第41話 「闇を纏う」(ストーリー)
夜にリュウカンは行動を開始すると予測を立てた警備隊は、リンを通じその作戦内容をサイガに伝えると、集合場所をギルド前と指定したが、サイガたちの宿泊先がその隣の満月亭であったことから、直接、診療所前で落ち合うということになった。
夕方の集合時間まで、準備を整えるため皆は一旦解散した。
「メリウス殿、申し訳ないが、今日の市長との面会は・・・」
「ええ、もちろん中止です。この衝撃的な話を市長にお伝えしなければいけません・・・」
メリウスは肩を落として帰っていった。信頼を寄せていた相手が連続殺人の容疑者となったのだ。その喪失感は想像も出来ない。
「サイガ、私達も帰ろう。はやく買った装備を整えようよ。な、サイガ」
「あ、ああ、そうだな」
やたらと名前を呼んでくるセナに引っ張られ、サイガ一行はギルドを後にした。
「サイガさん、気付きました?今日、外を歩いている冒険者の人たちが少ないの」
朝、宿を出てから、装備を買う最中、ギルドに入ってからも、始終エィカは周囲を見回していた。その結論が今の問いかけだった。
「そういえばそうだな」
「あいつらって、ギドンってやつに飼われてるんだろ?飼い主のところに集合してんじゃないかい?」
「そんな、犬じゃあるまいし・・・」
セナの辛らつな言葉に、エィカは苦笑いを浮かべる。
しかし、そんなセナの言葉は間違ってはいなかった。ギドン子飼いの冒険者たちは、今日も昼から屋敷に集められ、キラーアントの肉や髄液の混入された料理を振舞われていた。
「みなさん、今日も良くぞお集まりくださいました。さぁさぁ、遠慮なさらずお召し上がりください。腕によりをかけた料理でございます。そして、召し上がったら、こちらをご覧ください。ここに純度の高い金貨がございます・・・」
昨晩と同じ口上と同じくだりでギドンは冒険者達に話を持ちかけた。初めての者もいれば、二度目の者たちもそろって耳を傾ける。
ひとしきり話を終え、金貨を配ると、ギドンはクイーンの髄液が入ったワインを飲んだ。そんなギドンの声は波紋のように広がって冒険者達の脳へと染み渡り、内部から洗脳していく。
すでに、多くの食料を摂取した冒険者達からは人間的な目の光は失われていた。焦点が定まらず、意識も虚ろだ。
「ホッホッホ、ずいぶんとお仲間が増えましたなぁ。昨日とあわせれば総勢百人と言ったところでしょうか?私兵としては充分な数でしょう。知性や品性には若干の不安はありますがねぇ。ホッホッホ」
ギドンの後ろでギネーヴが赤い唇を吊り上げて笑った。
「ギドン様、客人です。昨日の連中がまた食事にやってきたようですが」
「かまわん、入れてやれ。好きなだけ食わせてやる」
手下に招かれて、ギルドから退散したゲーツたちが鬱憤晴らしに酒を求めてやってきた。席に着くや否や酒をむさぼる。
「ゲゲゲ、うめぇ、うめぇ、さすがギドンの旦那はフトッパラだぁ」
「ちげぇねぇ、ぎぇぎぇ!」
テーブルの上のものを一口するたびに、会場からは理性が失われていった。
夜の南区で、リュウカンの営む診療所を数十名の警備隊員が取り囲んだ。包囲の後、正面から訪問の段取りとなっており、診療所を視界に捉える場所に設けられた司令部では、隊長のライオネスが控え、リュウカンの診療所の玄関の前に、サイガとリンが並び立つ。セナとエィカは冒険者ではないので留守番となった。
「顔を見られた犯人が家にいるのでしょうか?私でしたらどこかに身を隠そうとしますが」
リンは疑問を口にした。その意見は尤もだ。顔が割れれば素性までその調査は及ぶだろう。となれば、住居に居座り続けるのは座して逮捕を待つようなものだ。
「メリウス殿に聞いたところ、リュウカンという人物は身寄りのない人物とのこと、手負いとなったところで身を寄せる場所はないだろう。加えて、市長のために人を殺すという、義賊的な考えの人物がこそこそと身を隠すとは考えづらい。やるなら正面から堂々とやるだろうな」
「はぁ・・・そういうものですの?」
サイガは、質問に答えて、その上で自身の見解を付け足した。が、日本人ならではの感性は、いまいちリンには伝わってはいなかった。
「では参りましょう。サイガ、準備はよろしくって?」
「ああ、万端だ。ぬかるなよ、リン」
リンが戸を叩く。反応がない。
「出ませんわね」
「だが気配がある。もう一度やってみてくれ」
再びリンが戸を叩いた。
内側から足音が聞こえ、戸が開く。
リュウカンが顔を出した。その顔には覚悟をきめ、腹をくくったような重みがあった。
「来なすったね、姐さん。おっと、サイガの旦那も一緒かい。今日も治療・・・ってわけじゃあなさそうだね」
重い雰囲気とは裏腹に、軽口をたたく。
「私がここに来た理由、わかりますわね?」
「昨日の今日だ、わからねぇわけがねぇ。それに、その顔見たら痛めた背中がまた疼いてきやがった」
「では、おとなしく縄につきなさい。あなたを連続殺人犯として連行します」
リンが鎖を突き出した。
縄ではなく鎖の登場にリュウカンは一瞬、目を奪われたが、うつむいて不敵な笑みを浮かべた。
「ふふ、姐さんも甘ぇおかただ。縄につくなら、昨日のうちについてまさぁ。それに、二人で並んで来なさったってことは、いざとなったら力尽くってことでやしょう?あっしも腹ぁくくって人殺してんだ。はいそうですかってわけにゃあ、いきやせんぜ」
リュウカンが纏う空気が重く、歪み、殺意を孕みだす。
「・・・どうやら、やるしかないようだな」
「口が利ければ、証言はとれますわね」
サイガが腰の忍者刀に手をかけ、リンが鎖を胸の前で張り詰めさせる。