第39話 「冒険者サイガ」(ストーリー)
販売店パイクで装備一式と消耗品を調達したサイガ一向は、昼食を済ませるとギルドへと向かった。サイガの冒険者認可証を受け取るためだ。
装いを新たにした三人の気分は高揚していた。足どりは軽く、セナにいたっては跳ねるように歩く。
「ほらほらサイガ、見てくれよ。この服すごく動きやすいよ。ひらひらもない上に、肌にくっついてるのに引っか からないから、思う存分武器が振り回せるよ」
セナが見繕ってもらった装備はスポーツウェアのような伸縮性が豊かな素材だった。活発に動き回ることを想定した、機動性を高めた装備だ。生地には各属性に強い竜族の鱗と筋繊維が織り込まれ、耐久面で安心できる。
子供のようにはしゃぎ、前に出ては後ろを向いてセナは語りかけてくる。
「セナさん、前を向いて歩きましょう。周りの人にぶつかってしまいますよ」
見かねたエィカがセナをたしなめて前を向かせた。
前を向くと、セナは少しずつ後ろに下がり、サイガの横に並んだ。
「なぁ、エィカの装備はどんなん、なんだい?」
サイガを挟んで、セナはエィカに問いかけた。
「私のは弓を扱いやすいように胸当てと一体になってる服ですね。繊維には風の魔法を編みこんであるので、風の精霊さんたちを感じやすくなってます」
「じゃあ、次の戦闘でエィカの弓の腕が見られるってわけだね」
「え、ええ。まぁ、そうですね・・・」
相変わらず、弓の話題となるとエィカの歯切れは悪い。セナは構わず話を続ける。
「で、サイガ、あんたの装備はどうなんだい?見たところ、特に変わったところはないようだけど?」
「そうだな、おれは武器以外の装備は断らせてもらった。おれが元々持っている物の方が、優れていたからな」
「え、そうなのかい?もったいない!」
セナはサイガの選択を惜しんだが、サイガの言葉は事実だった。都会の品といえども、最新科学で作られた装備には足元にも及ばない性能だったのだ。
「ただ、魔法珠は購入したぞ。色々と利用価値はありそうだからな」
そういうサイガの顔は、わずかながら頬が緩んでいた。
サイガは画策していた。魔法剣と魔法珠を使い、魔法を任意に扱えるようなれば、かつて自分が幼少期に鑑賞してきた特撮やアニメのような忍法を使用できるようになるのではないか?と。不謹慎な考えかもしれないが、サイガは次の戦闘をセナと同じく心待ちにしていた。
話に花を咲かせている間に、三人はギルドへと到着した。
サイガが前に出て扉に手をかけた。
「いい加減にしろ!仲間が何人も殺されてんだ。ギルドで人を集めて犯人を見つけろ!」
扉を開ける前に、サイガ達は手荒い出迎えを受けた。扉を開け三人が中を覗き込むと、そこには支部長のオルトスに人相の悪い数人の冒険者達が詰め寄って怒号を発していた。その先頭に立つのは昨晩、リュウカンに襲われたゲーツだった。
「ですので、何度もお伝えしているように、犯人の捜査は警備隊に一任してあります。ギルドで何か対策をするということはありません。ギルドはあくまで依頼の仲介です。自発的に犯人を捜すことはありません」
支部長オルトスは詰め寄る悪漢達に物怖じせず、毅然とした態度で対峙していた。
「まがりなりにも冒険者を名乗るのなら、己の身を守れなかったことを恥じるべきです。群れを成して誰かに泣きつくよりも、自身で手段を講じなさい!」
威圧する冒険者達相手に一歩も退かずにオルトスは言い放った。
「な、なんだとぉ!?」
オルトスの気迫に悪辣な冒険者たちはたじろぐ。
「サイガ、あそこで支部長に絡んでる男、昨日私達を襲った三人組の男だよ」
「確かにそのようだな。残りの二人がいないところを見ると、どうやら殺された冒険者というのはあいつの弟分の連中だろう」
「間に入ろう。一言文句を言わないと気がすまないよ私は」
そういうと、セナはギルド内に入り、一直線でゲーツの元へと歩み寄った。
「おい、あんた!昨日はよくもやってくれたね!」
セナの怒声にオルトスとゲーツが静止した。二人そろってセナを見る。
「あ?なんだ、ねぇちゃん!見ての通り取り込み中だ。邪魔すんじゃねぇ。殺されてぇか?」
水を差されたゲーツがセナを睨み付ける。セナも負けずに睨み返す。
「なんだじゃないよ!昨日のこと、忘れたとは言わせないよ。あんたら三人で私達を襲っただろ。そんなやつらが、こんなところで偉そうにしてんじゃないよ!」
「あぁ?昨日?・・・あ!」
数秒間をおいて、ゲーツは声を上げた。
「そうか、てめぇら生きてやがったか。で、なんだ?謝罪でもしろってのか?それとも警備隊に報告するか?甘っちょろいこと考えてんじゃねぇぞ。こっちにはなぁ、ギドン様って言う偉大なおか・・・た・・・ああ!!」
小悪党の常套句である、大物の名を借りようとしたところで、ゲーツはセナの後ろの人物の顔を見て言葉を失った。そこにはサイガの顔があったのだ。
ゲーツはセナとエィカの顔を忘れても、正面から対峙したサイガの顔だけは覚えていた。脳裏に、昨日、首に当てられた刃の冷たさが蘇る。
「ああ、お、お前は・・・」
声と体を震わせてサイガの顔をゲーツが指差した。指は揺れすぎて向きが定まらない。
「自分たちは強盗まがいのことをしておいて、いざ被害者になれば声高に叫ぶつもりか?度し難い愚かさだな」
「な、なんだと・・・」
「仲間が殺されたと叫んでいたようだが、お前らのような輩だ横暴の果てに恨みを買った末路だろう、因果応報というやつだ。戯言をほざいてないで、さっさとここから消えろ」
サイガが出口を指して退所を促した。
ゲーツの顔は怒りで赤く染め上がった。取り巻きの冒険者達がサイガを取り囲み、一触即発の空気が出来上がる。
セナとエィカも負けじと武器を手に睨み続ける。
「ここで騒ぎを起こすようなら、私も参加させていただきますわよ」
力強く優雅な聞き覚えのある声が、サイガをはじめその場に居合わせた全員を制した。
全ての視線が声の出所である入り口に注がれる。
入り口にはリンとメリウスの姿あった。
武と政、揃っての仲裁となっては分が悪いと悟ったのか、数人の冒険者達からは争いの意志は消えていた。諦めて出口へと向かうものも出始める。
「おい、ゲーツ一旦出るゾ。こうなったら、ギドンの旦那に報告ダ。旦那に仇をトッテもらおうゼ」
言葉遣いに違和感のある男がゲーツを呼ぶ。
しぶしぶゲーツは出口に向かった。扉に手をかけたところで振り返り、サイガを睨む。
「てめぇ、覚えておけよ。必ずぶっ殺してやるからな」
言い捨てると、勢いよく扉を開けて冒険者たちはその姿を消した。
「あの横暴な振る舞い、気性だけでなくやはり後ろ盾あってのことのようですね。しかし、ギドンもあんなやつらを集めて、一体何を考えているんでしょう?」
メリウスがわずかに揺れる扉を見ながら呟いた。
「もしかすれば、それがこれから、はっきりするはずですわ。サイガ様、冒険者の登録はお済みですの?」
メリウスの疑問にリンが応え、サイガに問う。リンには何か心当たりがあるようだ。
「あ、ああ。邪魔が入ってしまったが、既に登録自体は済んでいる。認可証を受け取ればお仕舞いのはずだ」
サイガがオルトスを見る。
「そうですね。認可証は既に出来上がっております。お受け取りください」
オルトスは懐から一枚のカードを出した。
「これが認可証になります。ギルドの窓口など、各地の施設で提示していただければ身分の照会が出来ます。再発行には金額も時間も掛かってしまいますので、くれぐれも無くさないようお気をつけください」
サイガは認可証を受け取った。セナが覗き込んでくる。
「へぇ、これが認可証か。これでサイガは冒険者として依頼を受けられるようになったんだね」
「そういうことだな。これで少なくとも、わずかの路銀にあえぐこともなくなるだろう」
サイガとセナが安堵の顔で言葉を交わす。
「無事、冒険者になられたようですわね。では、早速私から、冒険者サイガ様に依頼をいたしますわ」
「依頼?」
「ええ、依頼ですわ。ここではなんですから、場所を変更いたしましょう。支部長様、部屋をお借りしますわ」
支部長オルトスの返事を待たず、リンはサイガの背を押してギルドの奥へとすすんだ。その圧は有無を言わせぬものがあった。