第48話 「一夜明けて」(ストーリー)
「なぁエィカ」
「なんですか、セナさん?」
事の流れを見守っていたセナがエィカの隣に歩み寄ってきた。少し声を潜めている。
「サイガ、すごく怒ってたね」
「そうですね。あんなサイガさん初めて見ました」
二人は前を見ながら会話する。
「あれって、リン様が同じ戦士だから怒ったのかな?」
「きっとそういうことですね。それがどうかしました?」
「もし私が同じような目にあったら、サイガは怒ってくれるのかな?」
「・・・え?」
セナからの意外な質問に、エィカは一瞬思考が停止した。思わずセナの顔を覗き込む。セナはサイガをじっと見つめていた。
「大丈夫です。今以上に怒ってくれますよ」
エィカは微笑みながら答えた。
こうして、クロストを長い間騒がせた冒険者連続殺人事件は幕を閉じた。
だが、この事態は一人の男に見られていた。クロストを掌握せんとたくらむギドンの子飼いゲーツだ。
ゲーツはギドン邸での宴席の後、南区で数件の酒場を飲み歩いていた。その際に、このリュウカン捕獲作戦を目撃したのだ。
事の重大さを嗅ぎ取ったゲーツは、身を潜めながら市長とリュウカンの会話を盗み聞きし、真実を知るや報告のためにギドンの屋敷へと駆けた。
従属性の強いキラーアントの髄液に侵された脳は、無意識下に強い忠誠心を宿す。ゲーツはクイーンの髄液を摂取したギドンを、人としても魔物としても主と崇めていた。
「オイ、一大事だ。すぐにゲドン様に会わせろ」
門番に掴みかかるとゲーツは叫んだ。忠誠心の強さは時に凶暴さとなる。ゲーツは館の警備隊に取り押さえられると、後ろ手に縛られたまま中へ連行され、馴染みの広間でギドンと会うことに成功した。
「なんだ、ゲーツじゃないか。一体どうした?」
黄金の豪奢な椅子で頬杖をつきながら、ワインを片手にギドンは問いかけた。ワインの中には当然のようにクイーンの髄液が混ぜられている。
「へ、へいギドン様。耳寄りな情報でゴザイマス。うまくいきゃあ、市長の失脚すら狙える特ダネですぜ!」
「ほう、失脚とな?聞いてやろう。言ってみろ」
失脚の二文字にギドンの食指が動いた。部下に顎で指示し、縄を解かせる
「実はですね・・・」
ゲーツは、たった今、見聞きしたことをつぶさに伝えた。殺人犯の正体、市長との関係。その内容は情報の流れを駆使すれば、殺人の首謀者を市長に仕立てることすら可能なものだった。
「連続殺人犯と市長がな・・・だがゲーツ、証拠はあるのか?元犯罪者の冒険者の言うことなんぞ、世間の連中は毛ほども信用せんぞ」
「ソ、ソレハ・・・ギギ・・・」
「ホッホッホ、でしたらその話、裏をとってみましょうか。もし真実なら、うまくやれば市長選を待たずともクロストを掌握できるでしょう」
話に懐疑的なギドンの態度に戸惑うゲーツだったが、ギネーブが救いの手を差し伸べた。
「裏だと?あてはあるのか?」
「ホッホッホ、お忘れですか?私の本業はそちら側ですよ。明日の昼までには情報をお持ちしましょう。では失礼します」
そう言うと、ギネーブは後退し、柱の影の中に姿を消した。
「昼までには・・・か。なら、本当だったときのための準備だけはしておくか」
独り言を呟くと、ギドンはゲーツに顔を向けた。
「ゲーツよ、お前の同類の冒険者共を昼までに集めておけ」
「へ、へい!」
ギドンはワインを一気に飲み干した。
騒乱の夜が明けて、昨夜の騒動を闇ごと払拭するような強く爽やかな陽光が、南区を初め市全体を照らす。
連続殺人犯逮捕劇の立役者の一人、サイガは闘いの後、急激な疲労に襲われ宿に戻るや否やベッドに倒れこみ深い眠りに落ちた。その後、死んだように眠り続け朝を迎えたのだ。
セナとエィカは安眠できるよう別の部屋を借り夜を過ごした。
「サイガ、朝だよ。起きな」
「・・・」
セナの呼びかけにサイガは微塵も反応しない。
「サーイガさーん。あっさでっすよー。起きましょー」
「・・・」
エィカが体をゆすりながら呼びかけるも、返ってくるのは寝息だけだ。
「おい、サイガ!どうしたんだよ!いつもは日が出るより先に起きるくせに、体調でも悪いのかい?なぁ?」
「ちょ、ちょっとセナさん、やりすぎですよ」
頭が前後左右に揺れるほど激しくセナが体を揺さぶる。ここでようやく、サイガはわずかに目を開けた。
「う・・・うん・・・ああ・・・おはよう・・・」
かすれるような声でわずかに挨拶をするが、明らかに意識は睡眠の側だ。
「す・・・すまん・・・もう少しだけ寝かせて・・・くれ・・・なぜか・・・起きれる気がしない・・・」
「あんたがそんなになるなんて珍しいね。疲れが抜けないのかい?」
「いや・・・疲れと言うより・・・やる気が・・・出ない・・・」
「は?やる気ってどういうことだい?」
「あ、それってもしかして・・・」
サイガの「やる気」と言う言葉に、エィカは思い当たることがあった。それは魔法剣だ。
「昨夜の魔法剣、凄い威力でしたよね。あれって、ライオネスさんが言ってたようにサイガさんの怒りに魔法が感応したからだと思うんです」
「うん」
エィカの説明に、よく理解は出来てないが、とりあえずセナは頷いた。
「それで、魔法って精神力で威力が左右されたりするんですが、もちろんそれが弱いと魔法を使用するたびに大きく精神力を消耗するんです」
「なるほどね。え、でもサイガって魔力ないだろ?」
「はい。なので、そんなサイガさんが魔法剣と感応して炎を強くしちゃったせいで、魔力の代わりに精神をすり減らしちゃったんだと思います」
「そうか。だからやる気がないなんて、サイガらしくないこと言ってたんだ」
一連の推論と説明は二人の腑に落ちた。となれば、無理に起こしたところで詮無いこととして、二人は希望通りサイガを寝かせると朝食のため食堂へと向かった。
「あいつがあんな顔するなんて意外だね」
「ふふ、そうですね。ちょっとかわいいって思っちゃいました」
「え?そうかい?」
二人は笑いながら階段を降りた。
四時間後。
「こらぁあ!!いつまで寝てるつもりだ!いい加減起きろ!」
昼を目前にしてセナの怒号が響いた。その声量は満月亭全体を振動させ、向こう三軒両隣まで届かんばかりのものだった。
「う・・・今、何時だ・・・」
「もう十一時だよ。流石に寝すぎだ」
「そうだな、さっきと比べれば大分気分は楽になった。もう起きるよ」
「さあ、シャワーでも浴びて目を覚ましな」
まだ寝ぼけ眼のサイガにバスタオルを投げ渡すと、セナは部屋を出た。
シャワーを浴び、気分も晴れ晴れやかになったところで、サイガはようやく目を覚ました。
若干のだるさを残してはいるが、エィカが言うには精神力の消耗が原因らしいので、精神の療養のためにも外に出ることとなった。
三人はリンへの見舞いのため、病院へ向かった。