第53話 「姫の名の下に」(バトル)
上空から南区、ギドン邸とその周辺の状況を見たリンは、目を疑った。邸宅を中心とした地域を異形の人間達が荒らしまわっていたのだ。
「なんなの、この気色の悪い連中は?それに散らばっている破片は・・・まさか繭?」
嫌悪にまみれた感想と考察を漏らしながら、リンは現状を観察する。
「あれは、制服?」
ギドン邸、門前に散らばる衣服の中に警備隊の隊証を見つけると、リンは門前に降り立った。
「これはまさか・・・こいつら、隊員を食ったというの?」
拾い上げた隊証にこびりついた血液と地面に散らばる制服と頭髪の残骸を見て、リンは異形の人間達の所業を理解した。
すぐさまリンは通信器を手に取った。
「緊急連絡!南区ギドン邸前にて警備隊員の死亡、及び大量の魔物を確認。全隊員への出動を要請する!繰り返す、隊員の死亡、大量の魔物を確認!魔物は区内に散開している模様!各員、迅速に対応されたし!」
通信を終えたリンが通信器をしまったところに、元冒険者のアントが後方から襲い掛かった。
背中に取り付くと、顎関節の限界を超え狼のように上下に大きく開いた口が、リンの分厚い胸板を挟み込むように首元に噛みついた。
臼歯から変化した鋭い歯列が、その頑丈な肌を食いやぶらんと強く食い込む。
「くすぐったいの・・・よっ!」
気合とともにリンの体が膨張した。その勢いでアントの顎は弾かれ、体をのけぞらせた。
「ギギ・・・バカナ・・・ゲェ!」
予想外の対応にアントは狼狽した。そこにリンの追撃が入った。
リンは体を急速にひねり、アントの胴に肘打ちを叩き込む。胴は肘の形で飛び出すように変形すると、外骨格の隙間から体液を飛散させて上下にちぎれた。
落ちた上半身の頭を踏みつけ砕き止めを刺すと、周囲のアントを睨む。
「こいつらの格好、まさか、お兄様の言っていた冒険者達?一体どういうことなの?まるでアントと人間のキメラじゃない?」
警戒するリンをさらに三匹のアントが囲んだ。その身長はそろってリンを超え、頭二つほど高い。
その背や四肢は引き伸ばされたように不自然な長さで、人型のナナフシのようだ。
三匹はその長い腕で武器を振り回した。上下横と大振りの剣が音を立てて向かってくる。
鉄の蛇が踊った。一瞬でリンの左右の手に握られた二本の鎖は、一瞬で回転し、一瞬で迫り来る凶刃を砕いた。
「これは、いち警備隊員には手に余るわ。出来る限り私が数を減らさなければ、市への被害は甚大ね」
魔法で鎖を伸ばしながら、リンは両腕を同時に振り上げた。続いて鎖が跳ね上がると、正面のアントの二の腕を切断した。
さらに上げた両腕を左右に広げ、しゃがみながら後方へ振り下ろすと、鎖は拘束の牙と化して、両脇で身構えるアントの胴体を斜めに切断した。
「ぎぇ!」
「ガァアアア!」
反応できなかった二匹のアントは、後悔する間もなく地面に亡骸をさらす。
両腕を失い発狂する正面のアントに対しては、しゃがんだ状態から立ち上がる勢いを利用して、交差した鎖の波を放った。
恐るべき十字が胸部に到達すると、抵抗する術を失っていたアントは体を粉微塵に砕かれ、下半身だけを残して果てた。
「大きいだけなら、的当てと大差ありませんわ」
アントの絶命を見届けると、リンは状況の把握のため上空へと飛翔した。空から南区を俯瞰すると、その動向を伺う。
「そんな、こんなにいるなんて・・・」
南区は散開したアントたちに埋め尽くされていた。逃げ惑う住人を追う者、建物に侵入するために扉に密集し破壊行動をする者、呆けた様にさまよう者と、その行動は個体によって様々だ。
だが一つ、共通するものがあった。それは、全てのアントが徐々にではあるが北上していたのだ。
「このままでは、アントが北区に入る・・・急がないと。警備隊に連絡をしている暇はないわ」
リンは懐から雷の魔法珠を取り出した。
使い慣れた属性である雷の珠を握りつぶすと、体中に雷をみなぎらせる。
胸の前で両手を向かい合わせた。その間に雷の玉が発生。手をそのままに玉を顔の前まで移動させ、見据える。
口を開いた。言葉が飛び出し、雷の玉がそれを放射状に拡散させた。
「クロスト市民へ告げる!私は六姫聖リン・スノウ。現在、南区において大量の魔物が発生する緊急事態が発生!市内を蹂躙しながら北上中!戦闘可能な人員はただちにこれに応戦、非戦闘員は指定の避難所へ向かえ!」
毅然としたリンの声が避難警報のように市全域に行き渡った。多くの市民達が足を止めて耳を傾ける。
「なお、魔物は人間が変貌したものと考えられる。挙動の不審な者には充分に警戒されたし。以上、市民達、早急に非難を開始せよ!」
警告を終え市内を見下ろすと、多くの住人達が建物から飛び出していた。
市民等の非戦闘員が一目散に避難所へ向かい、ギドンの支配下になかった冒険者達は武器を手に取り、道に出ると索敵を開始する。
「これで、被害の拡大が止められればいいけど・・・!あれは!」
空中で状況を見届けながら次の一手を案じていたリンの目に、緊急の事態が飛び込んできた。
泣き叫ぶ幼い少女を庇い、屈んで抱える母親。それを三匹のアントが囲んでいたのだ。見た目は外骨格が発達。肘などが鋭角化し、アントの率が高い。
「ママーーー!こわいよーーー!ママ、ママーーー!」
「おねがいします、この子だけは!この子だけは!」
懇願など到底聞き入れらるはずもないが、それでも母親は必至に声を張り上げ繰り返す。
親子を囲う三匹のアントの中央の一匹が両手を差し出してきた。それに上下に大きく広がった口が続く。捕食の行動だ。
少女がさらに大きな泣き声をあげる。母親は少女を包み込むように覆いかぶさる。
アントの手が少女を食するため母親を引き剥がそうと手を触れた瞬間、上空から急降下してきたリンのニードロップが、爆発と聞き間違えるほどの轟音と共にアントを平らに圧縮した。
あまりにも一瞬すぎる攻撃に、アントの手は体に置き去りにされ宙に残された。わずかの間をおいて、地面に落ちる。
「シャアアアアア!」
「ギィィィィイイ!」
攻撃されたことを理解した左右のアントが、唸りながらリンに体を向けた。
しかしリンの行動は速かった。地に膝をつけた姿勢から右膝を立て、右側のアントの股下に右手を潜り込ませ、左手で首を掴んだ。
掴まれた喉から「ギェ」と空気が漏れる。
「はぁっ!」
という掛け声と共に、リンは力強く地面を踏み込んでアントを一気に持ち上げた。
アントの体が右から左へ、半円を描いて高速で移動した。高速移動した先にはもう一匹のアント。
二匹のアントの頭が高速で激突した。乾いた衝突音と湿った破裂音が、二匹の頭が砕けたことを教えてくれる。
一呼吸よりも速い討伐劇を終え、リンは親子に声をかけた。
「お嬢ちゃん、恐い人たちは片付きましたわ。さ、早くお逃げなさい」
転がる死骸を視界から隠すように、リンは少女に微笑みながら語りかける。
「ほんと?」
泣きやんだ少女がリンを見上げ尋ねる。
「ええほんとですわ。ですから、安心してママとお逃げなさい」
「うん、お姉ちゃん。ありがとう」
親子はリンに礼を言うと、近くにいた警備隊員に連れられて避難所に向かった。
北区方面に消えた三人を見送ると、リンは気配を察知し、後方へ振り返った。そこには新たなアントの姿があった。
「これはこれは・・・一息つく間もありませんわね」
リンは鎖を引き絞った。
金属音は心の高鳴りにも聞こえる。
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