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第43話 「暴風は気高く」(バトル)

「いうことを聞かない悪い子は、力尽くで黙らせましたわ。暴れるじゃじゃ馬には、きついお仕置きが必要ですのでね」

 歪んだ右腕から止まらぬ血を滴らせながら、リンは軽く言ってのけた。だが、その言葉とは裏腹に、顔色は明らかに悪く、かなりの消耗が伺える。

「サイガ、私を待ってくれたこと、感謝しますわ」

「ああ、リンなら、あの技を打ち破ると信じていた。さぁ決着をつけろ」

「ええ、流石の私もそろそろ限界が近いようです。これで終わらせますわ」

 珍しく弱気なリンの発言に、サイガはリュウカンの技の威力を感じ取った。戦闘狂から闘いの愉悦を奪っているのだ。

「さぁ覚悟なさい!」

 満身創痍の体に喝を入れ、リンが一歩踏み出した。重く、強く、決着を狙った一撃のための踏み込みだ。

 しかし、リュウカンも黙って待ってはいない。同じく決着の一撃を叩き込まんと、前に出た。リンよりも速く、鋭い動きで懐に飛び込み、先に攻撃の準備を整える。

 先手を取り、勝利を得た。と、リュウカンは確信した。が、リンの姿勢は打撃のそれではなかった。その上半身は大きく膨らみ、口は懐に入ったリュウカンに対して大きく開かれていた。

「な、なにを・・・」

 攻撃の手が止まるくらいには、リュウカンは戸惑った。顔を上げて開かれた口を見る。

 サイガはリンのこの姿に見覚えがあった。そして、次の一手を理解して耳をふさいだ。

 周囲にいた隊員たちも、それを真似て一斉に耳をふさぐ。

「わ!!」と、リンの口から、一文字が発せられた。

 たった一文字だが、リンの体格が変形するほどの肺活量全てを注ぎ込んだ一文字。その威力は発信地の口を中心に周囲の者達の全身を揺さぶった。その最大の被害者は至近距離で浴びたリュウカンだった。


 リュウカンの体は硬直していた。それは、リンの異常な声量ではなく、その声に秘められた魔法だった。リンは雷の魔法を声に付与し、何よりも爆発力を誇る肺活量に乗せて放ったのだ。そのため、リュウカンは直接、雷を浴びたことになる。体は感電し、意識も薄らいでいた。


 サイガを初めとした周囲の隊員たちにも痺れが発生していた。不意を突く為に雷魔法を放射状に放ったことが影響したのだ。抵抗力の低い数名の隊員は気絶し地に倒れこんだ。

「やったか?」

 向かい会ったまま動かない二人の様子に、サイガが業を煮やし覗き込む。

 リュウカンは立ったまま痙攣していた。リンは眼前の敵を討つための最後の一撃の準備に入っていた。


「こんどこそ最後です・・・わ!」

 両手を広げ、挟み込むようにリンはリュウカンの体を抱きかかえた。いわゆるベアハッグの状態だ。一番の凶器である手の自由を奪うために、しっかりと体に密着させ、直立の姿勢で締め上げる。

 その衝撃にリュウカンは意識を取り戻した。

「はっ、し、しまった・・・体が・・・」

 一切の身動きが取れない状態で、リュウカンの体は持ち上げられた。地に足が着かないとなれば、さらに脱出は難しい。

「今度は、そちらが締め落とされる番ですわ。ぬぅううううう」

 力を込めることの出来ない、折れた右腕で体をくるみ、左腕で引き、締め上げる。

 リュウカンの体はまるで砂時計のように変形していた。内臓が圧迫され呼吸が困難となると、視界がかすみ始めた。

「こ、このままじゃあ・・・くたばっちまう・・・」

「殺しはしない。動けない程度で勘弁してあげますわ。ふん!」

 気合を込めてまた一層締め上げる。その度に肺から空気が押し出されて、喉を鳴らす。

「これで終わりよぉおおおおおおお!」

 最後の仕上げとばかりに腕と胸の筋肉が膨張し、四方から圧迫する。

 いよいよ終わる。と、リンを初め警備隊側の人間が確信した。

 だが、未知の技術『抜骨術』の使い手はまだ奥の手を残していた。正確に言えば、使わざるを得なくなった。


 リュウカンの背筋が怪しくうごめく。その動きは服の下で目視は出来ない。それを察知したのは密着しているリンだけだった。

「な、なんですの?この不気味な動き・・・」

 腕を通して伝わる背筋の動きは、これまで抜骨術で見た蛇のようなあの動きだった。その動きが背の二箇所、肩甲骨に移動すると、抜骨術が発動した際に起こるあの鈍い音、骨の音と振動がリンの耳にも届いた。

 肩甲骨で発動した抜骨術は肩から肘まで外し、拘束するリンの腕に、消えた肩幅分の隙間を生じさせた。すかさずリュウカンは、背筋で操り両手を上に持ち上げる。外れた関節が戻る音が聞こえる。

 リンは再び腕を締め上げたが、一歩出遅れた。

 リュウカンの魔手が放たれた。

「腕は抜けたが、腹が苦しいのには変わりねぇ。殺らせてもらいやすぜ」


 恐るべき指が、リンの頭頂部を襲った。

 振動が発生し脳を揺らす。一瞬、視界が濁ったと感じたときには、その目からは赤い涙が流れ出ていた。脳が出血し、眼底を通じあふれ出たのだ。

「どうだい、脳への直接の攻撃だ。失神して楽になっちまいな・・・ぐぅああああああ」

 致命的な一撃を与え降伏を勧告するも、それは己の絶叫でかき消された。

 リンは力を緩めることなく尚も締め続ける。

「おのれぇ・・・そんなら、これでどうだ!」

 両の手が顎の付け根を叩いた。顎が外され、口が力なく開く。しかし、それでも暴風と呼ばれた女は止まらない。

「そ、そんな馬鹿な。顎が閉じねぇのに、一向にゆるまねぇ」

 奥歯の噛み締めは全身の筋肉を引き締める。そのため、顎を外せば拘束が解けるだろうというリュウカンの狙いは、大きく外れることとなった。

「そんなら、腕はどうだ!」

 親指の先端が、肩の付け根に抉るように押し込まれた。上腕の筋肉が激しく暴れまわる。しかしその暴走も制して、腕はリュウカンを封じたままだ。

「こうなったら、死んでも知りやせんぜ!」

 人体破壊の魔手は手当たり次第に攻撃をした。頭、首、目、腕、顎。叩き、揺らし、内外から攻め立てる。

 その都度、リンの目、耳、鼻、口と、至る箇所から出血する。出せる場所全てから血を出したその顔は、肌が見えないほど赤く染まっていた。

「ごの程度でぇ・・・わだし、が、やられると、おぼってぇええええ!」

 言葉を発そうにも、口腔が内が血で満たされ正確な意味は聞き取れないが、リンの闘争心は燃え上がったままだ。

「うぉおおおおおおおお!」

「ああああああああああ!」

 二人の命を燃やす絶叫が続き、双方の死を予感までさせたとき、その声が不意に切れた。動きが止まる。

「な、何が起こった?」

「決着・・・か?」

 戦士の誇りをかけた闘いを見守っていたサイガと、司令部から駆けつけていたライオネスが固唾を呑んで見守る。


 抱え上げられていたリュウカンの頭が直下した。

 リンが膝をついたのだ。続いて両手が開かれた。顔は天を仰ぎ湧き水のように血を流す。

 拘束を解かれたリュウカンは直立している。だが、それも膝から崩れ落ちると、正座の姿勢になり、右に倒れ地面に頭をこすり付けた。

「いかん、どっちも気絶している。救護班!治療にあたれ!サイガ殿、我等も行くぞ」

 ライオネスに促され、サイガも激闘を終えた二人の下に駆け寄った。

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