉄格子が激しい風で吹き飛んだ。向かいの壁に叩きつけられて落ちる。上がる土煙を掻き分け、リュウカンが独房から出た。

 入り口に一番近い独房から、人間の面影をほとんど残さないアントが食事を終えて姿を見せた。口には乱暴な食事の跡、血をつけ、餌となった人間の足を持っている。

 通路の端と端、距離を置いて一人と一匹は対峙した。

 アントが新たな獲物に向けて歩き出した。しかし、その視界に獲物、リュウカンの姿はない。

 距離にして約二十メートル。瞬きよりも速く、風の力を使いリュウカンはその距離を詰めた。腕から竜巻が消える。

 リュウカンの掌がアントの胸の外骨格に添えられた。「しっ!」と短く息を吐きながら、掌底を軽く押し込む。

 途端にアントの胸の外骨格が内側の仕込まれ、心臓を正面から圧迫した。さらに時計回りに回転すると、つながる血管を全て千切り、ひしゃげた。

 崩れ落ちるアントの体をリュウカンは踏みつけ、独房の棟を抜けると入り口から外へ出る。

「汚名返上だ。今度こそ、クロストの平和を守らせていただきやす」

 リュウカンは最も喧騒の激しい大通りの防壁へと飛び出した。

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