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第47話 「魔剣の一撃」(ストーリー)

「聞かせてもらおうかリュウカン。貴様、何故冒険者を殺し続けた?」

「・・・・・・受けた恩義に報いる方法なんざ、あっしはこれぐらいしか持ち合わせていやせん」

 サイガの問いに、リュウカンは数秒ためらって口を開いた。その言葉は重く、弱い。

「やはり、市長のために冒険者を・・・」

「市長さんのやり方なら、ここには穏やかな人たちが溢れる。だが、あのギドンてやつはいけねぇ。ガラの悪い冒険者達を従えて、我が物顔でこのクロストを手にしようとしてやがる。おかげで南区は汚れっぱなしだ。こんな連中をこれ以上、野放しにゃあできねぇ」

「なるほどな、それで悪評の冒険者達を狙ったんだな。だが、情報は一体どこで手に入れた?一介の整体師に冒険者達の動向を知るのは不可能だろう?」

「それは・・・申し訳ねぇが、市長の秘書さんを利用させていただきやした。彼はあっしをえらく気に入ってくれてるようで、会うたびに色々教えてくれるんでさぁ。それこそ事の良し悪しに関わらず色んなことをね」

 サイガは昨日の診療所での一幕を思い出した。秘書のメリウスはリュウカンを相手に嬉々として状況を語っていた。その中には、ギドンや冒険者の情報、市長の近況などが含まれていたのだろう。あれが正に情報収集の場だったのだ。


「冒険者を狙って殺し続けられた方法と理由がそれか」

 取り押さえた姿勢のまま、サイガは必要なことを聞き終えた。ここからは個人的な質問を続ける。

「もう一つ聞く、その腕の竜巻だ。風を纏うことで発生する弊害、それを負ったまま何故闘い続けた?すぐに解除して抜骨術を使えば、貴様に勝機はあったはずだ。貴様の技量はその域に達している」

 サイガは上体を起こして、首を解放すると竜巻を指差して質問した。リュウカンに抵抗の意思がないと判断したのだ。

「へっ、冗談言っちゃいけねぇや旦那。この風、今まであっしの仕事に手を貸してくれた精霊さんの施しだ。それを無下にゃできねぇよ・・・」

「な・・・そんな理由で技を捨てたのか・・・なんと愚直な・・・」

 私情よりも恩情を優先させるリュウカンの言葉と信念に、サイガは次の言葉をなくした。

 同じ裏に身を置くものでありながら、二人の思想は真逆のものだったのだ。

「貴様は、暗殺には不向きな難儀な男だな」

「へ・・・言わねぇでくだせぇ。自覚はしてまさぁ」

 全身から力を抜いて降伏の意思を表した姿のまま、リュウカンは自嘲した。四肢の竜巻はその勢をほぼ失っている。


「だが、今回はその愚直さが先走って暴走してしまったようですな」

 質疑応答を終えた二人の横から男の声が飛び込んできた。人が揃って声の主に顔を向ける。そこには白髪交じりの初老の男が立っていた。両脇には市長秘書のメリウスとセナの姿がある。

 サイガは初老の男の顔に見覚えがなかったが、リュウカンは口を開いて絶句していた。

「始めましてサイガ殿、ロルフ様からの手紙で一方的に存じてはおりました。クロスト市長のラウロ・スウェンソンと申します。ようやくお会いできましたね」

「し、市長・・・何故ここに・・・」

 声を震わせ、リュウカンが尋ねた。これまでのサイガとのやり取りを、もっとも聞かれて欲しくない相手であろう。顔面が冷や汗にまみれる。

「すいません、私が独断で昼の話を市長にお伝えしました」

 秘書のメリウスが横からおそるおそる告げる。

「メリウスに話を聞きました。最初は信じがたいことでしたが、先ほどのやり取りを聞く限りは事実のようですね。サイガ殿、少しリュウカンと話をさせていただけますか?」

 市長ラウロの顔は穏やかで、人柄は温和な空気を発していた。ハーヴェの村の村長ロルフを師と仰ぎ、その心意気を継ぐ者としての振る舞いなのだろう。

 サイガは立ち上がり、リュウカンから離れる。


 解放されると、リュウカンは起き上がり市長へと体を向けた。姿勢は自ずと正対し、正座となってうなだれていた。市長がその肩に手を置く。

「リュウカンよ、すまなかったな」

 市長の言葉にリュウカンは、はっとして顔を上げた。「なぜ謝るのか?」そう尋ねたいと言う顔だった。市長は続ける。

「私の統治力が低いばかりにギドンのような連中をのさばらせ、おまえの手を汚させてしまった。それは私の責任で罪だ」

 市長は正座するリュウカンに並ぶ位置まで頭を下げた。

「そ、そんなことありやせん。これは全てあっしの独断でやったこと、市長さんは何一つ関係ありやせん。どうか頭をお上げください」

 リュウカンの目から涙が溢れる。市長の姿に己の罪を省みたのだ。

「サイガの旦那、今すぐあっしを捕らえてくだせえ。これ以上、恩人に迷惑をかけられねぇ」

 サイガに向き直り、リュウカンは両手を差し出した。下を向いた顔からは涙が落ち続け、地面に跡を描く。

「サイガさん、拘置所までお供します。その方がリュウカンも落ち着くでしょう」

 市長の申し出に、サイガは頷いた。連行のためにリュウカンに立ち上がるよう促す。

「ライオネス殿、二人をお願いします」

 市長とリュウカンを揃ってライオネスに引き渡そうとしたそのとき。

『ダメ!つれてっちゃダメ!』

 辺り一帯の空気を揺らすような絶叫が聞こえた。


「この声は、まさか精霊さんかい?」

 精霊の怒声に、リュウカンは顔を上げて辺りを見回した。

『ねぇなんで?なんでリュウカン連れて行くの?なんでいじわるするの?』

 風がざわめきだした。激しく強弱を繰り返し、全身に叩きつけるように吹き付ける。

「また風の精霊か。いいかげんにしろ!これは人間のおれ達の問題だ。関わってくるんじゃない!」

 サイガが少し声を荒げて精霊に向かって叫んだ。リンの負わせた怪我を癒した頃から、腹に据えかねるものを感じていたのだ。

『黒い男。おまえがリュウカンをいやな目にあわせたんだ。お前もいやな目に合わせてやる』

「なんだと?」

 黒い男はサイガのことだろう。サイガの忍装束は上から下まで黒一色なのだ。

 サイガを風の渦が包み、四方八方から精霊の声が聞こえてくる。

『お前たち、あの女の子と心配してたろ。リュウカンにやっつけられた女。あいつのこと殺しちゃうよ。追いかけてって殺しちゃうよ』

「な・・・!」

「精霊さんやめて!」

「そうですぜ、あっしはそんなこと望んじゃいねぇ!」

 無邪気な精霊の宣言に、サイガは絶句し、エィカが叫び声をあげ、リュウカンが拒絶する。

『うるさいうるさい!私たちは怒ってるの。いやなヤツにいやなことしてやるの!あの女殺しちゃう。キャハハハハ』

 取り巻く渦の中に甲高い笑い声がこだまする。

 サイガはうつむいた。拳を握り締め、全身がわなないている。

「・・・い・・・しろ」

『なになに、聞こえなーい。キャハハハハ』

「いい加減しろといっているんだ無礼者!!」

 これまで聞いたことのないほどの、百頭の猛獣が一斉に咆哮したような怒りの声が精霊の笑い声をかき消した。

「お前らは一体、何度戦いを汚すつもりだ!リンの誇りを!リュウカンの情を!二人の命を懸けた闘いを、お前らの遊びの道具にするつもりか!リンに少しでも手を出してみろ、お前ら一片の欠片も残らぬほど燃やし尽くしてやるぞ!」

 サイガの怒号は空気を揺らした。思わずエィカは短い悲鳴とともに身を縮ませる。

『できるもんならやってみろ!おまえから先にやってやるよ』

 再び風が強く吹き出した。吸い上げられた砂利が黒い装束に叩きられ、無数の小さな音をたてる。

「できるものならやってみろ、か。ならばその期待に応えてやろう!」

 サイガが右手で腰から魔法剣を抜き放った。左手には赤い光の火属性の魔法珠を握る。

 剣のくぼみに魔法珠がはめ込まれ、剣がその身に炎を纏った。赤く燃え盛る剣を上段に構える。

「風の精霊よ、見ろ!これが戦士の誇りを、闘いを汚すお前への、おれの怒りだ!」

 剣に宿った炎が、大きく激しく強く燃え上がった。間欠泉のごとく吹き上がる炎があたりを照らす。

「な、なんだあの炎は?大きすぎる。まさか、魔法剣がサイガ殿の怒りに感応しているのか?」

 天を焼かんばかりの勢いを誇る炎を目の当たりにして、ライオネスは驚愕した。炎の柱と化した魔法剣は通常の魔法剣のそれを大きく超越していたのだ。推論が口をついて出るほど意識が圧倒されていた。

「消えうせろ!」

 怒りの一喝とともに燃え盛る剣が振り下ろされた。

 熱波が地面を掬い上げるように巻き上がる。散る火の粉がサイガの怒りの表情を一層際立たせる。


 炎の熱と光が収まると、静寂が訪れた。微風すらない凪となった。

「消えたか」

 剣を収めながらサイガは空を見て呟いた。

「精霊さん、死んじまったんですかい?」

「いいえ、逃げただけです。精霊は自然そのものですから、この世界がある限り死ぬことはありません。よっぽどサイガさんが恐かったんでしょう」

「そうですか。それなら一安心だ」

 リュウカンの問いにエィカが答える。風の精霊に通じるもの同士、同情の部分もあるのだろう。

「風の精霊さんは気分屋ですけど、これはしかたありません。落ち着いたらお話ししてみますね」

「よろしくお願いいたします」

 エィカの提案を聞き、安堵した表情でリュウカンはライオネスに連行されて姿を消した。

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