第50話 「謀り」(ストーリー)
留置所に向かう前、三人は食事をとった。
食事を終えた頃には時刻は十四時となっていた。腹を満たしたところで留置所へ向かう。
南区に居を構える警備隊本部、その隣に留置所はあった。中に入ったところで、運良くサイガはライオネスと遭遇した。
「これはサイガ殿。もしや、リュウカンへの面会ですか?」
「はい、うちのエィカが望んでいまして。よろしいですか?」
サイガに紹介されエィカが一歩前に出る。
「あなたは、エルフのお嬢さん・・・」
ライオネスは昨晩のことを思い出した。リュウカンが風の精霊の恩恵を受けた際、その効果や精霊の意図を汲んで、サイガに助言していたことを。そのことから、二人の間に風の精霊で通じるものがあることを察した。
「なるほど、お嬢さんとなら、リュウカンも我等では引き出せない事を話してくれるだろう。本格的な取調べもこれからです。無骨な男共に相手に意固地になられるより、有効そうだ。許可しましょう」
「ありがとうございます。精霊さんに好かれるような人ですから、きっと根は悪い人ではないはずです」
エィカが意気込んで先頭に立つ。
「た、大変です、隊長!」
四人が揃って面会室に向かおうとしたところで、大声を発しながら、あわてた様子の警備隊員が駆け込んできた。その手には一枚の紙が握り締められている。
「どうした、騒がしい。客人の前だぞ」
「す、すいません。ですが・・・これを見てください」
隊員が握り締めていた紙を差し出す。そこには『市長、連続殺人を指示!』と大きな文字が書かれていた。隊員が持っていたのは号外だった。
「な、なんだこの記事は・・・」
ライオネスが見た記事には、昨夜のことが虚実入り混じった内容で書かれていた。そんな中でも悪質なのが、『市長は次回の市長選が不利とみるや、対立候補であるギドン氏の支持者である冒険者の暗殺を計画。かげりの見えた現政権の苦肉の策か』の一文だった。
「取調べはまだ始まってもいないんだぞ。でたらめにもほどがある!これはどこで配っている!?」
「そ、それが、自分は道に落ちていたのを拾っただけで、配られたのは昼前だとの事です」
隊員が言うには、市民に聞いたところ号外は昼前に市内のあらゆる場所で一斉に配られ、瞬く間に市民全体にいきわたったとのことだった。
「し、しかも号外を読んだ冒険者達が、半暴徒と化した隊を形成して市庁舎へと向かっていて、既に北区に侵入しています」
「なんだと!?すまんサイガ殿、取調べは後だ。緊急を要する事態だ!」
緊張感で張り詰めた顔のライオネスにサイガが無言で頷いた。
「全隊員に招集をかけろ。市庁舎の防衛に向かう!」
指示を出すや否や、ライオネスが駆け出した。サイガたちもそれに続いた。
クロストを南北に縦断する道の北の端、北門の付近に市庁舎はその姿を見せる。
区内ほとんどが住宅の北区は、昼となれば南区や中央道沿いの店舗への出勤で、ずいぶんと閑静なものとなる。そんな静かな午後を、粗野な怒声による喧騒がかき乱していた。
怒声の正体は、ゲーツを初めとした南区の有力者ギドンのしもべと化した、札つきの冒険者達だ。彼らは口々に市長への悪口雑言を口にしながら縦の大道路を、北に向かって行進していた。その数は約五十人にものぼる。
人の集団は黒い塊となって、徐々に市庁舎までの距離を詰めてきた。
そこに、警備隊員の騎馬が四騎駆けつける。
「お前たち、どこへ行くつもりだ?止まれ、用もなく北区に入ることはまかりならん!」
警備隊員は二騎ずつで挟み込む形で集団の横につくと、警告を発した。
「うるせぇ!オレラハ、仲間を市長のせいで殺されてんだ!邪魔スンジャネェェェ」
「ぞうだぞうだ!それに、おまえら市の警備隊っでこどは、おまえらも市長の手下ってことじゃねぇか。殺人鬼と同じように、俺たちを殺ソウッテンジャネェダロウナ!」
ゲーツが真っ先に怒鳴り、それに続いて、他の冒険者達が口々に罵声を浴びせる。なぜか片言のように発せられる言葉に違和感を覚えたが、威勢に圧倒されて、警備隊員たちは周囲を取り巻くだけで手が出せないでいた。
冒険者達の集団は歩みを止めることなく北上を続ける。そして、とうとう市庁舎へとたどり着いた。
「おい!市長、出てこい!ヨクモ仲間を殺してくれたナ」
「すぐに市長をヤメロ!ギドン様に譲れ!ゲッゲッゲ」
「ソウダァ、ギドン様コソ、支配者にふさわしイイイイイイイイ。キィイイイイ」
もはや奇声か絶叫かの区別がつかないほどの声を発しながら、正気を失った冒険者たちは正面の鉄門に取り付いた。
先頭のゲーツたちを、追いついてきた後続が物理的に後押しをし、門扉に圧をかける。繰り返される衝撃に門の番の部分が軋む。
庁舎の窓からは状況を不安そうに見つめる職員達の姿が見える。
「そこまでだ、狼藉者!今すぐ扉から離れろ。まとめて投獄されたいか!?」
馬蹄を響かせながら、怒りの表情のライオネスが到着した。状況に鑑みてか、右手には既に剣が握られている。
「な、なんだこいつら・・・」
冒険者の一団を見たライネスは絶句した。冒険者達は、ほぼ全員が目の焦点が定まらず、口々に奇声を発していたのだ。
さらには口からはよだれをたらす者、頭を掻き毟り続ける者、武器を振り回す者がいる。
明らかに集団は正気を失っていたのだ。だが、そんな常軌を逸する集団でも、一つだけ一致しているものがある。それは、全員が口にするギドンへの崇拝の言葉だった。
「これはこれは、警備隊長殿。血相を変えてどうなさいました?ご心配なさらずとも、私の友人たちは健全な市民の鑑のような者たちですよ。ほら、お前たち静かになさい」
冒険者達の後方から、ギドンが姿を現した。片手をかざし、荒れる冒険者達を制する。
「へ、ヘイ。ワカリマシタ・・・」
ギドンの言葉に、冒険者たちは忠犬のように鎮まる。
「ギドン、やはり貴様がいたか!答えろ、これも貴様の差し金か!?」
怒れる警備隊長の手には号外が握られている。
「差し金とは人聞きの悪い。私は顔が広いので、いろいろな話が入ってくるのです。その中で、情報通の友人から聞いた話を別の友人に聞かせてあげただけですよ。ま、その友人がたまたま新聞屋だったのは、私も意外でしたがね。ふふふ・・・」
「貴様・・・ふざけたことを・・・そうまでして権力が欲しいか!?この悪党が!」
「権力・・・魅力的な言葉ですな。ですが、それだけじゃあ足りませんな。私は欲しますよ・・・全てをね」
ギドンは、にたりと笑い、その顔にライオネスは一瞬ひるんだ。口の端は大きく開き、耳まで裂けていたのだ。
裂けた口を隠すようにギドンは手で覆う。離したときには口は元に戻っていた。
「とにかく、今すぐこいつらを連れて南区に帰れ。これ以上この場にとどまるなら、私が相手をするぞ!」
馬上から刃を輝かせ、ライオネスがギドンと冒険者達を一斉に威嚇した。その気迫は衝撃波のように一同を貫く。
「おお、恐い恐い」
慄く冒険者達だったが、ギドンだけはそれに反して余裕な態度を崩さない。
「わかりました、隊長殿。今回は私の友人達が先走ってしまったようですね。これから、殺人の黒幕に替わり、私の支持者となる市民の皆様を不安にさせてしまう前に、一度さがりましょう。ですが、市長の容疑が晴れたわけではありません。足をすくわれぬようご注意を」
慇懃無礼な振る舞いで、深々と頭を下げるギドン。全ては掌の上と言わんばかりの物言いだ。
「・・・ぐっ!」
たれた頭を上げた直後、ギドンは急に息を詰まらせた。顔からは血の気が失せ、頭を抱えてうずくまった。
「どうしました、ギドン様?」
「ぐ、あああああ・・・あ、頭が。い、いたい・・・」
険しく引きつる表情で、その場にしゃがみこんだ。すぐさま従者と手下の冒険者が駆け寄り、体を支える。
「は、はやく、馬車を回せ・・・あ、頭が割れる・・・」
ギドンの要請に応え馬車が寄る。従者の肩にしがみついたまま、おぼつかない足取りで乗り込むと。馬車は全速で邸宅へと駆け出した。
「ギドン様ァ、待ッテグダサィイイイイ」
言葉と隊列を乱しながら冒険者達が馬車に続き、黒い集団は市道を南へと消えていった。
「あれがギドンですか?」
遠方に消える集団を見送るライオネスに歩み寄り、サイガが尋ねた。
「ええ、この市を食い物にしている。悪党共の親玉です。これまでも市長失脚のために様々な工作を行ってきていたのですが、今回のこの事件を好機と見て派手に動き出したようです」
「金と権力と人員がある。厄介な相手だ」
「はぁはぁはぁ・・・やっと追いついたよ。サイガあんた足速すぎだよ、なんで馬と並んで走れるんだい?」
セナとエィカが息を乱して追いついた。視線をライオネスと同じく冒険者の一団に向ける。
「すれ違い様に見たけど、あいつらなんか気持ち悪かったね」
「そうですね。どこか正気じゃないような感じでした」
二人が冒険者達への所見を述べるとサイガの顔が険しくなった。
「あの様子の人間・・・見たことあるな」
「なにか心当たりでも?」
ライオネスが尋ねる。冒険者達の様子は、口には出さなかったが、その異常性はライオネスの目にも明らかだった。
「強い薬物による催眠状態。それによく似ている。あの集団、強い警戒の必要があるな」
サイガの言葉を受け、ライオネスは強く手綱を握りなおした。
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