第51話 「野心の果て」(ストーリー)
突然の頭痛に襲われ、苦悶の表情に顔を歪ませたギドンが、手下の冒険者達に見送られ屋敷に入った。
支えられながら寝室に駆け込みベッドに倒れると、従者と手配された医者を怒鳴りつけ追い出す。
「ぐ、ぐぉおおおおおお!わ、割れる!頭がぁあああああ・・・割れるぅうううう!!」
頭を両手で押さえ、足で空中を何度も蹴り上げる。さらに上下を返すと顔を枕にうずめ絶叫を吸収させる。
「ホッホッホ、ずいぶんとにぎやかですな。ようやく効果が現れましたか」
「ぎ、ギネーヴ・・・どういうことだ?貴様・・・知っているのか?なんだ、この頭痛は・・・」
「変態ですよ」
「なんだと・・・」
「あなたはキラーアントの髄液、それも冒険者達とは比べ物にならないぐらい強力な、支配階級のクイーンの髄液を摂取されました。それが脳を始め、全身に回ってきたんです。これからあなたは、見も心もキラーアントの主として生まれ変わるのです」
両手を広げ、天を仰ぐ仕草のギネーヴ。赤い唇は端まで大きく開かれ、整った白い歯が見える。
「きさまあああ、謀ったなぁぁぁぁあ!」
「あなたの支配欲とキラーアントの生態、この二つはよく似ている。あくなき版図の拡大、そして繁栄。実に高い親和性でした。きっとあなたは立派なクイーンいやキングになってくれることでしょう」
「ギギ・・・ググ・・・グ・・・」
ギドンから言葉が消えた。強すぎる頭痛が、反論するための思考を奪い始めたのだ。
「もっとも、こんなに早く変態が始まるのは予想外でしたがね」
ギネーヴの予定ではギドンに変化が起こるのは数ヶ月先、選挙戦後のはずだった。
「やはり、まだ実験の段階では予想外の結果になってしまいますね。少し予定が狂ってしまいましたが、まぁこれもいいデータになるでしょう」
ギドンの体から濁った液が噴き出し、全身を覆い尽くす。瞬く間にベッドの上に大きな繭が形成された。
「おや、もう繭まで進みましたか。早いですね、欲の強さが促進させるのでしょうか?」
濁った色の繭は胎動し、その中の生命を感じさせる。
「この調子なら、明日の朝にでも孵化が完了するでしょう。ではギドン殿、また明日、生まれ変わった姿でお会いしましょう」
辞儀の姿勢のままギネーヴは影の中に姿を消した。
「あら、お兄様。サイガと一緒だなんて、面会終わりにデートですの?」
「そんなわけがあるか。お前を迎えにきたんだ。さあ荷物をよこせ」
リンの冗談に顔をしかめながら、ライオネスはリンから荷物を奪い取った。
昼の騒動の後始末は、今後の対応策も含め夕方まで時間を有した。そのため、サイガたちは本日中の面会を諦め帰路につき、そのついでに四人揃ってリンの退院の迎えに訪れたのだ。
五人となった一行は、夕飯とギドンへの対策会議のために落ち着いて食事のできる店に向かった。
「ギドンが冒険者を私兵として募っていることは知っていたが、あれほど狂信的な集団になっていたとはな。さらに新聞社や市議と繋がりがあるとなれば、議会を内外から崩すことが可能となってしまうな」
下馬し、馬上をリンに譲ったライオネスが、歩きながら現状から考えられる懸念を口にした。
ギドンは有り余る金を駆使し、市内の多数の権力者と繋がりを持つ。そこに加え、今回の騒動は市民に不安を煽る。言葉どおり、内外から市政の崩壊を招きかねないのだ。そうなれば、市長の辞任も現実味を帯びる。
冒険者を初めとしたギドン一派への対策は、現市長を支持する者の急務になっていた。
「私は、あの市長さんがどんな人かはよくわかんないけど、それでもギドンって野郎に好きにさせるわけにはいかないのは解るよ」
「そうですね。あんな危なそうな冒険者達を従えてるなんて、同じ市内で安心して生活できません」
セナとエィカが揃ってギドンの批判を口にする。直接顔をあわせたわけではないが、取り巻きから察するその印象は悪いようだ。
しばらく繁華街を歩いたところで、リンの馬が足を止めた。その馬上のリンの顔がかなり険しい。
「お兄様、あれを見てください」
「どうした、何かあったか?」
表情を変えず指を刺すリン。ただならぬ雰囲気に、全員が指の先を注視する。そこには『食べ放題』の看板を掲げたレストランがあった。
「・・・おい、リン。おまえ・・・」
ライオネスがリンを見上げる。
「ひとまず今は食欲を満たしましょう」
リンの顔は真剣そのものだった。催促するように腹の虫が鳴く。
呆れながらも、笑いながら五人は店に入った。
この晩、リンは店の食材を全て食べつくし、「これ以上はご容赦ください」という店長の言葉に見送られ、サイガたちと別れた。食事の時間は約三時間、会計は四十万ジェムにも及んでいた。
昼の喧騒が嘘のように夜は静寂に包まれ、皆は穏やかに床に就いた。
サイガたちの安息の時間とは裏腹に、ただ一箇所、ギドンの屋敷の前では、髄液に侵食された冒険者達が主の身を案じ集結していた。その人数は実に百五十人に達し、うごめく集団は不穏な賑わいを見せる。
交易都市クロストは、胎動する悪意をその内に孕みながら、刻一刻と未曾有の事態となるその時を迎えようとしていた。
読んでいただいてありがとうございます。
よろしければ、評価・感想・下記ランキングサイトへの投票をいただければありがたいです。
よろしくおねがいします。