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第44話 「誇りを汚す者」(ストーリー)

 天を仰いだまま微動だにしないリンの傍らに、兄のライオネスは駆け寄った。妹の様子を確認すると、白い光を掌を顔にかざした。

「慈愛の光よ、傷を癒せ『ヒール』」

 掌の光がリンの顔に移る。ライオネスの称号は聖騎士であり、剣術と共に初歩的な回復魔法を修める。応急処置として唱えたヒールがそれだ。

 光が傷口に吸い込まれる。だが、リンに変化は見られない。

 ライオネスは戸惑った。あるていどの怪我ならば、ヒールで全快する。しかし、リンの症状は治まるどころか出血が止まらないのだ。次第に施術者よりも兄としての心配が勝ってきた。焦りの言葉が口をついて出る。

「リン!リン!くそっ、おれのヒールでは効果がない!救護班はまだか!?早くしろ!このままではリンが!」

 悲痛な声で呼びかけつつも、回復の手を休めることはない。


「隊長、お待たせしました。すぐに対応にあたります!」

 戦闘に巻き込まれないよう、遠地に待機していた救護班の二人の魔道士が到着した。リンとリュウカン、それぞれに一人ずつがあたる。

 魔道士の持つ杖の先端の宝珠が白い光を発した。ライオネスのものより、強く大きい光だ。見ただけでその効果が期待できる。

 光がリンの顔に吸い込まれるように消えた。

 流れ続けた血が止まり、全身が微かに震えた。数秒の後、痙攣を起こすと、激しい咳と共にリンの意識が回復した。

「う・・・わ、わたし、どうなり・・・ました・・・」

「怪我がひどい、喋らなくていい。お前の勝ちだ、安心しろ」

「そう、よかった・・・です・・・わ」

 言葉を聴き、リンは安堵してその背を信頼する兄に預けた。目を閉じると再び気を失った。

「怪我がひどすぎます。このままヒールをあて続けますが、移動は安静にお願いします。あと、すぐに他の魔道士も手配してください。遅れると後遺症になりかねません」

 すぐに担架が到着し、魔道士付き添いのまま、リンは市の医療施設へと搬送された。

「行ったか」

「魔道士と回復アイテムの手配はしてある。きっと助かるだろう。あとはリンを信じ、祈るしかない」

 静かに運び出されるリンの姿をサイガとライオネスは見送った。

 二人が同時に振り返る。その視線の先には、隊員によって縄に縛られたまま、最低限の応急処置を受けるリュウカンの姿があった。いまだに意識が戻る気配はない。

「応急処置終わりました。こっちも運んでください」

 魔道士と救護班員の処置を受けたリュウカンを担架に乗せるために、隊員が駆け寄る。

「状況を見る限り、あとは流れで処理できそうだ。サイガ殿、我々も戻ろうか」

「ええ、リンのことも心配でしょう。少しでも長く傍にいてやってください」

 二人がリュウカンに背を向ける。


 一瞬だけ、二人の間を強い風が吹き抜けた。その強さに、感情のようなものを受け、サイガは足を止めた。

「なんだ、今の風は?」

「どうした、サイガ殿?」

「今の風、急くような意思があった。そして、怒りのような感情も・・・」

「風に意思?・・・!!まさか!?」

 何か思いあたるのか、ライオネスがはっとした顔で呟いた。

 直後、二人の背後から「うわっ」「ぎゃっ」と短い悲鳴が聞こえた。

 最悪の予想を思い描きつつ、二人は振り返った。そこには、先ほどまで、力なく屍のように倒れていたはずのリュウカンが立ち上がっている姿があった。

 その周りには、先ほど吹き抜けた風が全身を包み込むように舞っていた。足元には救護隊員たちが腰を抜かしてしゃがみこんでいる。

「どういうことだ、何故立っている?」

 ライオネスの疑問はもっともだ。リンの全力で胴体を締め上げられ、その体は既に限界のはず。

 応急処置で回復を施したが、それは身柄確保のための、あくまで延命どまり。自立するほどの量ではない。

 そうなれば、考えられるのは先ほどの風。あの風が回復魔法であることが考えられた。


「こいつぁ一体、何が起こったんでさぁ?」

 この事態は当事者であるリュウカンですら飲み込めていないようで、状態を持ち直す体を、確認するようにくまなく触っていた。

 優しい風がリュウカンに吹いた。周囲を何週か回ると、猫が主人に額を擦り付けるように頬を撫で、上方へ流れる。

「まさかこれは・・・」

「それ、風の精霊さんです!」

 サイガが疑問を呟いた。それに答えるようにエィカが叫びながら駆けつけてきた。

「エィカ、どういうことだ?精霊が人間の味方をするのか?」

「精霊さんは人間やエルフといった、種族を差別することはありません。好きか嫌いかみたいな、相性で力を貸してくれたりするんです。そしてあの人は、風の精霊さんにとても好かれています。だから風の回復魔法『安らぎの息吹』で傷を治したんです」

 上昇した風が降下し、再びリュウカンを包んだ。風は前腕、脛に集まると、その密度を増し、目に見えるほど強烈な風へと成長し、四肢に竜巻を備えさえた。

「こ、こりゃあ・・・なんですかい?風が、手足で回っている・・・」

『それは私達からの贈り物『嵐鎧』(らんがい)風の鎧よ。リュウカン、負けないでね。うふふ』

「この声は・・・風の精霊さんかい?あっしに、力を貸してくれるってことなのかい?」

 リュウカンは声の方向に顔を向けるが、そこに姿はない。それは声の主が自然そのものであることを物語っていた。

「サイガさん、気をつけて。その風の鎧、すごく強力です。私が今まで貸してもらった力とは比べ物にならないくらい!」

 エィカは思い当たる節があった。それは昨夜、風の精霊と交流が出来なくなっていたことだ。

 風の精霊はきまぐれなので、そんな日もあるかと考えていたのだが、そうではなかった。風の精霊はリュウカンを優先していたのだ。

「そんな。エルフの私よりも、精霊さんが優先する人間がいるなんて聞いたことない・・・」

 受け入れがたい事態に、エィカは言葉を失う。それだけ未知のことであり、もたらされる恩恵も計り知れなかった。


「嵐鎧、こいつぁすげぇ。手足だけじゃなく、体中が軽い。傷まで治してくれて、こんな物までくれるなんて、精霊さんありがてぇ。これでもう誰かに邪魔されずに悪党共を始末できるってもんだ」

 リュウカンがサイガを見る。

「サイガの旦那、失礼しやすぜ。あっしにはやることがあるんでね」

「待て!逃がすか!」

 背を向けて立ち去ろうとするリュウカンに、サイガはクナイを放った。

 リュウカンは体を動かすことなく、左腕をかざすと竜巻の中にクナイを吸い込んだ。直後、向きを変えたクナイが飛び出し、サイガへと返る。

 予想外の反撃方法だった。が、的確に反応をしサイガはクナイを掴みとる。

「旦那、無駄だよ。風があっしを守ってくれる。旦那は姐さんよりも強いかもしれねぇが、諦めておくんなせぇ」

「ふざけるな!リンは命をかけてお前と闘ったんだ。行かせると思うか!」

 サイガは再びクナイを放つ。さらに、クナイに加え手裏剣も放った。クナイ三、手裏剣三の計六発。

 リンの犠牲を無駄にはしない。その思いのもと、足止めではなく、仕留めるために首を狙った。

 放たれた六つの殺意が直前まで迫ったところで、リュウカンの姿が消えた。

 また風の精霊の仕業か。と、サイガは索敵のために意識を張り巡らせた。しかし、その必要はなかった。

 怒れる忍の前に、踵を返した暗殺者が瞬時に現れたのだ。その動きは軽やかで緩急を極め、とらえどころがない。正に風そのもの。

 まったく予想と意識から脱した動きに、サイガの反応は遅れた。地に足をつけることなく放たれたリュウカンの右前蹴りが打ち込まれ、右胸にそれを受けることとなった。

 攻撃を受けた瞬間、右胸に激しい痛みが生じた。さらにサイガの視界が右に回転した。回転したのは視界だけではなかった。その体は攻撃を打ち込まれた箇所を中心にサイガの天地を入れ替えていた。

 リュウカンの四肢の竜巻は強烈な内回転の流れを生み出しており、その流れにサイガは巻き込まれたのだ。


 打撃を受けた箇所を中心に体が回転するなど、多くの戦いの経験をつんだ実力者のサイガであっても、流石に未経験であり、受身は取れたものの、反撃の態勢を整えることはかなわず距離をとることにとどまった。

「肉と骨を操る技の次は風か。だが、そんな借り物の力でおれに勝てると思うなよ!」

 リンの意思に報いるためにも、敵を討つ。サイガの心の炎は、風に対し激しく強く燃え上がっていた。

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