第46話 「圧倒」(バトル)
四肢に宿した竜巻は、全てをえぐる矛となり、全てを防ぐ盾となると信じていた。それだけ、吹き荒れる力の嵐はこれまでに感じたことのない勝利への確信を与えてくれた。腕を拘束された状態のうえで、それを上回る栄光にたどり着くと。
しかしそんな確信は、ことごとく打ち破られた。
拳を用いれば、その中央、台風の目にあたる生身の部分に的確に鞘の先端を押し込まれ打ち落とされた。
蹴りもまた縦であろうが横であろうが、竜巻の部分を避け足首や太腿に攻撃を叩き込まれる。
守りにまわってもそれは同様で、風の影響が及ばない生身の箇所を刀と飛び道具が襲ってきていた。
前に出ても、さがっても、左右に揺れようとも、その攻撃は執拗に付きまとう。
さらに攻撃は一部分ではとどまらず、風がない部位であれば、胴、顔、背と全身あらゆるところに注がれる。
次第にリュウカンの動きは攻撃から守りの比率が増していた。
受けた怪我は、風の精霊が回復魔法で癒し消えるが、己の技が何一つ歯が立たないと言う現実は、その心をえぐっていた。
「な、何故だ。一体なぜ、あっしの技が通じねぇ?」
「それがわからんようだから、底が知れているのだ」
疾風の忍の、宙を舞った後ろ廻し蹴りが眉間を貫く。釘を打ち込まれたような一撃に、意識が薄らぎ姿勢が崩れる。
開いた脇に忍者刀の峰打ちが叩き込まれる。すかさず反対の脇には鞘での殴打。
痛みに反応する間もなく、左の太腿に切っ先が刺し込まれた。傷口を庇うために体が左側に傾く。またしても逆、右の太腿に鞘が打ち込まれた。太腿に鞘の形の溝が掘られた。
あまりにも重過ぎる一撃は、リュウカンに膝をつかせた。
膝を着きうなだれ、絡まった両腕が前に突き出る。その姿はまるで身を差し出す罪人のようだ。
「・・・・・・」
動きを止めたリュウカンをサイガが無言で見下ろす。絡まった腕の間を白刃が走った。拘束されていた竜巻の腕が解放される。 サイガが腕を封じていた鉄線を切断したのだ。
「旦那、一体どういうつもりですかい?」
「拘束されたままでは、負けても負けきれんだろう。一片の言い訳も残らんほど、徹底的にやってやろうと思ってな」
「な・・・!」
サイガの振る舞いにリュウカンは言葉を失った。実力で圧倒されているのは現実だが、哀れみのようなこの行動はリュウカンの矜持を深く傷つけた。少しの沈黙の後、徐々に怒りがこみ上げてくる。
「へ、言ってくれるじゃねぇですか。ここまでコケにされたんじゃあ、男として退がるわけにはいかねぇ!こんな様だが、意地は通させてもらいますぜ!一寸の虫にも五分の魂、味わってもらいやしょう!」
怒りとともに気合を込めてリュウカンは構えなおした。四肢の竜巻は音を荒立てる。
だが、そんな暗殺者の覚悟は不完全燃焼で終わることとなった。
サイガはリュウカンの足元に刺激物の入った煙幕弾を投げ込んだ。破裂と同時に粘膜を刺激する物質が飛散し、鉄線のとき同様、竜巻に飲み込まれた。
「が・・・な・・・こ、こんな、卑怯な・・・くそっ」
再起した矜持に浴びせられた冷水のような手法で、リュウカンの気勢はくじかれ、混乱に陥った。
涙におぼれる顔を手で覆いながら、リュウカンはなんとか視界を確保しようと目を細め、前を睨む。
「どうやら、まだわかっていなかったようだな」
今だ刺激に苦しみ、身をもだえさせるリュウカンを見下ろしながら、サイガはため息混じりに呟いた。
「リュウカン。貴様今、声を出して構えたな」
「こ、声・・・?」
「暗殺者が自己主張をする。それがどれだけ愚かな行為かわかっているのか?裏の存在であると言うことを忘れたか?」
「く・・・」
リュウカンは言葉を詰まらせる。裏の存在でありながら主張をする、そこには理由が存在したのだ。
「・・・気付いていないとでも思っていたのか?」
「!な、なにを・・・」
サイガは静かに竜巻を指差した。
「貴様、竜巻が邪魔をして抜骨術が使えないんだろ」
「・・・」
図星をつかれ、リュウカンは黙って隠すように拳を引く。
「だからそれを誤魔化すために、大きく立ち回り、派手な技を用いた。貴様の暗殺術、長い年月を経て身についた、修行の賜物だろうに、それを裏切ったんだ。今の姿はその末路だ」
「・・・」
沈黙するリュウカンの眼前で、サイガの姿が消えた。正確には消えたのではなく、前方に深く踏み込んだ。その姿勢は上半身が膝よりも低くなるほど深かった。それゆえに消えたように見えた。
サイガは左手を地に着けると、そこを軸に体を横回転させた。超低空からの右の後ろ廻し蹴りが放たれた。
下方から打ち上げるような蹴りを叩き込まれ、リュウカンの体はわずかに浮き上がり、はらわたがねじれる。
「そんな様だから、正面からこんな技を喰らう!」
さらにサイガは浮き上がったリュウカンに、蹴りから立ち上がる勢いを利用して下方から斬りかかった。その動きは大きく、リュウカンはそこに勝機を見出した。
「だったら、とことん使ってやりまさぁ」
両腕の竜巻が爆発的に勢いを増した。下から上へ二つの竜巻は、忍者刀と腕をまとめて巻き上げるように回転する。狙いは、竜巻で腕をひねり潰すことだ。
「予想通りの対応だな」
サイガは笑いながら呟くと、風にあわせ上方へ跳んだ。竜巻の巻き上げる力を利用してさらに体を上昇させる。
上昇した体は腕を越え、頭上に到達した。咄嗟の反応を利用して優位性を確保したのだ。すかさず指でリュウカンの頭髪を掴むと、後方に体を引き倒す。これまでの打撃でのけぞらせるのとは違い、拘束をもって地面に押さえつけた。
体を地面に倒した際、サイガは叩きつけるのではなく、寝かせるように体を倒した。
それには目的があった。これからの行動に対して、冷静な判断を要するからだ。倒れた衝撃で動転してもらっては話がこじれるのだ。
「さて、もう充分だろう。実力差がはっきりしたところで聞かせてもらおうか」
右の膝を丹田の上に乗せ下半身の動きを奪い、左足で右腕を踏みつけ、両手で首に刀を添える。蜘蛛が獲物を捕獲するような姿勢は捕食者と被捕食者の構図そのままだった。