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第55話 「汚れを払う・後編」(バトル)

 アントたちは戸惑っていた。

 ゲーツからの命令を受け剣、槍、斧、ハンマーと、各々人間の頃に得意としていたであろう武器を手に、ひしめき合って向かっていくが、攻撃を仕掛けてもサイガは霞のように実体がなく攻撃があたらない。

 様子を見るために手を止めようものなら、致命傷の一撃が返ってくる。

 意を決して踏み込んだ攻撃に打って出れば、呼吸を合わせたカウンターで切って落とされる。

 アントに人格を飲まれる程度の精神力しか持ち合わせていない冒険者と、サイガの実力差は天と地ほど開いていた。

「ナニヲヤッテヤガル!バラバラデ仕掛ケルナ!連携シロ!」

 ゲーツが怒鳴って指示を出すも、知能の退化した人間モドキでは単純な攻撃を繰り返すだけだった。

 一匹、また一匹と攻撃の度に数を減らしていく。

 屋根から襲撃してきた四匹と合わせて、計十匹。そこまで魔法剣の出番はなく、元来の刃のみで片がついていた。

「半端者と混ざって魔物、人間の両方の長所を失ったようだな。こんなことなら魔物だけの方が戦闘力の純度は高かっただろう」

 剣の血を払いながら、サイガは死骸を見下ろし哀れみの声をかける。


「テメェラサガッテロ!オレガヤッテヤル!!」

 業を煮やしたゲーツが前に出た。

 人間の二本の腕に、肩から生えたアントの腕が二本。全ての手に長剣を握っている。

「出てきたか。最初からそうしろ。時間の無駄だ」

 ゲーツと顔をあわせてから、サイガは常に挑発的だ。サイガは欲望のままに生き、横暴に振舞うゲーツを心から嫌悪していたのだ。それは、ゲーツと顔をあわせるたびに心の中に蓄積され、この場での決着の意思をゆるぎないものとさせていた。

 ゲーツが仕掛けた。人間の右腕とアントの左腕で、対角線の挟み込む斬撃を放つ。

 人間の常識から逸脱した攻撃は、その対応を限定させる。ゲーツはそう予測していた。回避のために後方に飛び退ると呼んだゲーツは、二の太刀をアントの右手からの上方の刺突とするために構えていた。

 だが、サイガの動きはその真逆だった。

 サイガは前に進むと、右の剣を左足で踏み、左の剣を右足で蹴り上げた。

 予想外の反撃方法に、ゲーツの体はがら空き、無防備となる。

「終わりだ」

 魔法剣が喉元を狙う。

「甘ェヨ」

 ゲーツの口が開いた。喉の奥から管のようなものが覗く。

 忍の直感が働いた。サイガは足をからゲーツの腕を解放すると、今度こそ後方へ飛び退った。

 サイガのいた場所に、管から液体が発射された。液体はサイガがいた場所を通過し、地面に落ちる。液体に触れた地面は煙を上げて液体の付着した形にえぐれた。吐き出されたのは強力な酸だった。

「弟分たちとは一味違うか。なら、こっちも少し本気を出してやろう」

 魔法剣が光を放つ。穴には氷属性の青白い珠がはめ込まれていた。刃に氷が宿り、白銀の短剣は氷刃の長剣へと変化した。


 氷剣の完成と同時に、サイガは魔法剣を大振りで振り抜いた。刀身に宿った氷が放たれ、礫となってゲーツに飛来する。

 魔術忍法『氷雨』。サイガは心中で、名づけて叫んだ。 

ゲーツの四本の腕が体の前で守りを固めた。

 大小さまざまな氷が腕に突き刺さり、血を流れさせ守りを揺るがす。

 腕全体が赤く染まり、守りの姿勢が膠着に陥る。この時点で、サイガの姿はゲーツの対面から消えていた。

 サイガが消えたその姿を現したのはゲーツの後ろ上方。あらゆる生物の急所、頚椎を狙った位置だった。氷を放ちきり、その身をさらした短剣が必殺を狙って降下する。

 だが、アントの腕はそれを許さない。前方の守りを解いて、後方へ剣を振る。

 迫る剣に阻まれ、サイガは攻撃を中断した。短剣を引き、アントの腕を踏みつけると後方に宙返る。

「防いだ。後ろが見えているのか?・・・!何だ、あれは?」

 サイガの疑問の答えは目の前にあった。そこはゲーツの後頭部。本来なら髪があるであろう場所にあったのは、アントの頭だった。ゲーツは人間とアント、二つの顔を持ちその目は広い視野を有する複眼となっていた。死角のはずの後方に対応できたのはそのためだった。

 ゲーツがゆっくりと振り返った。

「ゲヒヒヒヒ・・・無駄ダ無駄ダァ・・・ドッカラ来テモ丸見エダァァ・・・」

 首を左右に小刻みに揺らしながら不気味に笑い、四本の剣は遊撃の舞を踊る。

「アントの視野と人間の器用さを併せ持つのか。どうやら雑魚共とは違い、長所が生きているようだな。こうなれば、少しとは言わず全力の本気でいかせてもらおう。少し強いだけの雑魚に時間はかけていられん!」

 魔法剣が再び氷を纏う。だが、本気といいながら、その評価は低いままだった。



「ホッホッホ、なんとなんと、アントと人間の長所を併せ持つ個体になったようですね。これは大変興味深い」

 少し離れた建物の屋根の上、サイガと同じ感想を述べながら、ギネーヴはゲーツとサイガの戦いを記録用の水晶に収めていた。

「せいぜい死力を尽くして戦ってください。折角の実験体なんですから、たくさんデータを提供してもらいますよ」

 ギドンに髄液を提供し、魔物へと変貌させた首謀者。その正体はフォレス王国諜報部に所属する諜報員だった。そしてその役職は諜報部隊の実行部隊の長であり、この任務がそれだけの重要度であることを示していた。

 ギネーヴが受けた諜報員としての任務は『検体六号の人体への影響及び経過観察』。

 その被験者として、人間の中でも欲を制することなく露骨に振舞うことで知られるギドンに白羽の矢が立ち、身分を商人と偽ったギネーヴが接触を図り、現在に至っている。

「しかし、あの黒衣の男、かなりの使い手ですねぇ。子悪党のゲーツごときでは勝ち目はないでしょう。使う道具も珍しいものばかり。・・・まさか・・・」

 ギネーヴの脳裏に『異界人』の言葉が浮かんだ。

「これは、報告の必要がありそうですね。思わぬ収穫ですよ」

 真っ赤な唇の端を大きく上げて、ギネーヴはこらえきれない笑顔を浮かべる。



 刀身に刃渡りの数倍の氷を宿らせ長剣と化した魔法剣で、サイガは全力で斬りつけた。しかし、氷の重みに頼った斬撃は精細さを欠いていた。

 ゲーツは易々とアントの腕でその斬撃を防いだ。氷の刃が砕けてその破片が宙を舞う。

 一度防がれただけでサイガの攻撃は止まらなかった。技術を用いない力任せの連撃を方向を角度を変えて何度も放つ。

 だがその度に人間と魔物の目と腕の連携は、目的の箇所への道を塞ぎ、きらめく光の粒が飛沫のように飛び散る。

 二度、三度、四度、五度。度重なる剣と剣の衝突の後、全ての氷が砕けて散った。短剣がその身を露にする。

 魔法珠が光り、再び氷が出現した。氷の長剣が蘇ると、サイガは攻撃を再開した。

「無駄ダァ!何度デモ叩キオトシテヤルゼ」

 氷の刃が消失しては復活。復活しては砕く。という攻防を数回繰り返したところで、ゲーツは気付いた。己の周りが深い霧に覆われていることに。

「ナ、ナンダァ、コレワアアアア!」

 サイガは魔法剣の冷気に冷やされた空気に、氷の粒を何度となく飛び散らせることにより充満させ、人為的に霧の包囲網を作り出していたのだ。


 深い霧の中にサイガの姿が消えた。

 アントと人間の目がただちに索敵を開始する。

 複眼が右にサイガの姿を捉えた。すぐさま人間の右手が剣で払う。だが、その一撃は空を切った。

「キ、消エタ!?」

 ゲーツは戸惑う。

「こっちだ」

 左から声が聞こえた。声の方向を斬る。またしても姿はない。直後、右に斬撃が浴びせられた。人間の右腕から血が流れる。

「何ィィイ?右?反対?」

 続いて正面にサイガが姿を現す。即座に反応し、アントの両腕が剣を振り下ろす。

 剣がサイガを切り裂いた。とゲーツが思った瞬間、背中に激痛が走る。ゲーツは絶叫した。

 正面のサイガが散り消えて、背後からの切創が残される。

 周囲を覆った氷の粒の幕は、朝の陽光を反射し、鏡のようにサイガの姿を乱反射させ錯覚を起こさせていた。

 ゲーツはその錯覚に惑わされ、見事に標的を見失っていたのだ。

「目が良いというのなら、それを利用させてもらうだけだ。神出鬼没の幻影に虚実を惑わされながら果てるがいい」

『魔術忍法 霧分身・霞の舞』。またしてもサイガは心の中で技名を叫んだ。


 サイガの一方的な攻撃が始まった。

 現れた姿が幻影かと思えば実体。実体かと思えば幻影。判断を一瞬迷うたびに、攻撃を浴びせられる。

「ギィエエエエエエエ!」

 視覚を封じられ、体の十箇所以上を斬りつけられてやぶれかぶれとなったゲーツが、奇声を上げて剣を振り回し始めた。

 大きな動きには大きな隙が生じる。その隙に乗じて、サイガは最後の一手を放った。

 正面から吸い付くように首元に入り込むと、首に短剣を突き立てる。

 しかし、魔物の耐久力を得たゲーツには軽症にしかならなかった。

「ヘヘ・・・効イテネェヨ」

 サイガの詰めの甘さを嘲笑し、ゲーツが反撃を試みる。

「承知の上だ」

「何?」

 魔法剣の珠が光を発する。冷気が生じ、刃からその先、ゲーツの動脈に送り込まれる。

 零下の魔力は動脈の流れに乗ると全身を掛け巡る。

 血管、臓器、筋肉、脳が熱を奪われ機能を徐々に低下させると、遂にゲーツは生命活動を停止した。

読んでいただいてありがとうございます。

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